神に捧ぐ魂
「あいつ、どこまで行くのよ…。ってかここどこなの…。」
「運転手さん、ここに置いてある剣は、何ですか?」
「あぁ、ただの護身用です。気にしないでください。」
美香は疑問に思ったが、これ以上は尋ねなかった。
気付けば男の車は、見知らぬ山奥へと入っていた。当然それを追ってタクシーは走っているので、花音たちが混乱するのも確とうかがえよう。
琴葉たちは男が向かっていたのはこの山で、その奥に本拠があるかと思っていたが、走っていた山を優に超え、いかにも怪しげな廃墟の近くに車を停めた。そして周りを見渡すようにし、中へと入っていった。
「何ここ、随分気持ち悪くてずっと居るとリバースしそう…。」
「花音何てこと言うの…。」
3人は、運転手にタクシーを停めてもらい、男を追った。
奥のホールのような場所に辿り着くと、先程の男が声の主らしき人物と会話しているのが見えた。
「しっ、何か話しているわ。子供達の姿は見えないし、迂闊に飛び込むのは良くない。何か重要な話も出てくるかもしれないから、今は聞きましょう。」
「あの男がボスかなぁ。」
「お帰りなさいリナニさん。よく帰ってきましたね。ではこちらを。」
ボスらしき男は、リナニに大きめの剣を渡した。続いてリナニが言った。
「ヴァリニュー様、子供達は無事部屋に入れておきましたが、私の後を追って3匹ここに来てしまったようでございます。申し訳ありません。」
「ほう、そうですかリナニさん…。」
そう言うとヴァリニューと呼ばれた男は微笑んだ。しかし、それと同時にリナニに平手を打ち込んだ。
「それは、あなたの怠惰ゆえの失態です。その甘さが、少しずつ歯車を狂わせるのです。確りと己に与えられた使命を果たすこと。そして、言われたこと以外は何もしないこと。それこそが、世界を統べるべき我々の成すことなのです。私は、余計な者を連れて来てくださいとは一言も言っていませんよ?」
笑顔を振りまきながら脅すような顔つきで話すヴァリニューの姿は、まるで狂気を纏ったようだった。そして最後にもう一度、リナニを殴った。
「もっ、申し訳ありません。申し訳ありません。2度とこのような失態は致しませんので…。」
「ええ、構いませんよ。貴方には今までの功績があります。何もないところでこれだったのであれば、貴方は今頃息をしていませんからねぇ。ふふふふ。」
冷静な笑顔から放たれる台詞の1つ1つが、琴葉たちの寒気を加速せていた。
「何あいつ、気持ち悪いんだけど…。」
「確かに、あれは変態と言うのが宜しいかと。」
「うぇっ!?運転手さん!?どうしてここに…。」
「あっ、花音バカ…。静かに…。」
ヴァリニューが、こちらの存在に気付き、目を向けた。
「むっ、そこに誰か居ますね?もしかしてリナニさん、先程のお話しして頂いたゴミ共ではありませんか?」
「やばい気付かれた…。もう何とかするしか…。」
「でもどうやって…。」
こちらに意識を向けられたことに対し琴葉と美香があたふたしていると、
「私に任せてください。」
そう言って運転手は、2人の男へと向かっていった。
「やっと見つけたぞ、ヴァリニュー!お前たちに奪われた宝の仇を、今こそ討つ!」
「何を仰っているのです?リナニ、彼を止めなさい。」
「かしこましました。」
運転手は先程の剣を構えた。リナニも同じくヴァリニューから貰った剣を手に取った。
「ふっ、面白ぇ!おい爺さん、怪我しないうちに引き下がるのが賢明だぜ!」
「さっきのペコペコしていた姿はどこに行った?老いぼれだと思って舐められたものだな。お前たちにつけられた傷は、消えることなどない!!」
運転手はリナニに剣を突き立てた。リナニはその攻撃を顔の横側で受け、後方へと流していった。そしてそのまま、運転手の肩に剣を刺した。
「ごはっ!」
運転手の肩からは血が滴った。
「運転手さん!!」
「私のことはいいから、貴方たちはヴァリニューを!」
「分かりました!」
そう言うと3人はヴァリニューの方を向いた。
「ほう、私を倒そうというのですか?甘いですね。貴方たちも甘い存在なのですか?」
その言葉が終わるか否かというときに、花音と美香が後方へと飛んで行った。そして壁へ叩きつけられた。
「くっ、花音!美香!」
琴葉は、2人へと駆け寄った。
「2人とも大丈夫!?」
「わっ、私たちは平気。ただ打ち付けられただけだから。」
「油断は大敵ですよ?」
ヴァリニューは、琴葉にも攻撃をしてきた。
「くっ、はぁっ!」
琴葉は、咄嗟に本能の反射とも言える反応で獣の影を出し、攻撃を受け止めた。
ヴァリニューは、それに驚いた表情1つ見せずに尋ねた。
「おや?貴方は何者なのです?後ろの獣…。獅子のようにも象のようにも、鷹のようにも鮫のようにも見えますねぇ。」
「今はそんなことどうでもいい。お前、私の学友を傷付けた罪は重いぞ?今の私は、自分でも制御できるか分からない。」
まるで琴葉自体に取り憑いた悪魔のような姿のそれは、彼女を支える守護神のようでもあった。
「グレェェェイト!!なんとも素晴らしいんだ!!今私が見ている貴方のそれは、我が一族に伝わる神に似ている!もしも私の知っている神なのであれば、貴方は私に着いて来るのが、正しい行いであると言えましょう!!」
「お前に付く?ふざけたこと言わないで!!寝言は寝てから言いなさい!」
琴葉は身体中に力を込めると、身体が銀色に輝いた。どうやら先程の獣を纏ったようだ。それと同時に少しだけ冷静さを取り戻した。
「貴方は今直ぐ倒すのが礼儀な気がするわ。覚悟は出来たかしら?」
「礼儀…ですか。貴方の礼儀は、我が偉大なるアレドロ神を讃え、奉り、私に付いて世界を救う変えることではありませんか?そして身も心も、魂さえもアレドロ神に捧げていくこと。私はそう思います。」
ヴァリニューはどうしても、先程の獣の影を見てから琴葉を引き込みたいらしい。
「何度言われても、私は貴方に付かないし、学友を傷付けた貴方は許さないわ!」
琴葉は喋りながらも銀の光を纏った拳で殴りかかった。それをヴァリニューは簡単に避けてみせる。その一撃だけで、琴葉は揶揄われているように感じた。
「そうですか…。それは残念です。貴方は我らの同志かと思ったのですがねぇ…。」
そう言うとヴァリニューは琴葉と同じように身体に力を込めた。
「ど、どうしてそれを…!」
ヴァリニューは琴葉が先程見せた獣に類似したものを現してみせた。そしてそれを身体に取り込んで金色に輝き出した。
ヴァリニューのその姿を見た瞬間、琴葉の形相が硬くなった。それは、怒りの面にも見える。
「それは、あの人が纏っていたもの!どうしてお前がそれを…!!答えろ!!答えなさい!!」
もはや琴葉に殆ど冷静さなど残っていなかった。先程一度落ち着いたものの、ヴァリニューが纏ったそれを見た瞬間、琴葉の中で大切なものがフラッシュバックした。
「お前、まさか!!お前がっ!お前があの人を殺したのかぁあ!!!」
琴葉は何度も何度もヴァリニューに殴りかかる。しかし、ヴァリニューは冷静さを失った拳など攻撃ではないと言わんばかりに、全て避けている。その態度が、余計に琴葉を憤らせる。
「ハァ…ハァ…。殺す…お前を…!」
「ふぅ、もうこの方は駄目ですね。」
「何を!」
ヴァリニューは今まで避け続けていたが、ついに琴葉を蹴りつけた。その力の差に抗えず、琴葉は壁へとめり込んだ。
「私の興味は少し薄れてしまったようです。ですが、今貴方を殺してしまうのは勿体無いですね。いつか、もっと力を付けた貴方を、仲間にしてみせますよ。それでは。あ、子供達は返してあげます。これ、彼らを捕らえた部屋の鍵です。どこに居るかは、自分たちで探してくださいね。リナニさんは…放っておきましょうか。今捨てても別に問題はありませんから。それではさようなら。」
ヴァリニューはそう言うと、一瞬にして消え去ってしまった。
「あ、待ちなさい!!」
ザンッ!
リナニは心臓を貫かれ倒れた。
「待て!!」
リナニの胸を刺した運転手は、ヴァリニューに声を掛けたものの、既に手遅れであった。
脱力した琴葉を見た運転手は、琴葉に駆け寄った。
「大丈夫ですか?立てますか?」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
琴葉は、目から大粒の涙を流しながら叫んだ。運転手は、あまりの迫力に後ずさりし、壁に靠れかかっていた花音と美香の方へと向かった。
「お2人とも、お怪我はありませんか?立てますか?」
「ええ、ありがとう運転手さん。私たちは立てるわ。それより、肩は大丈夫なんですか?」
花音は答えた。
「ええ、心配ありません。皆さんが無事ならそれで。しかしながら、いつまでも運転手と呼ばれるのは不便ですね。私は輝山高校の近くの喫茶店でオーナーを務めております、武田 宗次郎と申します。普段はあまり店には出ていませんが、覚えておいてください。」
「喫茶店?もしかして、infodropですか?」
「ええ、そうですよ。よく分かりましたね。」
infodropは、美香たちが、学校帰りによく寄っていく、街では人気の喫茶店だった。
花音は、タクシー運転手が行きつけの喫茶店のオーナーだということを知るや否や、さっきまでの体力の消沈が嘘のように元気になった。そして、琴葉の元へと駆け寄った。
「琴葉、立てる?肩貸そうか?」
「ありがとう。お言葉に甘えて。」
琴葉は、先程に比べれば落ち着いていた。しかしその表情からは、覇気が何1つ感じられなかった。
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美香と花音は、疲れ切った琴葉をタクシーの後部座席に乗せ、宗次郎に街まで送ってもらった。
宗次郎は、子供が沢山入るトラックに乗ってまた戻って来るから、それまでに子供達を探して欲しいと言った。
「さてと、美香、この鍵が使える部屋を探すよ!」
「でも、あの男が嘘をついているって可能性も…。」
「今はそんなこと言っても仕方が無いわ。信じて探すしかない。手分けして探しましょ。見つけたらメールしてね。」
「分かった。」
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美香は、暗い所が苦手だ。ゆえに、今にも崩れ落ちそうな恐怖感に耐えながら探していた。すると、
ドンドンドン!
叩く音がした。
「ひいっ!」
街で見かけた家でも同じことがあった。だから美香は、ここが子供達が捕らえられている部屋だと思った。
早速美香は花音を呼んだ。
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「さっすが美香!こんなに早く見つけるなんて!武田さん多分まだ来ないよ?」
「ううん。子供達を早くここから出してあげよう。」
「そうだね。」
ガチャリ
鍵はあっさりと開いた。中にいた子供達は街で救出した時よりも、さらに安堵の表情を浮かべていた。花音はその笑顔を見ることが出来、自身も笑顔を見せた。
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2人は、子供達と外で待つことにした。暫くすると、
「お待たせしました。」
トラックに乗って宗次郎がやって来た。
「さあ、帰りますよ。」
そのトラックは、子供達と、危ないから見ていると言った2人を荷台に乗せて走り出した。
「えっ、これ凄い!」
花音が驚いたのは、ライトである。やけに明るく疑問に思った花音がふと天井を見ると、ライトが付いているのである。何という粋な計らいであろうか。
そうこうしているうちに街へと着いた。宗次郎は子供達を警察に届けると、2人をinfodropへと連れて行った。そこには、琴葉が待っていた。
「着きましたよ。」
「わーい!帰って来たー!」
花音は帰ってきたことと同時に、琴葉との再会を喜んだ。
「さて、帰ろっか!」
花音が2人に声をかけたその時、
「お代、頂いていませんが?」
宗次郎が言った。
「武田さん、急に現実に引き戻さないでください…。ちなみにお幾らなんです?」
「トラックはボランティアのつもりですからカウントしませんが、かなりの距離を走行しました。殆ど違法のようなスピード出してましたから感じなかったかもしれませんが、全部で8万7460円です。」
「法外…。」
「何を仰ってるんですか。何だかんだで300km位走りましたよ。」
「えっ!?タクシー化け物!!おばけ!!何でそんなに…。」
「ねぇ、払える?」
花音が尋ねた。
「私今お金無い…。」
「私も、友達と遊園地行ったから金欠…。」
美香と琴葉は続けて答えた。
「えっ、どうする?」
花音に答えるようにして宗次郎が言った。
「さて、どうしましょう…?」
「いや武田さん!ニヤニヤしないでくださーい!!」
「かつて無い程のピンチ…。」
「琴葉ちゃん、それは言い過ぎ。」
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