第2話 冷淡な死神
昔、親父に勇者の伝説を教えてもらったのを覚えている。
異世界から来た勇者が魔を滅ぼし、平和をもたらしたというもので別の世界があるなんてあり得ないと思っていたがまさか俺が異世界に来ることになるとは。
まあ、死後の世界だが。
「名前、教えて。知らないと呼ぶのに不便だから」
そういえば一方的に説明をされただけでお互いに自己紹介をしていなかった。
だが、俺はここで迷った。どちらの方を名乗るのかを。
「クラウンだ。お前の名前は」
結局、俺はあの頃の名前ではない方を選んだ。
何となくだがそれはあの頃を思い出したくないからという気持ちが自然と働いたのだろう。
「私はゼロ。とりあえずゲヘナを案内するわ」
外へ出るとそこは多くの人々が行き交っていた。案内されるがままにゼロの後を追うので一苦労だ。
「結構人がいるんだな」
ここだけを見ていると普通の都市にしか見えない。しかし、逆に考えると罪のある魂がいるということか。
「全員、私たちと同じ死神かその眷属。このゲヘナにはそれ以外はいないわ。ちなみに死神と眷属を見分ける方法は目を見ること。目が赤いのが死神」
確認してみるとちらほら赤い目をした者がいる。赤くない人の方が多い方だ。
「それにしても反抗したりする奴はいないのか。随分とのどかな感じだけど」
「ここにはルールがあるの。それに従わない眷属は消滅されてしまうから表面上は平和。死神同士は知らないけど」
「ふ〜ん、そのルールってのはどんなのがあるんだ?」
「まずは眷属は死神への攻撃行為等の禁止。それと他にもいくつかあるけど代表的なのは眷属の枷」
「眷属の枷?」
「所謂、ここで罪を償わせる為の苦行。どの眷属も平等に与えられているけど、その内容は担当の死神よって決まるわ。そして貴方にも与えるつもり」
「つもりってことはまだしてないのか?」
「来たばかりだから。最初は猶予があるの」
そこは良心的と思うべきか。しかし、一体どんなものになるかと決まるまでヒヤヒヤしていろというのか。クールと見せかけてドエスなのか?
「中心にある塔は死神治安維持機構の本部。このゲヘナの治安を維持する組織。所属してる死神とかは制服を着てるから一目で分かると思うけど」
ルールがあるとはいえ、やはりそういったのは必要か。そりゃあやるなと言われたらやりたくなる奴もいるしな。
「それでここが銀行。基本、食事をしなくても大丈夫ですが娯楽等で使えるここだけのお金があるのでそれはここで預かってくれます」
「へ〜、地獄の沙汰も金次第ってか」
こんなところで金稼ぎをする気にはならないけど長居する可能性が高いから覚えておいて損はないだろう。
「後はお金を稼ぐ為の依頼が集まるギルド、闘技場などがあります。何か質問は」
「いや、特には。あとは適当にぶらついてれば分かると思うし」
生前、移動サーカスで働いていたから何処に何があるかを覚えるのには慣れている。ここはかなり大きな都市だけど幸い時間はある。
「では私は用事があるので後はご自由に」
と言い、ゼロはゲヘナの街へと消えて行った。
「さて、ご自由と言われてもな。適当に散歩でもするか」
とでも言うと思ったか。
何処かに逃げる場所があるか探すにはまたとないチャンスだ。とりあえず、この街から出るのが先か。
「これは……なるほど、自由行動をさせるわけだ」
街の外、つまり中心にある死神治安機構の反対方向へ赴いたクラウンだったがそこには受け入れがたい現実があった。
ゲヘナは空中に浮く天空都市だったのだ。これでは逃げようがない。
「よお、兄ちゃん。その反応からして新人かい?」
声をかけてきたのは濃い茶髪が特徴的な男性、野太い声で見たところ俺よりも少し年上のようだが。
「そうだけど、お前は?」
目を見る限り、俺と同じ眷属というのは分かるが、こんな知り合いはいない。
「俺はリック。眷属の枷は結構緩いんでゲヘナをぶらぶらしてる優しいおじさんさ。兄ちゃんは?」
「クラウンだ。ここの下ってどうなってるか知ってるか?」
かなり上空を飛んでいるみたいで覗いても底が見えない。
「いんや。落ちて戻って来た奴なんていないからな。もしここから逃げ出そうとしてるなら諦めるこった」
「じゃあ、なんでリックはこんなところにいるんだ」
「ほら、見てみろ。ここにはここでの生活が耐えきれなくなった連中とかが集まって来て飛ぶ。それをここで見てるのが面白いんだよ」
「いい趣味してんなお前」
「どういたしまして。それより、気をつけろよ。最近死神の活動が目立ってきてやがる。ここに来る眷属が増えてるのにも関係してるかもしれねえ」
「言っとくが俺はあそこには立つことはない。それだけ覚えておけ」
自殺は生きたくても生きれなかった人たちへの冒涜だ。それだけはしてはいけない。
「おお怖、じゃあ俺は帰るとしますか。けどこれも何かの縁だ。困ったことがあったら声をかけてくれ。タダってわけにはいかないが手を貸してやるよ」
と手を振って去ったが、その後にあんなことが起こるとは思いもよらなかった。
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