四章  酔狂之天女、人気得る。

 ゆきるが通っている沼図第一高校の同じクラスに転入することになった華琳は、昼休み前には全校生徒に知られる存在となっていた。


「はあーあ、どこがそんなにいいんだろうねえ」


 ゆきるは食堂のイスに座って昼食をパクつきながら、見るともなしに食堂の一角に集まった集団を眺めていた。言うまでもなく、その集団の中心には華琳がいる。華琳の隣にはえみるがいて、押し寄せる生徒たちの応対を受け持っていた。


「どうしたんだよ、ゆきる。あんなに可愛い子が家にホームステイしているっていうのに、やけにブルーが入っているね。天にも昇るほど舞い上がっていると思っていたんだけど」


 前のイスに腰掛けた友人のはた比呂夢が意外そうな顔をした。


「まあ、ちょっとした理由があってさ……」


「理由っていうのは?」


「ああ見えて実は――ていうタイプなんだよ、あの子は」

 

「へえーそうなんだ。人は見かけによらないもんだな。あっ、そういえば、おれも今朝方、そいう意外な女の子に遭遇したぞ」


「意外な子?」


「そうだなあ、一言で言うならば、中華風の歩く爆弾娘っていったところかな」


「中華風の爆弾娘!」


 ゆきるの脳裏に、比呂夢の言う爆弾娘と非常によく似た少女の姿が浮かんだ。


 いや、そんなわけない。こんな狭い地域に、よりにもよって二人も仙人がいるなんて考えられない。でも、もしもその爆弾娘の正体が――。


「おい、比呂夢。本当は本音を言うとどうしても出来れば訊きたくはないんだけど、なんとなく胸騒ぎを感じるから、一世一代の覚悟を決めて訊くけどさ」


「えらく遠回りな言い方だな。東京から北海道に行くのに、わざわざ九州を中継していくような遠回りな言い方に聞こえるぞ」


「分かってくれ、比呂夢。今から聞くことは、それだけ重要なことなんだよ」


「それで何を聞きたいんだよ」


「つまりだ。その中華風の歩く爆弾娘によく似た子を、ごく最近ごく身近で見た記憶はないか?」


「はあ? そんなことあるわけないだろう。だっておれがその爆弾娘に会ったのは今朝なんだぜ」


 返答した比呂夢はそこでゆきるに目をやった。比呂夢の視線を受けたゆきるは、自分の視線をある一点に振り向けた。比呂夢が当たり前のように、ゆきるの視線を追っていく。


「まさか、ゆきるが言っているのって――」


「そのまさかだよ」


 二人の視線の先には、生徒たちの輪の中で明るく笑う華琳の姿があった。


「ひょっとして、おれ、前世で仙人になにか悪さでもしたのかな? それで現世で仙人にまとわり付かれているとかさ……」

 

 明るい食堂の中で、ゆきるの周囲だけがどんよりと曇り空になっている。

 その曇り空に叩き付けるような豪雨をもたらす者がいた。


「ゆきる、ちょっとこっちに来てくれない?」


 華琳の隣にいるえみるが、ゆきるの心中などお構いなしに声を掛けてきたのだ。

 ゆきるはえみるの声など聞こえないという振りをした。まるでなにかから逃げるかのように、一心不乱に目の前の昼食を食べ続ける。


「ちょっと、ゆきる。お姉さまの呼ぶ声が聞こえないの? それじゃ、ここにいるみんなに話してもいいのね。今朝、わたしの胸を――」


「ぶはあっ!」


 えみるの言葉を聞いたゆきるは、口の中に詰め込んでいたご飯を盛大に撒き散らしてしまった。


「はいっ! ただいま参上しますので、今しばらくの間お待ちください!」


 軽やかな動作でイスから立ち上がる。


「ゆきる、その性格、今のうちになんとか治しておかないと、将来絶対に苦労するぞ」


 比呂夢が誠に適切なアドバイスをくれた。


「あのな、おれが好き好んでこんなことをやっているように見えるか?」


「いや、そうは見えないけどさ……。だとしたら、これは一生治りそうもないな」


 友人のありがたいお言葉を背中越しに聞きながら、ゆきるは本当は近付きたくないのだが、えみるの命令に逆らうことが出来るわけもなく、仕方なしに重い足を引きずるようにして集団の輪に歩み寄って行った。


「もうっ、遅いじゃない、ゆきる」


 屈託のない表情のえみる。その顔からは、普段家で見せる酒好き少女の表情は一切うかがい知ることは出来ない。学校でのえみるは、容姿良し、性格良し、頭脳良しの文字通り才色兼備の美少女で通っているのだ。ゆきるは何度かえみるの正体を友人に話したことがあるが、無論、誰も信用してはくれなかった。そればかりか、えみる本人から、わたしの噂話を流しているみたいだけれど覚悟は出来ているわよね、と優しい脅迫を受けてしまった。それ以来、姉の裏の顔を友人に話すことはしなくなった。

 唯一、比呂夢だけは、あの姉さんのことはなんとなくそんな気がしていたよ、と理解してくれたが……。


「えーと、なにかおれに用?」


「用があるから呼んだのよ。あなたも華琳とひとつ屋根の下で暮らしているんだから、ここに座って話しに加わりなさい」


「そうだよ。あたしもみんなで楽しく話したいな」

 

華琳はこの状況を理解していないみたいだ。


「二人とも、そ、そ、そうだよね……(本当は逃げたいけどさ)。せっかくだから、ぼくも話にまぜてくれるかな……(神様、自分の心にうそをつくぼくを見離さないでください)」


 実際に口に出した声と、心の声を同時に言うという離れ業をやりつつ、ゆきるはイスに腰掛けた。

 途端に、華琳とえみるを囲んだ男子生徒たちから圧力をともなった無言の視線が、ゆきるの体に浴びせられてきた。言うまでもないが、ここにいる男子生徒たちは全員、華琳とえみるの酒癖の悪さを知る由もない。だから当然、こんな美少女ふたりと一緒に暮らしているゆきるには、男子生徒たちの恨みと嫉みと妬みを混合した、この世のものとは思えないドロドロとした負の感情が向けられるのであった。


「やっぱり、おれ……急用を思い出したから失礼しようかな……」


 イスから腰を浮かせかけたが、


「あれ、どうしたの? いいじゃない少しぐらいは」


 と、えみるが引きとめた。その口調はゆきるを思ってというよりは、今逃げたら承知しないわよ、というニュアンスの口ぶりであった。もちろん、ゆきる以外のまわりの人間はそのことに気付いていない。恋は人を盲目にさせてしまうのである。


「そうだよ、ゆきるくん。いっしょに話しをしようよ」


 男子生徒のひとりが血走った目を輝かせながら、心にもないことを言う。


「ボク、ゆきるくんの話も聞きたいなあ」


 別の男子生徒がこめかみにくっきりと青筋を浮き上がらせながら、強張った笑顔を浮かべる。


 こ、こ、こ、怖い……。こ、こ、怖すぎるぜ……みんな……。


「そ、そ、そうだな。せっかくだから……話しをしていこうかな……はは、ははは……」


 内心とは真逆のことを言うゆきるに、さっきにも増して男子生徒たちの視線が強く向けられたのは言うまでもない。


「み、み、みんな、仲良く話そうよ……はは……ははは……」

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