わたしのニンゲン観察日記
これはわたし、聖霊族のサーシャによる個人的な観察日記である。
そのためわたしの主観が強く入り、客観的とは言い難い部分もあるかもしれない。
万が一これを読む者がいれば、その点を理解の上、読み進めてもらいたい。
●ニンゲンのプロフィールと外見的特徴について
種族はニンゲン。
性別は男。
年齢は十九。
名前はユージ。
身長は高くもないし、低くもない。普通だ。
細身で筋肉も多くはないし、体重は軽そう。
色白で、あまり大人らしい深みらしきなものは感じない。苦労を知らない、という表現になるのだろうか。
それはきっと、今とはまったく異なるニンゲンの時代を生きてきたためであろう。
このユージという名のニンゲンのせんせいが、特別教室でわたしたちを教えることになった人である。
●ニンゲンの食生活について
「せんせいはどこでどんな食事をしているのだ?」
ある日、教室でわたしはせんせいに聞いてみた。
「うーん……夜は酒場でよく飯を食ってるけど」
「大人だぞ! せんせいは大人だ! なあ、エミィ」
「はい、とっても大人だと思います」
教室にいた雪人族のエミィはそう言った。
「へえ……まさかエールも飲んでるんじゃ……?」
妖狐族のリンも尋ねる。
「飲んでいるぞ。リンも飲むのか?」
「あたしはまだ成人じゃないから……」
「あ、そりゃそうだよな」
なにかとせんせいより優位に立ちたがるリンは悔しそうにしていた。
「せんせいがよく食べるものはなんなのだ?」
わたしはさらに聞いてみる。
「まあ普通に穀物の……パンだったり、あとは木の実や野菜も。肉も牛とか豚とか猪とか色々それ以外も普通に流通しているものは食べてるし。料理って意味ならスープとか燻製肉が多いかな? 割とオーソドックスだと思うんだが……」
目立った特徴は……ないのだろうか?
「ちなみに……せんせいはクロヘビトカゲは食べたことがあるか?」
これを食べるかどうかで、だいたいの食のタイプが判断できるのだ。
「いや……でもそんな名前のやつ食べたっけな……? 悪い、まだ食材の名前をよくわかってないんだ。調理済みしか見たことないやつも多いし」
「ふむ、『あんなものを食べられるのは牙のある種族だけだ』と言われているクロヘビトカゲを食べるのか」
「あ~~~、やっぱり食べてなかったわ! 絶対食ってない!」
食生活は、わたしとあまり変わりがないようだ。
●ニンゲンの授業について
「これからの時代は新しい仕事を自分で生み出して、価値を作り出していく。そういう稼ぎ方が求められるんだ!」
教卓に立ったせんせいは、わたしたち特別教室の生徒三人を前にそう言った。
「一度まっさらなところから自分のやりたいことを作り出す、という視点で考えてみないか? 発想の基点が変われば見えるものも変わるぞ」
つらつら述べて、なんだかせんせいはいいことを言った風に振る舞うので、わたしも真剣に考えてあげる。
「まっさらなところから……」「……自分のやりたいことを」
エミィと二人で「うーん」と悩んでみるが、いい案は簡単には出てこない。
「あのさぁ」
そんな中リンが手を挙げた。
「お、なんだリン。なにかアイデアあるのか?」
「センセー自身が考えた『新しい仕事』やら『新しい価値』やらは、なんかあるワケ?」
「俺が考えたもの……」
「ニンゲンならわたしたちには思いもよらない考えがあるだろう」
わたしはそうであると確信している。
「それは……聞いてみたいです」
エミィも興味津々だった。
「ね、センセー。あたしたちは今までの共和国にいなかった“ニンゲン”のセンセーに期待してるんだけど?」
リンも言うと、せんせいはしばらくじっと考えた込んだあと、目を見開いた。
「たとえば……情報を駆使した仕事がこれからは必要とされるはずだ。出版物や情報屋は今もあるみたいだが、大規模じゃない。だけど将来的には、情報を集め、分析し、発信に生かせる奴らが覇権を握るんだろう」
「ふーん。……で、情報とやらはどうやって集めるの?」
リンが聞く。
「“インターネット”……はないから、人を使って集めるんじゃないか?」
せんせいはたまに理解できない言葉を口にする。たぶん昔のニンゲンの言葉だと思う。
「何人の人を使って、どんな情報を集めて、分析をして、お金に換えるの?」
リンの追及は続く。
「そりゃ……、ある程度の人数はいるよな。はじめは聞き込みと実地調査をやって、分析は自分たちでやって……」
「それで誰がどう具体的に喜ぶの? 想像できてる?」
「……」
「あのさ、急に思いついたことが仕事になるほど世の中甘くないの。もしそんな仕事があるならきっと誰かがやっている。そう思わない?」
「はい……おっしゃるとおりで……」
完全にせんせいはリンに言い負かされていた。
「よ、世の中は甘くないのですね……。せんせも頑張ってください」
せんせいはエミィに慰められていた。
頑張ろうとしてくれているのはわかるのだが、実力が理想に追いついていないところがあった。
たぶんまだまだ伸びしろがあるのだと、わたしは期待しているが。
●ニンゲンの他種族への態度について
たまたま学校にきていたせんせいとわたしとで、一緒に廊下にいた時の話だ。
廊下を歩いているとせんせいが、急に振り返る。
すると、何者かが柱の陰に引っ込んだ。
「おい、誰か……」
ばさばさっ、翼を羽ばたかせながら何者かは走って離れていった。
ぽりぽりと頭を掻いて、せんせいは再び歩き出す。
「ん?」
しばらく背の低い木の影を見つめたあと、せんせいは廊下から出た。誰かを見つけたみたいだ。
せんせいが木の裏を覗く。わたしもついていって一緒に覗いた。
自分の体以上に長い尻尾をうねうねと動かす男の子と対面する。
男の子はせんせいに見つかって、体を硬直させた。
ややあって。
「……み、み、見つかった~~~~!?」
男の子は慌てて走り出した。途中転びながら、先生から逃げようとする。
「失敗だ!? 撤退だ! ニンゲンに見つかったぞ!?」
「うわ~ん!? だからやめようって言ったのに~!?」
わたわたと周囲の木陰から男の子と女の子が現れて、ちりぢりに逃げ去っていく。
「おーい! 別にとって喰うわけじゃないから大丈夫だぞー! ……って聞いてないよな。おいサーシャ、もしあの子たちに説明する機会があったら、よろしく頼む」
「任せるのだ」
珍獣扱いされて恐れられても、せんせいは気を悪くした様子はなくて、逆にみんなのことを気遣っていた。
とても心が広い。よくやられているから慣れているのかもしれない。
ちなみに、わたしを食べようとする気配も、今まで一度も感じたことはない。
●ニンゲンの教師とは?
今までを振り返ってもわかるように、ニンゲンには際立った特徴はない。
体が大きいわけではない。
力が強いわけでもない。
魔法がすごいわけでもない。
頭がとてもいいわけでもない。
七百年前に滅亡したはずだが蘇り、結局また滅んでいく以外には特徴のない種族だ。
だけどニンゲンのユージせんせいについて言えば、わたしなりにわかったこともあって――。
「――おい、サーシャなに書いてるんだ?」
せんせいが急に手元を覗き込んできたので、わたしは慌ててノートを閉じた。
「勝手に見てはダメなのだ。乙女の秘密なのだ」
「ああ、そりゃ悪かったな……。……宿題でもやってるのかと思ったんだよ」
せんせいはバツの悪そうな顔で言う。
エミィとリンは帰ったので、今特別教室にいるのはせんせいとわたしの二人だった。
「……せんせいはこれからどうしようと思っているのだ?」
「なんだよ、その質問」
「どうしようと思っているのか、聞きたかったのだ」
「そりゃそうだろうけど、俺が疑問に思ったのは……まあいいや」
せんせいは苦笑して頭を掻く。
「とにかく、お前らにいい成績をとらせるためにできることをする。それだけだ」
「そうか」
「他人事みたいに言うなよ、張本人」
「わたしは頑張るぞ」
「おう頑張れ」
ぽん、とせんせいはわたしの背中に軽く触れた。
遠慮がちなその触れ方と、それでも伝わる手の温もりが、なんだかわたしに力をあたえてくれるような気がした。
わたしには、わかっている。
ニンゲン全員がそうかは知らないけれど――。
せんせいは、やさしい。
だから――。
「頑張るのだ!」
「あだっ!? きゅ、急に手を振り上げるなよ!? 顎に入ったぞ!?」
「……せんせい、立ち位置が悪いぞ?」
「俺のせいか!?」
わたしはせんせいと一緒に、この共和国の実力主義の社会で、戦っていく。
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