中等学生だって楽じゃないのさ


「ちょっと聞いてよ、二回目のデートでワリカンってありえなくない?」


 風霊シルフ族のエマが言った。


「ないなぁ」「ないかもね」


 獅子鷲族のニッキーと、妖狐族のあたし、リンも即座に同意した。

 放課後の教室で、あたしたち三人はお喋りに興じている。


「だよね、だよね」とエマは前のめりになった。


 苛立ちを表すかのように、エマのライトグリーンの髪の毛がふわふわと揺れている。


「エマ、魔力漏れてるから気をつけてね~」


 ニッキーの指摘で気づいたエマは「あ、ごめん」と魔力を押さえた。

 風霊シルフ族のエマは強力な風魔法の使い手だった。


「いくら格好よくてもケチくさい男は勘弁だわ」

「ふーん、ケチな性格にはあんまり見えないのにね」


 エマの新しい彼氏を思い浮かべて、あたしは言った。


「いやそれがさー、どうも『本当の恋愛は対等であるべき』みたいな脳内お花畑なこと思っちゃってんの。いやこの歳でそんなのいいから。全然遊びだから。結婚するわけじゃないから。男は男らしくおごりなさいよって」

「価値観の相違だね~」

「この価値観の相違があったら、もうダメだね」

「……もうちょっと粘らなくていいの?」


 男の子が不憫なのであたしは一応言ってみる。


「うんうん。そうえいばー、ついこの間付き合い始めた時は『運命かも!』って言ってなかった~?」


 ニッキーもいつものゆっくりした口調で指摘する。


「運命はすぐ変わるもんなの」

「運命っていうかエマの気まぐれだよね~」


 エマは美人でおまけに一度『こう』と決めたら一直線な性格だから、気づいたら彼氏を作ってくる。


「あーあ、どっかに親の仕事のランクが高くて金持ちなイケメンの男いないかなー」

「この間その条件で付き合った男が『金だけで性格が歪んでる』から、性格のいい今の彼氏を好きになったんじゃないっけ……?」

「やあね、リン。今度は性格がよくて・金持ちで・イケメンな男にするに決まってるじゃん」

「流石としか言えんわ……」

「いやいやこの共和国を生きてるんだから、ほしいものは自分からガンガンとりにいかないとダメでしょ。待ってても誰もなにもあたえてくれないよ? 運命の彼氏だって勝手には現れない」


 エマの言葉はとても正しい。


「アタシに言わせればリンもニッキーものほほんとしすぎ。学校にいる間は自分の実力をつけるの優先、って思ってるのかもしれないけど、男への審美眼も今から鍛えとかないと本番で困るよ? そこも当たり前のように全部、実力主義なんだから」


 実力主義がこの共和国の大原則、それはわかっているんだけど。


「うーん、でもわたしはおいしいご飯いっぱい食べられれば幸せだしー。あ、この前もさー、近くの公園に珍しい露店が出ててねー。こっちじゃあんまりないんだけど、白いふわふわの生地の中に肉を詰めて蒸した料理があってねー」

「ニッキーの欲求が『食』に片寄ってるのは知ってるけどさ! もうちょっと広い視野を持ちなって」


 おっとりのニッキーとエマは噛み合わないことが多い。


「わたしは五大都市すべての美食を制覇したいんだー」

「……そこまで突き抜けるのなら応援したくなるわ。でもその目的のためにもパートナーは必要じゃない?」

「……そうか! 危険な旅をするわたしを守ってくれる強い人が必要になるんだね~! 早くその人の胃袋をつかんでおかなくちゃ!」

「胃袋で全部解決すると思わないでね? でもいいんじゃない? 今から誰であろうが胃袋をつかめるようにしとくってのは、案外いい戦略かも」

「エマに褒められた~」


 なんだかんだ二人は仲がいい。


「あ、でもアタシが狙っている男にちょっかい出したら容赦しないから」

「こ、怖いよ~!? エマとは戦いたくないよ~!?」


 そう言うニッキーも魔法の使い方に長けた実力者として一目置かれているんだけど。


「なにより一番問題なのは、リンだな」

「あ、あたし?」


 エマが目をすがめてあたしを見る。


「いい加減誰でもいいから彼氏作れっていつも言ってるでしょ!」

「ああ、それね……。だけど今こう、誰かと付き合っても、将来はわかんないじゃん」

「なに言ってんの? 将来稼ぎそうな実力ある奴は今でも目星はついてるでしょ。先に手をつけておかないと」

「いやだけど、今その一人を決めるっていうのもさ」

「だったら適当に付き合っとけばいいでしょ。全部練習なんだから」


 エマはいつだって苛烈で妥協がないから、躱しきるのが困難だ。ちょっと方向性を変えてみる。


「……ちなみにエマは、今まで付き合った中に本当に好きな人は、いた?」

「いない」


 即答だった。


「もちろん好きは好きだよ。でも本当かって言われると……ねえ、難しくない?」

「わたしもー、本当に好きな食べ物を一つ決めろって言われたら困っちゃうなー」

「ニッキーに同意を求めたアタシが間違ってたわ」


 溜息を吐いてからエマはあたしに向き直った。


「リンはどうも恋愛には奥手だからな……」

「いや……そんなことはないっていうか……。あたしがいいなって思えるだけの男がいないっていうか……」

「ウソくさいね~」


 ニッキーに言われてしまった。


「まあリンの人生なんだから、リンの好きにすればいいんだけど」


 エマも最後は突き放して言う。

 周りの人はほとんどこんな感じで、エマみたいなお節介焼きの方が珍しい。


「リンもそろそろ気合い入れて本気でやらないと、やばいよ?」


 今までの忠告ともまた一段違う、真剣みがあった。

 耳が痛い。


「最近のリンは成績もからっきしで、いいランク出てないでしょ?」

「……う、うん」


 その話に持っていかれるのは、本当は避けたかった。


「まだまだ実際に働き出すのは先だからって、余裕ぶっこいているんだろうけど」

「そんなつもりは……」

「今から低レベルな子だって見られたら、将来困るよ? 仕事をするのも、結婚をするのも結局同年代が一番多いんだから」


 あたしたちは生きている限り、競争社会に晒され続ける。


「でもわたしはリンの縛られずに我が道いっている感は、いいと思うけどなー」


 ニコニコとした笑顔でニッキーは言った。


「ニッキー。リンを甘やかさないで」

「えー、でもリンが下にいてくれると、わたしもリンよりは上だからって安心できるんだけどな~」

「……悪意なくゲスいって、ホント器用ね」


 エマも呆れていた。

 ここまであからさまだと、清々しくてあたしも嫌な気にはならなかった。


「あ、そろそろ魔法のレッスンだからいかなきゃ」


 エマが立ち上がった。


森人エルフ族の教室だよね~?」

「そう。授業料高いから遅刻したらもったいない」

「エマはきっちりしてるよね~。所帯じみているというか~。よいしょっと、わたしもそろそろいかなきゃな~」


 ニッキーも荷物を持って席を立つ。

 二人ともこれから学校とは別の習い事にいく。

 将来よい仕事につくため、そこで高い能力を発揮してよい待遇を得るため、わたしたちは日々勉強の毎日を送っている。


「リンは?」


 エマが聞いてくる。


「あたしはこのあと、先生に質問を聞いてもらう約束があるんだ」

「そっか。じゃ、いくね」

「ばいばーい」


 エマとニッキーは教室を出ていった。

 本当は、約束などない。

 わたしはぽつねんと席に座ったまま、窓の外を眺める。

 分厚い雲が空を覆っていた。しばらくすると一雨くるかもしれない。

 雨は誰に対しても平等に降り注ぐ。

 その雨に濡れるか、雨から身を守るか、雨をはね飛ばして進もうとするかは、あたしたちに委ねられている。

 すべては、委ねられている。

 あたしは立ち上がって歩き出した。

 今日は雨が降る前に、家へ帰ろう。


 ……そーいう選択肢だって、別にありじゃん?

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