今日が最後の人類だとしても 著:庵田定夏

ファミ通文庫

カクヨム限定 書き下ろしショートストーリー

こわいこわいニンゲンのお話

「み、み、みんなっ! さっき先生が話しているのを聞いたんだけどっ!」


 クラスで一番体と声の大きな泥人ゴーレム族の男の子が、教室の入り口で開口一番言いました。


「あ……ニンゲンが先生をやるらしいぞっ!?」


 その話は一瞬にして教室にいる三十人に知れ渡りました。

 もちろんわたくし、雪人族のエミィにもしっかりと聞こえました。


「ニンゲンはずっと昔に滅亡して……」

「なのに復活した……」

「ふ……不滅なの……?」

「お化けかもしれない……!」


 初等学校四年生の教室のみんながびくびくと震え出しました。

 わたくしの目の前にいる火鳥フェニックス族のエリザちゃんもふらふらとして今にも倒れそうです。


「エミィちゃん、エミィちゃん、大丈夫? 体がぐらぐらしてるよ?」


 ……わたくしがぐるぐる目を回していただけでした。


「あの歴史の教科書でしか見たことのないニンゲン……」


 ニンゲンは、大昔この世界を支配していたそうです。

 今ある社会の基礎を作り上げたのも、すべてニンゲンだと言われています。すごいなぁ。


「エミィちゃんも見てないんだね。あたしも実物はないな」

「俺のお父さんはニンゲンを見たことあるって言ってたぜ!」


 わたくしがエリザちゃんと話していると、クラスの男の子が近くで言いました。


「ほ、ほんとですか? どんな人って言ってましたか?」


 ちょっと怖いけれど、わたくしは聞きます。


「一瞬見たことがあるだけらしいんだ。本当だぞ? お父さんは商品を仕入れに他の都市によくいってるから」

「ウソだとは思ってないよ。それで、どんな人って?」


 エリザちゃんも興味津々です。


「……たまたま街の中にいたのを、『あれがニンゲンだよ』って教えてもらったんだぜ。でもぱっと見は、普通なんだって。だけどよくよく見ると『まがまがしい』ものを感じたって、言ってたんだ」

「まがまがしい……」


『まがまがしい』なんて言葉、普通は使いません。


「やめてあげて。エミィちゃんが怖がってるよ」

「お、俺は聞かれたから言っただけだぞっ」


 やっぱりニンゲンは恐ろしい存在なのでしょうか。


「ニンゲンは空を飛べたんだ! しかも何百人も同時に!」

「海を渡って別の大陸にもいってたんじゃなかったっけ?」

「月にもいったことがあるんだろ?」

「えー! 月は絶対ウソだよー!」


 みんなが色々なことを言っています。


「そんなことできたら、ランクもすごい高いぞ! 超大金持だ!」

「お前ニンゲンに教えてもらった方がいいかもな! 最近成績落ちてるから!」

「はぁ? たまたまだし!」


 ケンカまで起こってしまいそうです。


「でもそんなニンゲンの先生が……怒ったらどうなるんだ?」


 一人の言葉に、騒いでいた皆がしんとなりました。


「……むちゃくちゃ怖いんじゃないか……? ファガール先生より……」

「怒られるだけで済むのかな?」

「どういうことだよ?」

「気に入らない奴は……食べられちゃうとか」

「た、食べるの!? そんな奴なの!?」

「わからないだろ! ニンゲンがどんな奴かなんて!」

「怒らせたら……全員消されるかもしれない……」

「ひっ……!?」

「エミィちゃん、エミィちゃん。今頭を押さえても襲ってこないと思うよ?」


 教室全体がパニックになります。


「みんなっ! 落ち着いてっ!」


 そんな時、教卓の前で一人の男の子が大声を出しました。


「一度、冷静になろう」


 メガネをかけた地霊族のダレン君です。ダレン君はクラスでも一番の秀才で学級委員を務めている、すごい人です。


「冷静になってどうするんだよダレン!?」

「今は色んな情報が錯綜して、余計に怖くなっていると思わないか? みんなの情報を整理すれば、きっとニンゲンがどれくらい怖いもので僕たちはどうするのがいいのか、わかると思うんだ」


 おおー、とダレン君の発言にみんなが感心します。

 わたくしも賛同の意を示すためにぱちぱちと小さく拍手をします。


「エミィちゃん、エミィちゃん。手をこすり合わせながら拍手するの器用だね」

「あ」


 エリザちゃんに指摘されます。わたくしには手や腕をこすり合わせてしまうクセがあるようで、学校に通うようになってから友だちに指摘されました。


「それじゃあ書記として黒板に書いてくれる人!」


 ダレン君の呼びかけに一人の女の子が応じて、わたしたちだけの臨時学級会が始まります。


「まずは確かなことを書き出そう。事実とうわさを分けるんだ」

「はい! 滅亡していたけど長い時間を経て眠りから蘇った!」

「それは、事実だね」

「俺のお父さんは本物のニンゲンを見たんだぜ!」

「その話は詳しく教えてほしいな」


 というわけで二つの点が、黒板にまとめられました。



・ニンゲンは繁栄していたが滅亡してしまった。しかし長い年月を経て蘇った

・姿形は割と普通らしい。でもどこか恐ろしい雰囲気を持っている



「……恐ろしい雰囲気というのは主観が入っている気もするけど、一応書いておこう。それと先生になるということも、間違いないんだよね?」

「先生たちが話しているのを聞いたんだ! 絶対だ!」



・ニンゲンは教師をやることになった



 どうして教師をやるのでしょうか? 怖いです。


「ここからはうわさでも構わないから、意見を言っていこう」


 わたくしの隣にいたエリザちゃんが手を挙げます。


「はい、エリザさん」

「ニンゲンって蘇ってから一年は経ってるのに、どうしてみんな見たことがないんだろうね? ちょっと不思議」

「大人たちが隠しているからだ! 子供には内緒だって!」


 男の子の意見に、ダレン君も同意します。


「確かに子供は知らなくていいと言われて、僕もちゃんと教えてもらえなかった」

「……どうして隠すのでしょうか?」


 わたくしが独り言で話した内容にも、ダレン君はしっかり反応してくれました。


「うーん、大人も怖がってたもんね。……ただ最近はニンゲンの話も聞かなくなってるなぁ、はじめの騒ぎの時よりは」


 滅亡したはずのニンゲンが現れた――そんなうわさが流れた時には街中が大騒ぎでした。どれくらいかと言うと、学校近くのパン屋のおじさんが「どうせ死ぬならやりたいことをやるんだ」と吟遊詩人の看板を出し、奥さんに「あんたはパン屋なんだから死ぬまで誇りを持ってパンを作るのが一番なんだよ!」と蹴飛ばされるくらいでした。


「つまりニンゲンはうまく街に溶け込んでいるのかもしれない」

「溶け込んでいる?」


 エリザちゃんがダレン君に聞き直します。


「ああ姿形に特徴はなくて、普段は気配も消しているから誰もニンゲンだと気づかれないのかもしれない」

「じゃあ、隣の家に住んでいる人が実はニンゲンだったってことが……?」

「俺も知らないうちにニンゲンを見たことがあるのか!?」

「も、もし知らずに怒らせてしまったらどうなるんだっ!?」


 みんなまた怖くなってきてしまいました。見えざる恐怖だ……!


「だけど誰も気づかないような普通の奴だったら、怖くないんじゃないか!?」


 勇気のある男の子が言いました。それもそうかもしれません。その方が嬉しいです。

 しかしダレン君は言います。


「でもみんな、覚えているだろ? ニンゲンが復活した際に起きた、あの事件を」


 ごくりと、みんなが生唾を飲み込んだのがわかりました。


「ニンゲンは、東の主の黒竜をボコって倒した」

「エリザちゃんさらっと言いすぎじゃないでしょうか? しかも言い方が怖いですよ?」


 エリザちゃんは火鳥族の特性で体温は高いのですが、内面はとてもクールな女の子です。


「そう、今の人類じゃ誰もなしえなかった黒竜退治をやってしまったんだ。だからきっと本気を出すとものすごく強い。つまりそこから導き出される結論とは――」


 ダレン君の解説にみんなが聞き入っています。


「ニンゲンは、怒ったりして本気を出す時……その姿を変えるんだ」

「おお、変身するタイプなのか!」

「それだと気づかなくても不思議じゃない!」


 みんなも納得でした。



・ニンゲンは怒ると変身する



「どんな変身をするのでしょうか……?」


 わたくしはとても気になりました。身を守るためにも必要な情報です。


「きっと怖いから、角が生えたりするんだよ。ぶちょっと」


 エリザちゃんの意見は思いつきみたいでしたが、書記の人に採用されました。



・ニンゲンは怒ると角が生える



「じゃあ変身することで、ニンゲンは空を飛べたり、海を渡って別の大陸にいったり、月にいったりもできるんだな!?」

「どんな変身だよそれー」

「いや、それももしかすると一つの変身でこと足りるのかもしれない」

「本当かよダレン!?」


 ダレン君は今日もすごく冴えています。


「大きな羽が生えれば、空を飛べるのはもちろん、そのまま海を渡ることも、月にいくことだってできるかもしれない」



・ニンゲンには羽が生える



 ダレン君の推理力にみんなも影響されたみたいで、どんどん意見が出てきます。


「角が生えて羽が生えて……どんな攻撃をするんだろうな?」

「黒竜を倒すぐらいだから超強いぞ」

「あ、黒竜を倒した時ものすごくまぶしかったって聞いたよ」

「じゃあ爆発魔法!? いや、火を吐くとか!?」



・ニンゲンは火を吐く



「一旦ここまで出た、うわさに基づく推測をまとめよう」


 ダレン君が提案すると、書記の女の子が言います。


「えーと、ニンゲンは怒ると角が生え羽が現れ炎を吐く……」


 ……みんながガタガタと震えて怖がり出しました。


「こ、怖いです!? 怖くないですか!? エリザちゃん!?」


 わたくしは思わずエリザちゃんにしがみつきます。


「怒らせなければ大丈夫じゃない? でも怒らせたらられるかもね。すぱんって感じだよ」

「今なにが『すぱんっ』とされたのですか!?」


 怖いことを言わないでください。


「こんな恐ろしい生物見たことがない……。でも幻のニンゲンならばあるいは」


 ダレン君は重々しい表情で言います。


「とにかく今僕たちにできることは、この先生が担当するクラスや授業に当たらないように、祈ることだね」


 すると、我先にとみんなは祈り始めました。


「……こ、これからは宿題もちゃんと真面目にやります! だからどうかニンゲンの先生に当たりませんように……!」

「あ、あたしは嫌いな野菜も全部食べます! 本当です!」

「……もう遊んじゃダメって言われている池にはいきません……」


 クラスみんなによる「いい子になる」宣言大会になりました。

 もちろんわたくしも負けていられません。


「今度こそ試験で……いい点数をとります……! とらせてください……!」

「エミィちゃん、エミィちゃん、それだとただ単にお願いを二つしているだけだよ? 逆に等価交換で、点数がとれる代わりに、ニンゲンの先生に当たっちゃうかもね。どんまい」

「それは困ります!? 点数をとれたとしても、わたくしが死んでしまってはダメなのですっ」

「死なないでね、エミィちゃん」

「決まったように言わないでくださいエリザちゃん!? ……エリザちゃんがそんな風に言うことは結構本当になってしまうから怖いのです……」


 ニンゲンがいる教室にいくなんて絶対嫌だな、とその時わたくしは思ったのでした。


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