リンの家が相当な金持ちだとわかったところで(だから労働への意欲も薄いのか?)、そろそろ夕暮れの時間が近づいてきた。


「どうだみんな、もっと頑張ろうと思うようになっただろ?」

「「「……」」」

「せめてなんか言ってくれよ」


 気を遣って否定されないのは、より徒労感を覚えた。


「まあみんな普段から街は出歩いてはいるんだし、急には変わらないよな……」

「どんまいなのだ、せんせい」

「ありがとうサーシャ。俺はお前が頑張ってくれるともっと嬉しいぞ」


 せっかくだからリンの家の前までいってみて、今日は解散するつもりだ。

 本人は嫌がっていたが、家に入らないならぎりぎり許してくれそうだ。

 と、その前に。


「……こういうのはあんまり言いたくないんだけどな」


 通りかかったのは、住宅が密集したエリアだった。

 ごみごみしていて、小さな家が身を潜めるようにして建ち並んでいる。一軒だけでは倒れてしまいそうだから、たくさんの家が集まって支え合っているように見える。

 スラム街とまではいかなくとも、裕福でない者が暮らしているのは明らかだった。

 サーシャとエミィが「見たことのない花が咲いてるぞ!」「し、白黒なのです!?」などと話をしている間に、リンが先回りをしてつぶやいた。


「こんな落ちぶれた生活したくないだろ、って?」

「そこまで言うつもりはないが……」


 実力主義では格差が生まれる。実際ここに住んでいる人たちはランクが低い人たちだろう。


「都市で暮らせているだけマシじゃない?」


 本当に職を失ったら都市にはいられなくなる。

 未開の地も多い都市から離れた地域は、魔物もうろつく大変に厳しい環境だと聞く。

 死亡率も平均寿命も都市とは雲泥の差があった。


「リンの場合は身体強化術を使って、それを生かせる仕事を選んでくれさえすれば」

「だからあたしはそういうのじゃなくてさ~」


 リンはへらへらとした態度で笑う。


「じゃあどういうのをやりたいんだよ」

「ほらもっとさ、芸術家とか音楽家とか、こう、自分の感性を生かす方向でさ」

「身体能力強化と芸術系は相性がいいとは言えないだろ。本当に自分の特性を生かせるのか?」

「あ、そうやって子供の可能性を潰しちゃうんだー。ないわー」


 口だけは減らない奴だ。


「ところで……リンの両親はなにをしている人なんだ?」


 家の大きさのこともあって気になった。


「…………言いたくない」


 珍しく本気で嫌がっている雰囲気があった。

 しかしだからこそ、聞く価値もあると思う。


「教えてくれてもいいだろ」

「だって別に親は関係ないじゃん。あたしはあたしのやりたいことで頑張るんだから、それで実力が上がるように指導してよ」

「やりたいことが大事なのはわかる。でも向き不向き、できるできないもあるだろ」

「そんなの知らなーい」

「好きなことばっかやって生きられると思うなよ!」

「好きなことばっかやって生きられるようにしてよ!」


 リンは「フーッ」と俺を威嚇するみたいに呻いた。

 噛みつかれそうな気配がある。俺が勝手にビビっているだけかもしれないが。

 と、サーシャとエミィがおっかなびっくり俺たちを眺めていた。

 これ以上口論をするのはよくないだろう。


「……まあ、お前の考えもわかるけど……っておい」

「帰りまーす! フンだ!」


 リンは随分機嫌悪そうに肩を怒らせ、勝手に路地へと消えてしまった。


「せんせ……リンさんは……」


 エミィが顔の前で両手をこすり合わせながら聞いてくる。

 前から思っていたが、なんだか自分の体を温めるような動作に見える。


「先に帰るって。まあ、家も近いし大丈夫だろ」

「そう……ですか」

「おいおい、エミィが落ち込まなくてもいいだろ」

「ケンカはよくないなと、思ったので」

「……悪かった。もうケンカはしないから」

「そ、それとですね。せんせ、これを……」

「ん? なんだ? 開けていいのか?」


 小さな白い袋だった。こくこくうなずくエミィを確認してから、俺は中身を見る。


「これは……クッキー?」


 シンプルな焼き菓子に見えた。うんうん、と今度は嬉しそうにうなずく。


「もらっていいのか?」

「えと……今日授業で作ったんです。料理の練習で……」

「へえ、そういうのもやるんだな。生きていくための力をつける、ってことか」

「甘いものを食べると、やさしい気持ちになれるのです」

「それで……俺に……」

「は、はい」


 不意打ちだったから、なんと言えばいいかわからなくなる。


「め……迷惑でしたでしょうか?」

「いや全然、そんなことはないって」


 ただ、戸惑ってしまった。子供に気をつかわせてしまったのもあるが、久しぶりに純粋なやさしさに触れられた気がした。


「えーと、なんだ……」


 言葉に詰まっていると、見透かしたようにサーシャが言った。


「素直に言えばいいのだ」


 慈愛を込めて俺を見つめるようなその顔は、なんだ。

 たまに俺より精神年齢が上なのか下なのか、わからなくなる。

 そして彼女自身の立ち位置も見失いそうになる。とにかく、どこか超然としている。


「嬉しいよ、ありがとう」

「そう、ですか」


 ふわっととろけた笑みがエミィから零れる。

 全身がむずがゆくなった。ともかくも食べた方がいいんだろうなと一枚口に運ぶ。


「うん、うまい」


 シンプルなものだが、絶妙の焼き加減で香ばしいのにしっとりとしている。


「よかったです! あ、サーシャちゃんも食べますか?」

「ありがとうなのだ。安いリンゴだけでちょっと物足りなかったのだ」

「さり気なく悪口言うなよ」

「リンゴは悪くない。お菓子をリンゴで誤魔化したせんせいが悪い」

「モロにきたな!?」

「あーん」とサーシャもクッキーを口に放り込んだ。ぴょこん、と髪の毛が飛び跳ねたように見えた。

「超おいしいのだ!」

「だよな!? これ……結構すごいよな!?」


 シンプルだからこそ作り手のうまさが如実に現れる。


「そんな……全然大したことないです……」

「エミィは手先が器用だし、家庭科は得意だからな」


 サーシャが言うように、エミィは家庭科の点数はよかった。

 ランク付けにはほとんど影響しないので重要視していなかったが……、こういうことも利用できる部分なんだろうか?

 共和国の試験では学力や体力、魔力の測定も内容には含まれているが、そんなのは基本的に参考値にしかすぎない。

 ほとんどが『自由表現』と呼ばれる項目でランク付けが決定される。

 自由表現は、将来自分が就きたいと思っている職、もしくはこれで稼ぎたいと思っている能力や技能を挙げ、実際にその稼ぎ方が将来可能であることを実践で示す、というテストだ。

 要は「将来自分は薬剤師になる」つもりなら、それ用のペーパーテストで見込みがあることを示す。「将来都市の治安を維持する警備兵になる」つもりなら、必要な知識や体力のテストで見込みがあることを示す。また、実際の職業にまでは落とし込めてなくても「計算力を使って稼ぐ」ならその計算力を、「腕力で稼ぐ」つもりならその腕力を示すのだ。


 そして将来働き始めてから期待される活躍度合いでもって、評価がおこなわれた。

 よって、なにかが苦手であることはあまり問題にはならない。

 なにが得意なのか、そしてそれが『稼げる』レベルなのかがすべてだ。

 二~三時間の基本的な能力の測定の後、各個人が順番に『自由表現』に取り組んでいくのが、試験の流れであった。


「機会があったら、別のを作ってきてくれよ」


 もう少しこの手のエミィの実力を見てみたかった。


「はい! いつがいいでしょうか!?」

「お、乗り気だな。だったら料理の実力で試験を目指してみるか?」

「……それは」


 晴れ渡った表情が一瞬にして曇る。


「あー、悪い。エミィは雪の魔法で実力を示したいんだもんな」


 扱いやすそうで、扱いが難しい子だ。


「じゃあ……趣味というか試験とは関係なしで、作ってもらえるか?」

「わかりました! せんせのお願いなら頑張ります! いつがいいでしょうか!?」

「えーと……、いつがいいかは今度言うよ」


 あと、どうもエミィは人の言うことを素直に飲み込みすぎる嫌いがある。

 これも……一族の問題に関わらない範囲で、にはなるが。

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