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「も~、ホント最低っ! アンタもそう思うでしょ!?」

「うん、わかるわかる。気持ちはわかるからもう飲むなって」

「イヤよ! ていうかアンタも飲みなさいっ! 店員さんっ! エール二つ!」


 今夜も、メイコと馴染みの酒場にいた。

 職場でトラブルがあったらしく、今日のメイコは荒れていた。


「なーんでアタシがこんな苦労しなきゃいけないワケ!? 当時のバカな大人どもにこの苦労を味わわせてやりたい! もう無理だけど! 死んでるから! あはは!」

「酔ってるね~。店の中汚すのは勘弁してくれよ~」

「あ、はい。わかってます、その時は外に連れていくんで。いつもすんません」


 俺は通りがかりの肌の青い氷人族店員にぺこぺこと頭を下げる。

 彼女の作る料理はとても評判がいいのだが、今のメイコには味がわからないだろうから食わせるのはもったいない。


「アンタも文句言いたくならないの? ニンゲンの世界をぶっ壊して、勝手にアタシたちを冷凍保存して七百年後の世界に送り込んで、AIだけは残してなにを言わせるかと思ったら『尊厳を持って幸せに生きろ』とかバッカじゃない!?」


 ばん、とメイコはテーブルを叩く。


「無理だっつーの! ぬくぬく甘ったるい世の中で育てられて今さら実力主義とか! アタシは超可愛いからそれだけで玉の輿確定してたはずなのにっ! いくら科学技術が『ロストテクノロジー』になっても使えないんじゃ――」


「メイコ、声」

「はいエール二つ!」

「どうも」「……どーも」


 メイコはエールを一口飲む。


「……調子に乗りすぎた、ゴメン」

「いいよ。色々溜まってたんだろ」

「なんか卑猥」

「全然卑猥じゃねえよ。お前の発想が卑猥だよ」

「ゴメンゴメン、お酒は楽しく呑まないとね」


 メイコはいつもの調子に戻っていた。


「今は衣食住あるんだ。働けてやっていけてる。ならいっか。ご飯はおいしいしね」


 メイコは串の肉にかぶりついた。

 俺もまだしばらくは仕事を続けられると思う。しかしそのうち、生徒たちが受ける試験がやってくる。

 もちろんそこで俺は成功を収めてやるつもりだ。

 だがその時生徒が結果を出せなかったら?

 一度は見逃してもらえるかもしれない。運よくよい結果が出る可能性もゼロじゃない。

 だけどそれをずっと――?

 なんの後ろ盾もない世界で。

 人類の勢力外では魔物すらはびこる世界で。

 ただ脆弱なるニンゲンのまま、この実力主義の世界で。


「まあ、俺がばっちり成功したらお前を養ってやるから」

「なにそれ? プロポーズ?」

「ちげーーーよ!」


 そういう解釈と冗談はやめてもらいたい。もし唯一近くにいるニンゲン同士で仲が気まずくなったら、俺は誰とこんな話をすればいいんだ。


「俺はニンゲンだからこそ起こせる革命を信じてるんだよ」


 特別になったのだ。

 期待して勝負をしないでどうするのだ。


「ふぁゆーか、ふぁによ」

「食ってから喋れよ」

「アンタは仕事、順調なの? 楽しくやってんの?」

「全然楽しくねーよ」

「本当にぃ? 子供に興味持ってロリロリしてんじゃないの~?」

「してねーよ!」

「とにかく情を移さない方がいいと思うよ。あとあと辛いだろうし。アンタそういうのに簡単に左右されそうじゃん」

「……されないって」

「ならいいんだけど」


 メイコはにやりとくちびるの端を持ち上げる。


「なんだよ」

「いや、文句は言ったけど『尊厳を持って幸せに生きる』って基準はいいなって。要はちゃんと自分の人生に満足して生きろってことでしょ?」


 ニヤニヤとメイコは嬉しそうに、俺の左手首を見ている。


「アンタの、それ」


 黒い腕時計型の、シドとの通信機。

 この装置には通信以外にも、もう一つ機能があった。

 側面の安全装置を引き出し、ロックを解除。

 さらに黒いボタンを押しながら、赤いボタンを五秒同時に押せば――。



 ミサイルが発射され、着弾点から半径六十キロが完全に破壊される。



 座標はこの装置がある場所だ。

 この装置は共和国の五大都市に別れた男子たち五人に、一人一つずつ託されていた。


「アタシたち女子にないのは差別だって思うんだけどー」

「数の収まりがよかったからだろ……。五つしか用意がなくて、都市が五つで、って」

「本当にやばくなったらドロップアウトするだけだもんね」


 俺は左手首の腕時計に触れる。

 このスイッチを押せば、俺が今いる都市は跡形もなく消失する。

 人工衛星で制御されているミサイル発射装置は、今も大陸のどこかで生きている。


「……自分が生きるのが嫌になったのなら、勝手に一人で死ねって思うけど」

「でも誰もそれを捨てようとはしなかった、でしょ?」

「そう、だな」


 自爆スイッチといってもいいそれを、五人の男はそれぞれ手にしている。

 今にも誰かがこの世界にかもしれない。

 世界の命運はニンゲンに握られている。

 現在の世界では一般的となった魔法すら使えない脆弱なニンゲンに。

 その事実が変わり果てた世界で、それだけが、確かに俺たちを支えてくれていた。


「まあ、死にたくはないけどね」

「俺もだ」


 せっかく奇跡のような確率で生き延びた命を無駄にしたくはない。

 自分を諦めたつもりもない。

 だがこれを捨てる理由には、ならない。


「色々うまくいってくれたら、いいんだけどな」


 明日の仕事を思って、俺はぽつりとつぶやいた。

 ニンゲンにとっても世界にとっても、それが一番いいはずだ。

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