「……じゃあ、最後にサーシャか」

「どうしたのだ、せんせい? 疲れているのか?」

「ちょっとな……」


 覚悟はしていたのだが、これからどうやって成績を上げていけばいいのか、まるで検討がつかないでいた。


「元気を出すのだ、せんせい」

「……いきなりうまくはいかないし、これからだよな!」


 悪い子たちじゃないし、きっと光明は見出せるはずだ。


「よし、サーシャが得意なのは……魔法か。でもって含有する魔力量も超巨大。すごいじゃん」

「フフ、すごいだろ」

「だけど注釈があるんだよなぁ……」


 力が強いにもかかわらず評価がよくない、となればその理由もだいたい予想がつく。


「ちゃんと魔法のコントロールができない、か」

「できないぞ」

「威張って言うな」


 だが練習すればいくらかマシになる気もする。


「じゃあ一回さ、危なくなくて得意な魔法があれば、見せてくれないか? 人が誰もいない方向に放つ感じで」

「できないぞ?」

「……やりたくないってことか? それとも適した魔法がないのか」

「わたしは魔法を使えるのだが、使えないのだ」

「それはどういう……?」

「教師の言葉を借りてもよいか?」

「おお、頼む」

「『魔法を使う機能は整っているのだが、作動のさせ方が全くわかっていない』」

「……」

「つまり、わたしは魔法を使えるのだが、使えないのだ」

「……俺達ニンゲンは魔法を使える種族じゃないからピンときてないんだが、学校で魔法を教える授業だってあるんだろ?」

「うむ。だが魔法回路は種族によって異なるから、似た者同士ではないと教え合うなんてとてもできないのだ。そしてわたしのは、似た者が一人もいない魔法なのだ」

「そんな特別な魔法なのか? それはそれで希少価値があると思うんだが」

「使えないのだがな!」

「特別であるがゆえにどうにもならないこともあるんだな……」


 聖霊族サーシャは、全く魔法の使い方がわかっていない魔法使いという矛盾を抱えた、落ちこぼれだった。


     *


 三人の実力はわかった。そして全員に問題があることも。

 種族の武器である身体強化術を使わないリン。

 都市ではまったく使えない雪の魔法の持ち主エミィ。

 強大な魔力を秘めるが魔法がまったく使えないサーシャ。

 一見、それぞれ絶対に解決できない問題ではない(・・・・)ようにも思える。ところが今まで、どんな教師もこの問題を解決に導けなかったのである。たぶん根は深い。

 素人の俺に解決させて、どうにかできるレベルじゃないだろ……、とも思うのだが。

 これが生きるための仕事なのだから、俺もやるしかない。

 解決策が閃かないまま、教壇に立つ。


「じゃあ授業を進めていきたいんだが……えーと、進め方に希望はあるか? なければこっちでやっていくんだけど……お、サーシャ」


 早速サーシャが手を挙げていた。意見があるのはよいことだ。


「わたしはせんせい自身の話を一度ちゃんと聞いてみたいのだが」


 身を乗り出して、興味津々といった様子である。

 俺を慕ってくれているのかと思うが、どうも少しニュアンスが異なる気もする。

 どこか珍獣を見るような目というか……。


「あ、それはあるかも。だって伝説のニンゲンと一緒にいるんだからね」とリンも続く。

「わたくしも色々……聞いてみたいです」とエミィも。


 なるほど、ニンゲンという存在自体への興味がまだあるんだな。

 生徒との距離を縮めるのも、成果を上げるために必要かもしれない。


「確かに俺自身の話あまりできてないもんな。じゃあ今から質問タイムにしよう。聞きたいことがあれば答えるぞ」

「はい」

「はい、サーシャ」


 またサーシャは律儀に手を挙げる。


「ニンゲンが絶滅したのは本当なのか? でもせんせいたちは蘇ったのだな? それでも結局絶滅する運命だというのは本当か?」

「ぐはっ!?」


 ストレートに心の傷をえぐられた。


「ま、まあ、絶滅したのは本当だな。現に共和国では、これまでニンゲンが確認されたことはなかった」


 旧人類の絶滅について、俺はシドに聞かされた事実しか知らない。


「特殊な技術で、俺を含めた七人は冬眠状態にあって、今こうして蘇った。ただ七人という数は最小存続可能個体数……種として存続するための限界数を下回っているから、あと数世代は続いたとしても、滅びるのは間違いない」

「寂しくはないのでしょうか? ご家族や、お友だちは……?」

「……ああ、そうだな」


 エミィが両手をこすり合わせながら問いかけてきた。

 俺がいるのは、俺の家族や知り合いがとうの昔に消え去った世界だ。


「寂しくないって言ったら嘘になるな。あとは正直、実感がわかなかった。俺にしてみれば起きたら、七百年後だったんだ」

「随分寝てたねー」


 軽い口調でリンが言う。


「本当だよな」


 だからまるでタイムスリップしたような、異世界に突然迷い込んだような気になる。

 俺が二十年弱過ごしていた過去の世界は、まだ俺のいないどこかで存続しているんじゃないか、そう思えてしまう。


「ただ一年も経てば……折り合いはついた。もうこの世界で生きていくしかないしな」

「あ、じゃあさじゃあさ、恋人はいなかったの?」


 リンが身を乗り出して聞いてくる。


「……恋人?」

「そうそう! 生き別れになった恋人ともし七百年の時を超えて再会できたら……すごい感動的じゃない!? 可能性はゼロじゃないんでしょ? だってもしかしたらどこかに眠っているかもしれないんだし」

「まあ、ほとんど可能性がないのはわかっているんだが……」


 しかしやっぱり年頃の女の子らしく恋愛には興味があるんだろう。


「……残念ながら俺には恋人がいなかったからな」

「はぁ? なにそれ? 超冷めたんだけど。その歳でいないってヤバくない?」

「やばくねーよ! 全然! それに……今までずっといなかったとは言っていない」


 ……まあずっといないんだけどな!


「じゃあリンは今彼氏がいるんだな?」

「い……いや、あたしはほら、本命以外には興味ない人だから……」

「つまり本命はいるが、付き合えてはいないってことか?」

「は、はぁ!? なにその勝手な解釈! 別に好きな奴なんて……っていうか、今はセンセーへの質問コーナーでしょ? あたしの話は終わり! みんな、他に質問は?」


 無理矢理に話を変えられた。恋愛経験あるように見せて、実は奥手なんじゃないだろうか……と想像はできたが、ここは素直に従ってエミィの質問を受けつける。


「種族に先がないとわかっているのなら……せんせはどうして仕事を頑張るのでしょうか?」

「そりゃ生きるために……かな」

「自分の種族は、いないのにですか?」


 自分の種を代表して都市に出てきているエミィには、理解できない感覚なのかもしれない。


「そりゃ種族が滅びようが自分は生きているなら、生きなきゃでしょ」


 俺の代わりにリンが答えていた。


「そうですか」


 納得したのかどうか、エミィはそれ以上聞いてこなかった。


「てゆーか、結局なんでニンゲンって滅びたの? うわさはいくつか聞いたんだけど、今より遥かに発達した社会を作っていたんでしょ? なのに、なんで?」

「わたしも聞きたかったのだ」


 サーシャの黒い目がきらきらと光る。

 まるで希望を見つけたかのように――希望というのはおかしいか?

 サーシャが嬉々として口を開く。


「どうしてニンゲンは滅びたのだ?」


 あまりにも純粋で、思わず封じていた記憶の扉が開く。


「まあ……それは本気で俺も知りたいと思っている。俺にしてみれば眠っている間にすべてが終わっていたんだから」


 コールドスリープの直前、予兆めいたことはあった。



 ――通常のテレビ番組枠を撤廃して放映されるニュース。

 ――爆発の映像と荒廃した都市の映像。

 ――映し出される首相官邸と非常事態宣言。

 ――SNS上で流れる「世界大戦だ」というコメント。



 そして、研究者として働く父親に車に乗せられたと思ったら、研究施設に連れていかれコールドスリープの話をされ――。


「まあ、あれだな、事実だけ言えば」


 冗談めかして言ってやろうと思った。


「すべてを『どかーん』と爆発させてしまったんだよ」

「すべてを」「どかーん」「ですか」


 リン、サーシャ、エミィと連なってつぶやかれた。


「爆発魔法ってこと?」

「魔法ではなかったけど、似たようなものかな?」

「せ、せんせは今も爆発魔法を使えるのでしょうか……?」


 エミィがびくびくと怯えて体を小さくしている。まあ気持ちはわかるが。


「いやだから……魔法なんて俺には使えないって」

「結局、なにか失敗をしてしまったということか?」


 サーシャが聞いてきた。


「失敗……ねえ。失敗と言えば失敗なんだろうが……」

「ふむ、その失敗にも理由があるのか」

「失敗の理由か……俺も詳しいところまでは知らないから」


 この子の関心がどこにあるのか、よくわからない。


「なーんか話が暗くなってるよね。もっと明るい話しようよ」


 そこでリンが話を変えてきた。実は周囲に気を遣える子なんだろうか。


「たとえば~……、昔に比べて今の方がいいこととか! なんかあるでしょ?」

「いいことか……」


 ぱっと、うまい答えが出てこない。ちょっと昔の気分に戻されすぎたか……。


「えーと、そうだな。とにかく、俺は世界があっと驚くようなことをこの世界でやってやるつもりなんだけどな!」

「なにその宣言?」

「俺は相当この世界でレアな存在だろ? 今はまだ十分共和国に慣れてないけど、本領を発揮できるようになったらたぶん……すごいぞ? だから期待しておくんだな」

「どうなのかなぁ……」

「わたくしは、せんせはすごいかもしれないと思います」


 エミィは両手を組んできらきらした瞳を向けてきた。


「でも『かもしれない』ってのが意外に現実的だな」


 一番幼いのにしっかりしている。


「わたしもせんせいにはとても期待しているぞ?」


 サーシャにも言ってもらえた。


「期待に応えられるように頑張るよ」

「あたしもセンセーには、尊敬されるような人になってもらいたいね。ほら、あそこの教室で学んだ子なら、きっと役に立つ子だって言われるくらいにさ」


 リンにはだいぶ勝手なことを言われた。


「それ全部お前たち次第だからな。そこんとこ忘れるなよ」


 七人になったニンゲンは、この世界で特別で、きっと世界に影響をあたえる存在になりうる。

 それがなにかはまだ、わからないが――。




 三人が帰ったあとの教室に、俺は一人で残っていた。

 真っ赤な夕焼けが教室を赤く染めている。

 俺は左腕の腕時計の黒いボタンを押す。


「シド」


 数秒の間がある。


『なんでしょう?』

「俺の状況と生徒たちのプロフィールはインプットしたとおりなんだが、具体的にこのあとどうしていけばいいと思う?」


 シドのサーバーのバッテリーがなくなってきているため、使える情報は限られてきているが、まだAIのシドが使えることは俺にとっての強みだ。


『……プランを四つほど用意しました』

「よし、一つずつ聞かせてくれ」


 俺のサクセスストーリーはまだ始まったばかりだ。

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