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さて、二日目の授業が始まる。
話は通じる。モチベーションはありそうで、ないか? 多少不安定な面はあった。
それでは肝心の、今時点の実力はどうなのか。
箸にも棒にもかからないのか、あと一歩なのかでは大違いだ。
まずはそれを見極め、対策を練っていく必要があった。
昼を過ぎてからやってきた生徒三人を連れて、建物の裏にあるグラウンドへと出た。
天気は快晴。風もなくよい気候だ。
「今日は本格的にそれぞれの能力を見ていきたい」
「えー」
「ぶーぶー言うなリン。なにをするにしても実力の確認は必要だろ」
妖孤族のリンはショートカットの金髪を手ぐしで整えながら言う。
「体動かすなんて聞いてないしー」
「だからさっき言っただろ」
「動かしたら髪型崩れるじゃん。汗もかくし」
「崩れても可愛いから安心しろ」
「もへっ!?」
ぴょこんとリンは飛び上がってその場で体を左右に振り、顔を赤くする。
「へ……ヘンなこと言わないでよね!?」
冗談のつもりだったのだが、リアクションがやたらと大きかった。
「まさかあたしのこと……ヘンな目で見てないよね?」
「いやいやいや誤解だって! 全然そんな気ないから」
「……それはそれでむかつく」
文句が多い。異種族と言っても、このへんは年頃の女の子みたいだ。ただふりふりと体を左右に振る仕草が、猫や狐が尻尾を振る様子に似ていた。
「準備運動はやっておいた方がいいぞ、エミィ」
「はい、わかりました!」
聖霊族のサーシャと雪人族のエミィは、仲よく準備をしてくれている。
一学年上のサーシャがちゃんとお姉さんとして振る舞っていた。
「あ、サーシャちゃん見てください! このメメキ草の花」
「おお、鈴なりの花が一、二、三、四、五、……六つか」
「はい、七個連なっているメメキ草を見つけると幸運が訪れると言われているのです」
「六つがあったなら、近くに七つのものがあるかもしれない。……せんせいの授業を受けるよりそちらの方が役に立つのではないか? エミィの夢も叶うかもしれない」
「わたくしの夢が叶うのですか……? でしたら探しにいきたいです!」
「おいこらそこ、遊ばずに準備運動しておけ」
しっかりしていると思ったら、子供は子供だった。
「しかしせんせい。六つのメメキ草は相当珍しい。これを逃すのはもったいないと思うのだ。このチャンスを逃すと、もう二度と見つからないかもしれない」
サーシャが理路整然と訴えてくる。
「……遠くにいかないなら準備運動の合間に探す分にはいいから」
「せんせいの許可が出たぞ!」
「はい! ありがとうございます、せんせ!」
なんだかうまいこと丸め込まれた気がする……。侮れない子供たちだった。
「ともかく、まずはリンからな」
「……チッ」
「舌打ちはやめろ、舌打ちは」
気を取り直してリンに向き直った。
「妖孤族といえば、身体強化術なんだよな」
妖孤族は魔法とも種類の違う、身体強化術を使える種族である。
視覚、聴覚、嗅覚、腕力、脚力など、個体ごとに得意不得意はあるらしいが、力が強くなるらしい。
「リンは特になにが得意になるんだ?」
「……別に」
「見たらわかるか。じゃあ、今から身体強化術を使ってみてくれないか?」
「……」
「なんで俺を睨んでんだよ」
リンは「フーッ」と威嚇してきた。
それでもビビらずに毅然としていると。
「術は……使わない」
「……なぜ?」
「……それは……、……そんなの使わなくてもセンセーには余裕で勝てるから」
予想外の理由を持ち出された。
「余裕で勝てる、とは?」
「じゃあ、たとえば走ったらどうなのかな、センセー」
「妖孤族は身体強化術が使えるからこそ高い能力を発揮すると聞いているが……それを使わず、年下の女子生徒であるお前が、俺に勝つと?」
「うん、そう」
妖孤族が実際どれだけすごいのかはわからない。
だがリンの華奢な体つきを見ても、他の「ニンゲンじゃあり得ねえよ」という筋肉を持つ種族ほどの差を感じない。
「なるほど、なら……勝負してみるか?」
一度教師としての威厳を見せつけるべきだと思った。
「ん、競争が始まるのか?」「どうなってしまうのでしょう?」
初等組の二人も準備運動とメメキ草探しをやめて注目している。
「ゴールはあの大木でいいな」
リンは真面目にストレッチを始めた。こっちも気を抜いていられない。
「サーシャ、スタートの合図、できるか?」
「任せるのだ」
俺とリンが横並びに立ち、構える。
「よーい……」
静かに息を吐く。緊張感を保ったまま、脱力する。
「スタート!」
俺は全身に力を込め地を蹴った。
右、左、右、大地を掴んで加速する。走る。スピードに乗る。風を切る。
体はよく動いている。年下の女子に簡単に負けるようじゃ――。
「ってはええええええ!?」
リンはすでに俺の前を走っていた。スタートから圧倒され、まったく差が縮まらない。
差はどんどん広がり、ゴール。
「ぜぃ……ぜぃ……やるな、……リン」
完敗だった。ぜーはーぜーはーと息をつきながら、俺はその場に座り込む。
「センセー。もう少しはやると思ってたよ」
憐れみの目で見られた。
「し……しばらく運動不足だったから……な」
「ただあたしも持久力にはあんまり自信ないから、そっちの勝負だとわかんないね」
「同情してフォローするなよ……。惨めになるだろ……。……でも基礎的な身体能力はすごいよな。これで勝負できるんじゃないか?」
「そんなに甘くないよ……あたし以上なんてもっといるし。センセーが遅いだけで」
「なにげに何度も傷つけてくるな」
またニンゲンの無能さを思い知らされるだろ。
「ちょっと身体能力が高いだけじゃ、元からそれに特化している種族には勝てないし、食べてもいけない」
「それは俺もわかってるよ」
種族間の能力差は歴然としている。
「だからこそ妖孤族は、身体強化術があるんだろ? それを使えば……っておい」
俺が言い切る前に、リンは無言で歩いていってしまった。
リンは妖孤族の固有の術を使わない。
その術ありきで評価される妖孤族の内の、落ちこぼれだった。
「次はエミィだ」
「はい、よろしくお願いします」
エミィはぺこりとお辞儀をする。
「……素直な子はやりやすくていいなぁ」
ちなみにリンとサーシャには離れた場所で体を動かしてもらっている。
「雪人族特有の能力といえば……」
「はい、雪を操る魔法を使えます」
「魔法なぁ」
俺もこの社会で暮らしていたら突然魔法に目覚めないだろうかと思っているのだが、今のところその気配はない。
「都市に出てきたばかりの種族は資質に合う仕事を見つけるのが大変なんだってな」
「は、はい。そう皆さんに言われています……」
共和国内の五大都市とその周辺の村にのみ、共和国の政治経済システムが及んでいる。
そのほかにも、辺境の村に独自に暮らす種族も多数存在していた。
雪人族も近年までは、北方の雪原地帯にのみ住まう種族だったらしいが……。
「わたくしは、村を代表して都市に出てきているのです。村の自給自足に近い生活は貧しくて、都市で仕事を得る必要があって……」
「なんだってな、偉いよな」
子供なのに村を背負うなんて、殊勝なことだ。
「とにかく、一度その魔法を見せてくれるか?」
「は、はい」
エミィはうなずく。しかし手を組んでそわそわと落ち着かない様子だ。
「緊張せずに、エミィ。別に時間がかかったって失敗したって、やり直せばいいから」
「……わかりました」
きゅっと口を結び、エミィは右手を前に出した。
眉間にシワを寄せる。なにかを念じているようだ。
共和国の成り立ちは、魔法の影響を色濃く受けている。だからこの魔法も、きっと貴重なものだ。
ひんやりとした空気が流れ出した。
先ほどまで感じていた自然の風はもっと暖かかった。
自然のものではない、そう感じた時、体から熱がすぅっと引いていく。
冷気は間違いなくエミィから放たれていた。
ニンゲンにはたどり着けない、未知の世界。
俺は思わず生唾を飲み込んだ。
自然ではない風の動きが、編み込まれた銀髪を揺らす。
エミィの頬に、たらりと汗が流れた。
先ほどから変わらず、ひんやりした空気が流れ込み続けていて、やがてその冷気が止まった。
「ふ、ふぅ……」
一息ついたエミィが流れた汗を拭っている。
「……ん? ……エミィ、もしかすると俺の理解が追いついてないだけかもしれないんだが、魔法は?」
「……今のが魔法です」
エミィは腕をこすり合わせてもじもじしている。
「どれが……いや、ひんやりした風が……?」
「本当は雪を操ってブリザードを起こすような、魔法なんです」
「お、おお。すごいじゃないか。でも今は……手加減したのかな?」
「あの……わたくしは……」
逡巡のあと、意を決したようにエミィは言う。
「……雪を操る魔法が基本なので雪が周りにないと十分に力を発揮できないんですっ」
「実用性低いな……」
季節は春。
冬の到来までには、まだしばらくある。
雪人族エミィは、特定の条件がない限り力を発揮できない、落ちこぼれだった。
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