二章 人がどう世界に役立っているか測ったら、困る者も多そうだ



 特別になりたいと思い続けていた。

 なんの中の特別でもいい。

 ただ普通じゃなく特別になりたかった。

 誰だってそういうものだろ?

 俺たちは子供の頃から、何者かになるために学校で勉強させられ、塾に通わされ……。

 だけど高校三年にもなれば、はっきりと理解できるようになっていた。

 自分は、特別じゃない。

 思い知らされたけど、でもそれをそのまま受け止めるのもむなしくて、まだどこかに可能性があるんじゃないかと期待して。

 それこそ、もし自分が異世界に転生し、その場所で一発逆転最強になれたら――。



  +++



「いてててて……」


 気持ち悪い。

 完全に昨日メイコと飲み過ぎたせいだ。

 しかもメイコのやつはけろっとしているのだから、自分だけ割を食っていて納得いかない。

 だが今日は、午前から出かけなければならなかった。


 街に繰り出し、大通りを歩いていく。両脇には木造の建物が建ち並んでいる。高くても五階建てで、人がぎゅうぎゅうになって住んでいるのがうかがえる。

 馬車はたまに通るくらいで、人々は道の真ん中を往来していた。

 そこだけを切り取れば、古くからの街並みが残る地域と見えなくもない。


 しかしそこには、明確な違いがあるのだ。


 背中から鳥のような羽を生やした女が空を飛ぶではなく歩いている。

 二本足で歩き四本の腕を持つ男が、特注なのか四本袖のある服を着て歩いている。

 人種のるつぼと言うにもあまりに混沌とした状況が目の前にあった。

 しかしまあ、それにも随分と慣れた。

 言っても尻尾が生えたり目が三つ以上あったりしているで、二足歩行している人類に変わりはないのだ。

 現人類が新たに築いている国の水準は、俺の知識の範疇で表現するなら騎士が活躍をする時代の中世だった。ただ治安・衛生状態は意外と悪くはない。

 ニンゲンの科学技術は継承されず断絶しており、俺の目には単純に時代が遡ったように映った。

 分野・技術によっては発達しているところ、逆に未熟なところがあり、その点では独自の歴史を辿っているのかもしれない。

 そして、なにより独自の進化に影響をあたえているのは――。


 どんっ!


 一つ大きな音がして、そちらの方を向く。

 杖を持った白髪の老人だった。先の丸い角が二本ある。麒人族だろうか。

 老人がなにかを唱えている。そして杖を目の前の建物に向ける。

 光が明滅する。


 どんっ!


 再び音がして、建物の外壁が赤く燃え上がって崩れる。

 小さな爆発が起こっていた。

 爆薬ではない。科学も化学も関係がない。まったく俺には理解できない原理だ。



 それは旧人類が習得しえず存在そのものを否定された、魔法だった。



 爆発を起こし建物を破壊する老人の近くにはもう一人、肌が青っぽい女性がいた。おそらく水人族かその仲間かと思われる。

 彼女は両腕を大きく真横に広げている。

 よく見ると、彼女の体を中心にして、隣の建物との間に薄い水の壁ができていた。

 おそらく破片や粉塵が飛ばないようにするためだろう。

 通りに面したところには、薄汚れた服を着た人が二人ほど立って『解体作業中。立ち入り禁止』の看板を掲げていた。

 重機がなくとも、『新』人類たちは建物の解体くらいやってしまえる。

 そりゃ科学が発達しないわけだ。

 そしてそれぞれの種族が得意とする魔法で分業化が進んでいる。だからこそ、種族ごとに職種が決まりやすいのだ。

 俺もそんな日常の光景に、やっと慣れてきたところだ。



 到着したのは、俺の教室の生徒三人も通う国営の学校だ。

 今日は校長に、初日の報告をしなければならない。

 約束の時間より早く着いてしまったなと思いながら、ぶらぶら廊下を歩く。

 わーわーと子供たちのはしゃぐ声が聞こえる。昔の学校と変わらない喧騒に、なんだかほっとしてしまう。

 どうやら今は休み時間らしい。

 げ。


「お前の働く場所はここではないはずではないか、ニンゲンよ」


 尖る竜の耳に身長の半分くらいの尻尾。

 竜人族の教師、ファガールに出くわしてしまった。


「校長先生に報告がありまして……」

「フン、昼以降しか働かないのかと思ったのだが、違うのだな」

「まあ一応……」


 通常、学校は朝から昼過ぎまでだ。特別授業に当たる俺の教室はそのあと通うという立ち位置だ。専門的な知識や技能を身につける習い事と同じである。


「だったら我らと同じように働いてほしいとも思うのだがな。なにせ人手不足だ」

「今回は新しい仕組みの実験とも聞いています。そのためにも旧来の役割に縛られていると本末転倒になるので……」

「フン、言うことだけは一人前だな」


 まだ俺がなにも示せていないのは事実だ。


「どうにも我はそのやり方に納得できてないのでな。ニンゲンだからと言って、いったいいかほどのことができるのか」

「とりあえず直近の試験を期待していてくださいよ」

「直近だと一カ月後の模擬試験だな。まあそこで多少の兆しは見せてもらわなければ困るな」

「見ててくださいよ。……いきなり全員は難しいかもしれませんが」

「啖呵を切るなら逃げ道を用意するな。フン、実際一人でも成績を上げられたのなら上出来だろう」


 ファガールはもう一度「フン」と鼻を鳴らす。


「では我は忙しいのでいくぞ」


 ファガールが去ったあと、その隣にいた教師がそのまま廊下に立っていた。

 下向きに生えた長い耳に、コバルトブルーの瞳。優雅な金色の長髪が目を引くが、白く透き通る肌もまるで白磁のように美しい。


「ちゃんと教育方針をもって生徒に向かっているのですか、あなたは」


 森人エルフ族のレイラ。同僚の教師の一人であり、外見はニンゲン年齢では二十代にしか見えないが、実際は五十歳を越えているらしい。


「まだ始まったばかりなんではっきりとは……」


 教育方針、と言われても難しい。


「私たちは一人でも多く共和国で生き延びていける生徒を輩出せねばなりません」


 レイラは透き通った声で言う。


「生徒にむざむざ死なれるのは嫌でしょう?」

「そ、それは。そうですね」

「そのためにもあなたがどんな風に生徒を育てていくか、私たちは監視する義務があります」

「……まだまだ信頼されてないってことですね」

「当然でしょう」


 共和国で必要なのはまず、結果だった。


「あなたに本物の教師としての気概があることを、切に望みます」


 用件は終わったのかレイラは去っていった。


「……ぶっは~~~」


 二人が見えなくなってから俺は大きく息を吐いた。

 年齢が何倍も上だということもあるが、二人の相手は息が詰まる。

 しかしいつまでも圧倒されているわけにはいかない。

 教師として実力を認められるためには、ゆくゆくは越えなければならない存在なのだ。

 まずは今の塾の生徒たちに、試験でよい点数をとってもらう。

 普通の教師ではどうにもできなかった少女たちの才能を開花させたならば、きっと周囲も認めざるをえないのだ。


     *


 現人類の種族は七系統に分けられる。概ねそれは、どの属性の魔法を使えるかに準じている。

 また系統ごとに、どのような職業に就くのかも傾向があった。


・地系統 豚鬼オーク族、掘人ドワーフ族など。

 主に体力を使う仕事、土木関係の仕事に従事していることが多い。


・水系統 水人族、氷人族など。雪人族もここに含まれる。

 水に関わる仕事、また手先を使うような仕事や女性的な仕事が多い。料理店経営、宿経営者にも多い。


・風系統 森人エルフ族、竜人族など。妖孤族も含まれる。

 長寿種が比較的多数を占めることから、知識を使う仕事が多い。教師、研究職など。商人も多い。


・火系統 牛人族、蠍人族など。

 種族内での統率力が他に比べて高く、警備兵、消防など共和国を統治する協会に所属する者が多い。


・光系統 麒人族、妖精族など。聖霊族も含まれる。

 魔力が高く魔法を使って仕事をおこなっている者が多い。また医者なども比較的多い。


・闇系統 吸血族、悪霊族など。

 計算を得意とし、金貸しや経営に携わる者が多い。特殊な仕事に携わるものも多いと言われている。


・無系統 魔法の素養がない種族。ニンゲンはここに属する。無系統は少数派であり、一概に仕事への傾向はない。


 一人が操れる魔法の系統は、基本的に一つである。

 また同系統であっても、魔法の概念や構造が共通ではない。そのため同じ魔法はほとんど種族内でしか共有されない。

 よって魔法は、各種族が個別に持つ特殊能力といった方が近いかもしれない。だからこそ、種族による仕事の固定化も起こりやくなる。

 各種族がそれぞれに特化したものを持っているので、種族間での向き不向きの差が大きいのだ。

 その中で各々が創意工夫をし、世の中に必要とされる貨幣的価値を持つ実力を高め合う戦いが、この世界では日夜繰り広げられていた。


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