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目の前には三人の女の子が並んで座っている。
俺は手元のプロフィール資料に目を落とす。
「わたしはサーシャだ。聖霊族をやっている」
真ん中の、黒髪の少女は自ら言ってくれた。
「あー、はい。サーシャさん、よろしく」
聖霊族、サーシャ。精霊族と似て非なる希少な存在が彼女だ。非常に強力な魔法を使うという報告もあるが、個体数が少なくその実態は謎が多いらしい。……というか、資料の説明にもほとんどはっきりしたことが書いていない。
「好きなことは……月を眺めることだろうか」
「子供なのに渋いな……じゃなくて。順番にいくから」
黙るよりは喋ってくれる方がありがたいが、まずは全員の確認が先だ。
「サーシャさんは初等学校の五年ね。じゃあ次……君の名前は?」
俺から向かって右側、編み込まれた銀髪おさげの女の子に尋ねた。
「はい、雪人族のエミィです。北方の雪原地帯にある村より参りました。サーシャさんの一つ下の初等学校四年生です。よろしくお願いします」
「どうも、よろしく」
これまた丁寧な子である。
雪人族、エミィ。雪原地帯に住まう彼らは雪を操る魔法を使う。古くから山奥に独自の村を作り生活しており、都市との関わりは深くないらしい。そんな中二年ほど前、エミィが学生としてこの都市へとやってきた。
真っ白な肌をしたエミィはなんとなく寒冷地帯を連想させる上着を着ていた。
おしとやかそうな雰囲気があり、やさしげで、付き合いやすそうな子だ。
「それで最後に、リンさん」
足を伸ばして気怠そうに席に座っている金髪ショートカットの少女が軽く手を挙げた。
「妖孤族、リン。中等学校二年。ってことくらいもう知ってるんでしょ?」
切れ長の目で少女は見つめてくる。鋭いまなざしに、責められているように錯覚する。
「あ、ああ。聞いていますよ」
妖孤族、リン。地域によっては幻の存在として語られる妖孤族は、特殊な身体強化術を持っている。獣耳や尾がある……と書類にはあるのだが、リンにはどちらも見当たらなかった。いや、通常は隠していると追記がある。
リンはすでに一つ上の段階、中等学校に通っており、三人の中で一番年上だ。
そのため身長も一番高く体もできあがっている。種族的特徴か本人の資質かはわからないがスタイルのよさ、特に胸の大きさは……先ほど実感した。
将来はもっと格好よいタイプの美人になるだろう。
そんな三人が一列に並び座っている。
この教室の生徒はそれですべてだった。
見た目は、この世界の中では尖ったところも少なくて、普通の可愛い女の子に見える。彼女たちがなぜ落ちこぼれの問題児なのか、詳しく聞かされていなかった。まったく丸投げにもほどがある。
ともかく彼女たちは学校帰りに特別教室にくることになるのだが……。
「あのー、センセー。って……全然若いよね?」
リンが聞いてきた。
「まあ、十九歳ですからね」
眠っていた七百年前をノーカウントとすればだが……。
「十九!? 若っ!? あたしたちと変わんないじゃん」
「わたしたちと変わらないのか?」「そうなんですか?」
初等組も反応する。そんな驚かれるものなのか。亜人といっても、彼女たちはニンゲンの俺基準で、見た目どおりの年齢である。
「……心配はいらないから。教師の研修は受けてるし、事前に資料で学んでもきているから」
「いやフツー教師って長寿種がやるもんだと思ってたから」
確かに竜人族や
「じゃあさー、とりあえず敬語やめない? 年も近いんだし、もっとフレンドリーな感じでさ。逆にあたしたちも砕けた感じでいい?」
「砕けた」「感じですか?」
「よーするに、センセーとは友だちってこと」
「せんせいなのに友だちなのか」「友だちなんですか?」
リンの提案に、一瞬考えを巡らせる。
「確かにいいですね……じゃなくて、いいな。俺も学校の先生とは違うわけだし。やりにくいとは思ってたんだよな……」
さっきファガールに教師としての威厳がどうとか言われたが、やり方はこちらに任されているんだ。特別教室内の話なら文句はないだろう。
「せんせいは、やっぱり特別なせんせいなのだな」
「そうだな」
「だからせんせいを歓待しようと思ったわけだが」
「歓迎してくれた……ってことか?」
「こうすればせんせいは悦ぶと、リンが言ったのだ」
「はい、そうすればせんせのことをとっても扱いやすくなるだろうって」
「なるほど……。リンさんの案ね……」
うろんな目でリンを見る。
「な、なによ?」
「その割には本人が一番恥ずかしがっていたような」
「はぁ!? なに言ってんの!?」
リンは立ち上がって抗議をする。
「別にあたしはそこまで恥ずかしくなかったけど、やりすぎる必要もないかなって……。あとその『さん』づけも、しなくていいから!」
「えーと……、そうか?」
「あたしたちがいいって言ってるからいいの!」
「わかったよ、じゃあ……リン。サーシャもエミィもいいか?」
「よいぞ」「はい、もちろんです」
とりあえず生徒とフレンドリーにやれそうなので、ほっとする。
「……みんな俺のことはどう聞いてるんだ?」
その点が気になった。俺は最低限の三人の資料を事前にもらっていたわけだが。
三人の生徒が顔を見合わせる。
サーシャが一番に口を開いた。
「七百年前の時を経て蘇った……かつて絶滅した種族……のせんせい」
「ああ、うん。その言い方だと若干怖えな」
「……かつてこの世界を支配して頂点に立っていたという」
にもかかわらず愚かにも自滅した――と続くのだが。
「ニンゲンは……怒ると角が生え羽が現れ炎を吐く……のではないのですか?」
「待て待て待て! 誰に聞いたんだよ!?」
エミィの発言につっこみを入れる。まるでさっき自分が三人に想像していた姿じゃないか。
「で、でもそんなお話をクラスで聞いたので。失礼しました」
「妄想たくましいな」
俺たちが共和国に姿を見せた際には、うわさが国中を駆け巡ったと聞く。
『数百年前に絶滅したはずの種族が蘇った!』
『とんでもないロストテクノロジーを持っていた!』
『その種族はかつて世界を支配していた!』
今ではうわさ話もだいぶ落ち着き「ニンゲンも普通の人類だよね」と理解もされてはいるが。
「心配しなくても、俺はしがない新米教師だ。……あ、いやそこそこやる教師だ」
自分を下げるべきではないと気づき、言い直す。
「じゃあ……ヘンなことをされるってワケじゃないのね」
リンが言う。
「変なことってなんだよ」
「……あたしたちが生け贄にされて、ニンゲン様の機嫌をとる、みたいな」
「んなことあるわけないだろ」
確かにニンゲンの情報も少ないから、三人も不安があったんだろう。お互いに緊張していたということか。
「まあセンセーと話してたら……大丈夫そうなのはわかってきたけど。でもニンゲンは、東のぬしの黒竜も倒しちゃったっていうから……」
「ああ、あれは……」
「ですです! すごいうわさになってました! 黒竜がいるから今まで都市の東のあのエリアは開拓できてなかったのが、やっと進出できるようになったって」
「いやあ……はは」
シドにぶっ放してもらったレーザーは、結局ニンゲンのすごさを認めさせるのにも一役買っていて結果オーライにはなっている。もう二度と使えないんだけど。
エミィはきらきらと尊敬のまなざしを俺に向けてくれていた。
「ではなぜそんなせんせいが……わたしたち落ちこぼれの教師になるのだ?」
少し元気がなさそうなサーシャに尋ねられる。
「……別に落ちこぼれってわけじゃ」
「わかっているのだ、それは。……みんなそう言っている」
彼女たちの評価は、文句なしの――最低ランクだ。
「わたしたちのために教室ができるのも、不思議なことだ」
「いやこれは……新しい特別教室の実験だから、少人数ではじまっていて」
「そんな成功するかどうかもわからない特別教室に放り込まれるくらいには、あたしたちは見捨てられているんだ」
俺の言葉を遮って、リンは早口に言った。
さらにエミィも。
「ちゃんとしないと、わたくしたちはこの共和国で暮らしていけなくなると言われているんです……」
それは実は、俺も同じである。
ランク分けがはっきりと示されるのが、この世界だった。ランクが低いものに対する世間の風当たりは驚くほど厳しいし、それは生活レベルにも如実に現れる。
仕事で結果を残せなければ俺は職を失う。
そうなると、この世界では、認められない存在になってしまう。
「とにかく大人たちは実力をつけろと、言うのだ……」
こんな子供にまで言わせるほど、共和国では実力主義が浸透しているのか。
「本当にさ、できる限りのことはやるから……いや」
背筋を伸ばし、どん、と自分の胸を叩いた。
「俺に任せておけ。俺がみんなの真の実力ってやつをばっちり見つけ出してやる」
俺は自身に期待したし、みんなにも期待してもらいたいと思った。
生徒たちは異種族とはいえものすごく変わっているわけでもない。普通にわかり合えるし、いい子そうだ。
こんな子たちが心配なくちゃんと暮らせる世の中になるべきなのだ。
「落ちこぼれ上等、いいじゃないか今は隙に言わせておいて。その分見返しがいがあるだろ?」
こう考えるとなかなか面白い状況設定に思えてきた。
「みんなで世の中の評価を逆転させてやろうぜ!」
落ちこぼれ生徒と蘇ったニンゲンの教師による逆襲劇、それはかなり絵になる展開だった。
蘇った俺の使命にもふさわしい。
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