二匹目・部長は語る
どうも、部長です。
なんてぇな、大人しい奴だと思ったら大間違いだぜ。一話目で「誰だよ部長」と思った奴。俺がその部長その人だ。
特に都会でもめちゃくちゃ田舎でもない街の一流でも三流以下でもない大学の四回生だ。その大学の演劇サークルの部長、だから人の呼ぶ『部長』とは即ち俺のこと。憶えておいて損はねぇ、頭の片隅にでもしまっときな。仕事はほぼ全て。舞台には立たないから、演者以外の全部が俺と副部長主導、みたいなもんだ。
サークルを立ち上げた同志は俺を含め三人。俺、禍原(まがはら)、高階(たかしな)の三人。全員、男だ。今思い返すと勢いだな。基本的にストッパーの禍原さえテンションが行方不明だった。言い出しっぺでなんだかんだ仕切り好きの俺が部長で、冷静沈着で細かい気配りが出来る禍原が副部長。高階は、野放し。
いや、野放しってなんだよって話だが、実際野放しだし、あいつを一箇所に押さえつけといたら泡吹いて死ぬから。一年の頃から、あの禍原に回遊魚かって言われてるから。まじ動いてないと死ぬから。
落ち着きの無さは四回生現在に至るまで後輩にすら諦められている高階だが、俺達が演劇サークルなんてものを立ち上げたのは、あいつが居たからだ。
容姿や体格もだが、あいつには役者の才能がある。どんな役でも臨機応変に、なりきる。あいつが舞台に立つと、台本に名前と台詞しか書かれていないその『役』が、そこに『存在』する。
あいつはそれを才能だけで片付けないし、どれだけ奔放にしていても練習時間に遅れた事も休んだ事も無い。「そこに語られる『者』の理解者になる、自身と言う型と中身を知って、全て分かち共鳴した時、俺達は舞台に立てる』。あいつの台本はいつも、誰よりもボロボロだ。俺達って辺りが実にあいつらしい。野放しってのは、あいつが頭空っぽにして、意味があるかないかなんて関係無い事を経験して積み重ねて、もっと成長すりゃあいいってことだ。言う事はかっこつけにしか聞こえないが、あいつはいつも本気だし、本気でそれを実行する。何時間も一つの台詞をじっと見て、手探りから確信を探すあいつを見れば、誰だって閉口する。俺達が実際、そうだった。
俺と禍原は大学のあるこの街出身で元々顔見知りだった。高階は都会から来た、誰も面識も無いただの目立つ奴。
何処の神に祝福されたらそうなるんだよと思う程のイケメンで、俺からしたらめちゃくちゃ背が高い。細身だがペラい訳じゃなくて、ギリシャ彫刻ですかみたいなやっぱりどこの神(略)程の見事なボディをしてらっしゃいやがる。目立つに決まってんだろ。入学当初、地球史上最高の産物かよと言う噂まで立ったぜ。いつもフッと消えて大抵腹ペコでフッと現れていた。絵の中から抜け出したような男だが、中身もやっぱり不思議な野郎だった。そいつがだ。俺と禍原と同じ学部の同じ学科の同じクラスだった。一年の時は共通科目のせいでクラスがあんだよ、うちの大学。
正直恐怖だったわ、毎日至高の芸術品のツラ拝むんだぞ…だが、まぁ、色々あってすぐに馴染んでダチになった。そんな折、先輩達が新入生歓迎会と言う名の単なる飲み会を決行してな、一年は参加費と歓迎で無く、先輩達の酒の肴に出し物を要求された。
そこであいつがやったのは、一人五役での『劇』だった。即興でだ、考えたのは僅か五分。あいつの演技は凄かった。お陰で他の一年は何もせずに済むレベル。
俺と禍原はそれに心底感動した。先輩共もだ。
内容はありがちな女を巡る二人の男の話だったが、最後はみんな泣いちまってな。店の店長もそれを見てて俺達の飲み代を半額にしてくれた。
その時の興奮と感動を俺は忘れなかった。
翌日までにサークル立案書を埋めて、禍原と一緒に敬遠していた高階にアタックをかました。あー、勢い余り過ぎて本当にボディにタックルかまして吹き飛ばしちまったけど今では笑い話だよな。ハハハ。
んで、『演劇のことは解らねぇけどお前がすごいのはわかった!』って言ったらキョトン顔されるもんでよ。禍原が説明したらやっと納得したらしく、即決で『やろう!やりたい!』と言ってくれたわけだ。
それこら四年間、俺等はつるんで、部員も増えて、演劇サークルを成立させてきたわけだ。正直ほとんどあの野放し野郎の演技力と俺等の全力サポートで成り立ってきたが、さーくるいがいであいつが何をしているのかは本当にマグロを捕らえるのと同じくらい難しくてな。誰もが『不思議ちゃん』で済ませてたわけだ。
だが四回生になって一週間。俺等はその不思議ちゃんの実態に限りなく近付いちまった。それは、とある一回生の入部によってだった。
それでは紹介します。あれがその二人。
「安藤!この数式わからない!」
「それ中学生でも解けるんですけど。ここを代入して…」
「ダイニュー?」
「そんな百均みたいに言われても」
「百均て高いよな!」
「百均を高いと言うのは先輩くらいだと思います、このゼロ円生活男が」
「基本自給自足だよな!」
「自給自足の定義ずれてますけど良いから数式解け」
「わかった!百円をダイニューするんだな!」
「百均から離れろ」
「じゃあ何をダイニューするんだ!?」
「そこに書いてあるエックスだよ」
「数字じゃないぞ!?」
「まじ小学生からやり直してこい」
頑なに百円を代入しようとしてる数式解けてないアホが高階で、先輩に対しても辛辣な姿勢を崩さない男がアンドゥです。
アンドゥってのは俺が付けたあだ名な。安藤だからアンドゥ。そのまんまって言ったやつ、他にアンドゥをマイルドに出来るあだ名があるなら述べてみろ。
アンドゥの入部によって三年間野放し不思議ちゃんで通ってきた男の私生活が少しずつ暴露されてきた。
まず、あいつが消えてる時。大体補習受けてる。
あいつがふらりと現れる時。飯食えてない時。
あいつが部活終わると速攻帰る理由。河原で食料のザリガニ採るため。
あいつが俺等の飲み会にも参加しないわけ。ガチで金がないから。
他諸々。
要するに神の最高傑作と思しき容姿を持つ男は、超がつく貧乏苦学生な上、大学に来てるのが不思議なくらいバカな残メンってことだ。
あの俺と禍原、先輩や店主までも感涙にむせぶほどの演技をして見せた男。俺と禍原の情熱に火を付けてサークルをここまで賑やかにした回遊魚。その男がだ。
この事実には俺も禍原も他の部活面子も驚愕したわ。あまりに行動が不思議すぎて神出鬼没だからよ、フェアリー高階とかあだ名がついていた時期もある天才演者。失望とか以前に戦慄したわ。
「安藤!これであってるか!?」
「なんで数式の答えが英文になってるのか説明しろ」
「エックスとワイの関係性を深く考えてみた!」
「他の数字はどこいった」
「わからん!」
「わからんじゃねーよ、数字こそメインキャストだぞ」
「なんだと…」
「しかも全ての単語の綴りと文法も間違えている」
「思いつくがまま筆を走らせたからな!」
「小説家みたいな事言ってんじゃないですよ」
やばい、救いようのない馬鹿だ…。あの俺等には敬語を崩さないアンドゥが怒りのあまり敬語消え失せてる。下の学年の奴に勉強教わるのは悪いことじゃないと思うが、お前の知能がカメでも解りそうなほど噛み砕いてくれてるアンドゥの説明を台無しにしてるぞ。
ほんとマジ、ここまでアホだとは思わなかった。
「アンドゥ」
「禍原先輩。どうしたんですか」
「週末、山に出掛けていたろう。高階と」
「はい、出掛けましたよ」
「うちの部室からヘリウムガスを一本持って行ったようだが、何に使ったんだ?」
「先輩の顎に全身全霊の力を込めた痛烈なアッパーをお見舞しました」
「お前ら山で何してきたんだ!?」
「セミ取りですけど」
「ひとつとして結び付かないから一から説明してくれないか!?」
「安藤!これであってるか!?」
「合ってないからやり直せ」
「見てもないのに!?」
…まぁ、大学最後の年だ。これからまだ高階のバカっぷりと要塞と言っても過言ではないアンドゥのやり取りを見るのは楽しいだろうな。俺も部長としてこのサークルのカオスを見届けてから卒業するぜ。カオスの片割れ一緒に卒業するけど。
ああ、本当にアンドゥに声掛けて良かったぜ。
ん?アンドゥを勧誘したのは高階じゃないのかって?
それはまぁ、本人から聞いてくれ。
さぁさ、まだまだつづくぞー。
【Next story turn by Andu→】
ザリガニパイセン 戮藤イツル @siLVerSaCriFice
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