第18話

「……八卦霊皇士の抹殺?日本侵略ではないのか?」

「それはモノのついでだ。――お前達の様な危険な存在を野放しにする事の方が、我らにはとても恐ろしいのだ」


 戦略上の障害としてか?丈は心の中でそう考えたが、何処か怯えている様にも感じられるケインの口調に、一概にそうとは言い切れない何かを感じ取った。


「……いづれにせよ、俺達がお前ら『日死』と闘う事には変わり無い。――勝負!」


 丈はケインに挑み掛かる。宙を飛ぶ様な駆け足でケインとのリーチを一瞬にして詰め、ケインの頭部を狙って右足で上段蹴りを放った。

 ケインは透かさず屈み、丈の瞬速の蹴りを紙一重で交わす。二つの残像が重なった虚空に、金髪の毛先が数本散った。

 ケインは屈み過ぎてバランスを崩したか、右膝を地に突く。

 だが、それは決してバランスを崩したのではなく、上空に左足蹴りを放つ為であった。

 ケインの柔軟な股間節は右足と左足を一本のしなやかな棍に変え、まだ虚空を蹴る丈の鳩尾に左爪先を叩き込まんと噴き上がった。

 だが、丈はそれを予期して、右膝でケインの左蹴りを受け止める。

 丈は膝で蹴りを受け止めたまま反り返る。すると、丈は宙で身を捻り、身体を独楽の様に回転させた。


「『龍覇(ロン・ファ)』っ!」


 丈はそう叫び、如何なる力が及すものか、慣性の法則を無視して、宙を蹴ったままのケインの全身目掛けて、回転しながら無数の蹴りを放ち、ケインを吹き飛ばしてみせた。

 ケインが地面に叩き付けられると、丈は全身の回転を止め、背面宙返りで着地した。

 丈は着地した途端、突然左膝を地に落とす。丈の腹部には、渇いた泥で象られた足型が三つ程、重なっていた。


「……どうやら、接近戦は互いに足技が主体らしいな」

「その様だ」


 ケインは口から零れる血を拭い、背広の埃を払いながら立ち上がった。


「奇妙な切れがある蹴術だな、今のは」

「……中国拳法をベースに、ムエタイやテコンドーを取り入れた、我流の格闘術だ。

 ……あえて名乗るのならば、師である養父の名を取って、『天流』と言おうか」

「面白い。だが、私の技はこれだけではない」

「……ほう」


 クールな丈の顔に不敵な笑みが浮かんだ。水面の如き静かな面の下に、強敵との対戦を心底喜ぶ格闘家の熱き魂の焔を隠していた様である。

 天城を地面に突き刺して杖代わりに立つ本郷は、今の一瞬の蹴り合いに圧倒されていたが、はたと我に返り、


「おい、漲飛とやら。その男は俺と同じ次元刀使いだ、気を付けろ!」


 本郷は先程、自分と同じ技を目にも止まらぬ疾さで繰り出したケインの強さを、丈も知るべきと思って警告する。しかし、


「甘いな。この男、思ったより引き出しの多い闘い方が出来る様だぜ」


 空悟は八弥に抱き起こされながら否定した。


「次元刀使いなら、八卦霊皇士相手では即座に使って来るハズだ。単純に相手の出方を伺っていたとは思えん。

 あの余裕、奴には隠された何かがある」


 敵が未知数の技量を持っているらしい事は、空悟のみならず、対戦する丈も気付いていた。

 未知なる地の果てから訪れた『日死』の刺客は、完全に斃すまで決して気を許してはならない。


「……しかし、今のお前の蹴り、いつ放ったのだ? ……あの姿勢で三回も蹴れるとは思えん」

「知りたくば、もう一度蹴って来るが良い。

 水の八卦霊皇士として完全に覚醒していない貴様には、雨を降らす以外は今の蹴術しか無いのだろう」

「……ばれていたか。――良いだろう!」


 挑発に乗った丈は、不意を突く様にがばっと立ち上がり、ケインの喉元を狙って飛燕の如き疾さで上段左足蹴りを放った。

 ところが、ケインは今度は避けようともせず、丈の左脛は見事、ケインの喉元に食い込んだ。

 しかし、呻き声を上げて地に倒れたのは丈の方であった。

 信じ難い事に、丈の頸部には棍棒の一撃を受けた様な大きな凹みが生じ、昏倒させる程のダメージを与えたのである。

 これではまるで、自分の蹴りを自分で食らってしまったかのようであるが――。


「これは、もしや――?」

「漲飛君!」


 奇怪なやられ方をした丈に、八弥は咄嗟に地聖環を手の中に灯した。


「止せ、八弥!あいつの技はもしかすると!」

「食らえ、〈狷魔轂撃〉っ!」


 丈を倒されて狼狽し、制止する空悟を放り出して飛び出した八弥は、ケイン目掛けて夢中で大地の衝撃波を放った。

 だが、大地の衝撃波がケインの足許に達した時、吹き飛ばされたのはあろう事か、八弥の方であった。

 不可視の爆発が八弥の身体を吹き飛ばしたのである。

 何が起こったのか分からず、愕然とする八弥の顔が地面に叩き付けられた時、空悟は確信した。


「貴様、どうやら相手の技をそのまま返す事が出来るらしいな」

「その通り」


 立て続けに凄まじい技を受けながら、全くダメージを覚えていないケインは、不敵な笑みを零した。

 その笑顔が、皮膚の中から突如染み出た白い泡の様な光が覆い尽くされ、倒れている八弥と瓜二つの、白蝋の顔に変わった。

 空悟と本郷は余りの事に愕然となった。

 しかし二人は知らない。この白さは夕刻、えみりの遺体が安置されている警察病院を訪れた白蝋顔の空悟とまさしく同じではないか。


「私は、他人の魂を構成する心霊物質(エクトプラズム)を取り込み、それで表面を覆い尽くす事でその者に成り済ましたり、今の様に仕掛けられた技のダメージをそのまま相手に移し返す事が出来るのだよ」

「何と……。通りで、俺が次元刀で断たれたのに無事だった訳だ。捕虜にしようと急所を外して斬ったのが幸いしたか――ごほっ!」


 ケインが今度は本郷に変身してみせると、本郷は突然吐血し、天城から手を放して俯せに倒れ昏倒する。

 ケインに弱り切った魂の一部を吸い取られた為である。急所を外れていたものの、次元刀の傷は致死の深手であった。

 次にケインは空悟に変身するが、空悟は突然の脱力感に気絶する事を耐えた。

 レンに撃ち抜かれた傷は『聖魔誅雨』によって塞がったが、傷口が塞がっただけで根本的に治癒されたわけではなく、瀕死の重傷には変わり無い。

 丈と八弥は死んではいないが、昏倒したままである。最早この場にはケインとまともに闘える学機の戦士は一人として居なかった。

 なのに空悟は立ち上がろうとする。――否、だからこそ、であった。


「止せ。最早勝負は目に見えている」

「……このままやられる訳にはいかねぇよ」


 空悟は渾身の力を振り絞って立とうとするが、地に膝を付けたまま、それ以上起き上がるだけの力は残されていなかった。

 ケインは何故か、そんな空悟を哀しげな目で見つめていた。


「……斉賀空悟。出来ればお前とは闘いたくない」

「……あぁ? どう言う風の吹き回しだ? ……死に損ない相手に懐柔策か? 無駄だぜ」


 訝る空悟に、元の姿に戻ったケインは何か戸惑っている面持ちで沈黙し、


「……否。貴様が忌まわしき力を秘めた八卦霊皇士である以上、それは叶わない事だった」

「……忌まわしい……力…だと?」

「何も知らぬままよりは増しだろう、我らの目的を教えてやる。

 ――今から千年前、我が祖国を海に沈めたのは、森羅万象の理を人の手に収めようとした愚かな術法士どもの失敗が原因であった。

 否、失敗したのは必然か。たかが人間風情が、自然の力を自在に支配するなぞ、おこがましいにも程があろう。

 だが、貴様ら八卦霊皇士は人の身でありながら、森羅万象の理を支配する力を持っている。

 このままでは、この国が、否、この世界が我らの国を沈めた力同様に、いつ暴走するかも知れぬお前達の力によって滅ぼされるとも限らぬのだ。

 我らはこの世界を守る為に、八卦霊皇士を抹殺すべく、この日本へやって来たのだ」

「……俺達が……世界を滅ぼす……だと?」


 流石の空悟も、意外な事実を知って動揺を隠し切れなかった。この国を守るべく目覚めた力が、この世界を滅ぼし兼ねないものだったとは。


「……だがそうならば、何故八卦霊皇士(おれたち)だけを狙わねぇ?」

「我々は、八卦霊皇士の力が二十歳前の日本人にしか発現しない事ぐらいしか判らん」

「……だから、無差別、か。

 ――誰がお前らに入れ知恵吹き込んだか知らねぇが、俺は、目的の為なら手段を選ばぬという貴様らのやり方だけは、絶対許さねぇぞっ!」


 瀕死の空悟が見せた予想外の気迫に、ケインは一瞬気圧された。

 しかし直ぐに気を取り直し、本郷の手を離れて地に突き立つ天城を引き抜いて構えた。


「……止むを得まい。斉賀空悟、せめてもの慈悲だ、一思いにその首を撥ねてくれる」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る