第4話

「何だ?――――いや、来るぞ!」


 JR品川駅前の路上で、魔導の包囲陣を組んでいた日本学生機構の学生闘士達は、突如ハンナ・ミラーズ店内から生じた爆発に騒然となる。

 しかし、一同は直ぐに事態を把握して静まり、結界の呪文が彫り込まれた段平の剣先を、砕かれた店の窓の方へ向けた。


「『結界剣』発動!」


 オールバック・カットの、『結界剣隊』の隊長である本郷在仁(ほんごう・ありひと)が一喝するや、全員一斉に段平を振り翳した。

 すると、段平の刀身が青白く輝き始め、本郷達を中心に、JR品川駅前に半径百メートルの巨大な半球に包まれた、偽りの青白い昼を造り上げた。

 間もなく、青白い光の中が届かぬ、砕かれた窓の奥の暗闇から、えみりの白い美貌が滲み出て来た。

 無傷のえみりを見て、本郷は舌打ちし、


「『剣龍(けんりゅう)』、前へ!」


 本郷の号令に、重い金属がぶつかり合う音が辺りに広がる。

 『結界剣隊』の無敵布陣を信じ、刃の鋭さを増す呪文が刀身に刻まれた段平を手にし、詰め襟の上にミスリル銀で組み合わせた鎧を装備した、重武装の学生闘士特別攻撃隊『剣龍』が、一斉に躍り出た。


「『日死』の魔女! あらゆる転移呪法を無効にする『結界剣隊』と、関東屈指の剣士隊『剣龍』の布陣は破れんぞ! 大人しく降伏しろ!」


 本郷は手に持つ段平の剣先でえみりを指すが、しかしえみりはあざ笑って応えた。


「無駄な事。――『音造人』、奴等を潰しなさい」


 突如、結界内に、ズシン、と地響きがした。


「な、何だ、あの巨大な窪みは?」


 丁度、えみりの居る窓の下のアスファルトに、巨大かつ奇怪な窪みが生じていた。


「――あ、足跡?」


 窪みに一番近い『剣龍』の学生闘士が、予期せぬ現象に瞠っていると、その身体が突如呆気なく潰れた。


「な、何ぃ?!」


 愕然とする本郷の目前で、『剣龍』と『結界剣隊』の学生闘士達の身体が、次々と朱の飛沫を上げる。

 不可視の巨人が、音も無く辺りを歩き回り、状況をつかめずに混乱している学生闘士達を踏み潰しているとは、一人を除いてその場には誰もいなかった。


「お――っほっほっほっほっ!」


 次々と朱色の染みが広がる路上を見下ろし、えみりは狂笑していた。


「様ぁ無いねぇ!学機(がくき、或いは口語でがっき。日本学生機構の略称)の学生闘士って、大した事ないのね?

 これじゃあ、遥々大海を越えて来た甲斐も無いわ!我らの目的達成もそう遅くは――?」


 突如、えみりは背後に凄じき殺気を覚え、慌てて振り返った。


「お、お前は?!」


 訊くのと同時に、えみりは後ろ向きのまま外に飛び出した。

 寸での所で、今までえみりが立っていた床が炸裂した。生存本能がさせた無意識の判断は、正解であった。

 奇妙な炸裂である。爆発の様な火の気は無く、代わりに小さなしかし強いつむじ風が粉塵を巻き上げている。

 先刻、空悟を吹き飛ばしたあの炸裂の仕方に良く似ていた。

 えみりは外の路上に居るらしい不可視の巨人の手の上にでも乗っているのか、宙に浮いたまま、ハンナ・ミラーズ店内を見詰めていた。

 暫くして、砕かれた闇の中から、空悟が飛び出す様に現れた。


「いい加減にしろよなぁ、このアバズレ!」

「『音造人』の拳の一撃に耐えたとは……」


 えみりは戦慄を禁じ得なかった。


「本郷っ!残ってる奴等を全員退かせろォッ!」


 一喝する空悟の全身が、突然黄金色にキラキラと輝き始めた。

 だが、空悟自身が光を放っていたのでは無かった。空悟を取り巻く周囲の大気に、何処から発生した、何か霧を思わせる微細な金色の粒子が漂い始め、その粒子が閃いているのである。

 空悟の周囲を滞留する粒子は、空悟を中心に渦を巻いて流動していた。

 渦の中心に居る空悟は、両腕を広げ、大きく胸を張っている。大きく深呼吸している様に見えるが、食いしばるその顔は空気を吸い込んいる様には見えない。

 黄金色の渦が次第に勢いを増して行く。轟々と凄まじい風音を上げる渦は、良く見ると渦の中心にいる空悟の額に、渦を構成する黄金色の粒子を注いでいるではないか。


「――――覇ぁっ!」


 空悟が吼えるのと同時に、黄金色の渦が一瞬にして霧散する。

 だが、空悟の額に注がれて滞留していた黄金色の粒子は霧散せず、逆に、額の中心から粒子の結合が波紋の様に広がり始め、鉢金の様な黄金の冠を造り出した。

 その冠こそ、生まれながらにして、森羅万象を司る『天・月・火・水・木・雷・地・風』の八卦のそれぞれの聖霊皇を従え、その絶大な聖霊力を全て使う事を許された『八卦霊皇士』の証し、『聖霊皇冠(せいれいおうかん)』なのである。


「〈疾風怒濤(しっぷうどとう)〉、ブチかまァすッ!」


 風の聖霊皇冠が額に煌めく空悟の怒声に、本郷ら学生闘士の生き残り達は、一斉に蒼白する。

 彼らのみぞ知るある認識は、水面に落ちた小石となり、波紋の如く、全員を一斉に後退りさせた。


「〈疾風怒濤〉?えぇい、『音造人』!その目障りな小猿を潰してお仕舞い!」


 不可視の手から飛び降りたえみりの命令を受け、『音造人』の見えざる進撃が始まる。

 半壊したハンナ・ミラーズ内の空悟は、不可視の敵に全く怯まず、まるでその瞳には映っているのか、闇の一点を見据えている。

 そして、強く握り締めた両拳をゆっくり胸元に寄せ、鳩尾(みずおち)の上で突き合わせた。

 まさか、その両拳が光り輝くとは――


「『高天原神法(たかまがはらしんぽう)・空皇疾風拳(くうおうしっぷうけん)』奥義!」


 空悟は窓の外から暗天に舞い、不可視の巨人に飛び掛かった。


「〈疾風怒濤(しっぷうどとう)〉ォッ!」


 空悟は咆哮と共に、輝く両拳を振り翳す。

 身体の捻りを利用して始めた空中回転は、光の軌跡を渦に変えた。

 何と、空中で超高速回転する空悟の身体から無数の竜巻が生じ、路上で荒れ狂い始めたのである。

 竜巻の平均直径、八十センチメートル前後。しかし、その中心の風速は、何と時速200キロメートル!これは、大西洋上で生じた熱帯性低気圧が巨大化した、通称『ハリケーン』と呼ばれる巨大台風のそれに匹敵する。

 否、竜巻の規模を比較すれば、それ以上ではないのか。空中で超高速回転を続ける空悟が、瞬間瞬間繰り出した拳や蹴りに誘われる様に生じた小さなつむじ風は、一瞬にして凄じいエネルギーを伴った竜巻に変貌する。

 まさかそれが、路上のアスファルトを易々と抉り取って、遥か上空へ吹き飛ばすとは  

 人外の技だからこそ、人外の魔物を屠れるのか。不可視の巨人がする、無数の竜巻の中から聞こえる苦悶の声は、やがて大気をも抉る凄じい風鳴りの中で断末魔に変わった。

 竜巻が消え去った後には、抉り取られて穴だらけになった路上に佇む空悟だけが残った。

 空悟は、いつの間にか手にしていた物を、竜巻を逃れていた、唖然とするえみりの足許に放り投げた。

 それは、竹とんぼであった。先刻、店内でえみりがケープの先から放り出したそれが、暗天を飛び回るや、その羽根から生じた波動が学生闘士達を押し潰し、路上に足跡さえ残した不可視の巨人を造り上げていたなどと、誰が理解出来ようか。


「き……貴様……」

「木偶の坊の正体は風が教えてくれた。さあ、次は手前ェだぜ」


 にっ、と笑う空悟を見て、えみりの脳裏で燻っていたものが漸く閃いた。


「……斉賀…………風の空悟――そうか、貴様、あの斉賀空悟か!?」

「ほう、あの、とは、俺を知っているのか」


 えみりは額ににじる冷や汗を手の甲で拭い、


「……一年前、学機にたった一人で盾突いた阿修羅だったわね。

 学機に大ダメージを与えた末に、学機の現総裁である天童陽祇郎(てんどうようしろう)に敗れ、光届かぬ地の底へ幽閉されたと聞くが……まさか『八卦霊皇士』の一人だったとは、調査不足だったわ。

 ふっ。所詮は長い物には巻かれろ、か?」


 えみりは動揺を押さえて挑発するが、空悟は全く動じるそぶりも見せず、不敵に笑っていた。


「そンな事、関係ねぇな。――気に入らねぇ奴が居るから、そいつをぶっ飛ばしているだけの事さ。俺は外道なら、女でも容赦しねぇ」


 冷酷そうに笑う空悟に、えみりは背筋に冷たいものを覚えた。この男なら、言った事は間違いなく実行する。


「あたしに……やらせな!」


 背後から聞こえたその声に、えみりは振り向いた。

 そこに八弥がふらつきながらも立っていた事に、えみりは思わず瞠る。


「ば、莫迦な? どうやってあたしの『魔声』の呪縛から逃れたの?」

「う…っさいわね!『八卦霊皇士』は…そう簡単にはくたばらないのよ!」


 致命的な精神ダメージを受けながらも、こうして正気を取り戻していられるのは、『魔声』の波動パターンを聞き分けた空悟が、『音造人』の攻撃で吹き飛ばされて直ぐに、風音で造った、隠微な幻に苦しめられる暗示を解く新たな暗示を八弥に掛けた為である。しかしそれは、八弥自身の強靭な精神力があって初めて可能な事であった。

 それでも、八弥のダメージは回復し切っていないらしい。疲弊し切った白蝋の様な貌でえみりを睨み付ける八弥は、今にも倒れそうであった。


「ふふふ、今にも倒れそうじゃない。――ほらっ!」


 ここぞとばかり、えみりはケープを翻す。

 空悟と八弥に向けられたケープの両先端から生じた真空波は、二人の首に狙いを定めていた。

 空悟は、質量を持たぬ不可視のギロチンを、閃光を放つ素手でいとも簡単に叩き落とす。空悟の足下に墜ちた真空波は粉塵を上げ、地面に真一文字の亀裂を刻んだ。無論、真空波を叩き落とした光るその手は、大気の聖霊皇の力を帯びていた。

 しかし、風を操る力を持たぬ八弥が、ましてやダメージを受けてふらふらしている今、えみりが放った真空波を避けられるハズが無い。

 真空波は八弥の首を断つ事無く、代わりにその後方に在った街路灯をはね飛ばした。

 八弥の身体は、真空波が首に届く直前まで立っていた地点から右方向、五メートルほど離れた道路上に膝を落としていた。


「〈撼天動地(かんてんどうち)〉。――五メートルぐらいの距離なら、地の聖霊皇に命じて、あたしの足下の地面を、他の地面と入れ替えさせて瞬間移動が出来るのよ」

「八卦霊皇士には、一度見た技は通用しない」


 追って締める空悟の言葉に、えみりは勝敗が決した事を知り、慄然とする。


「……これまでみたいね、『日死』の魔女さん」


 八弥は、えみりを睨み付けたまま、ゆっくりと立ち上がった。

 少し地の聖霊皇の力を使った事で、全身に広がる疲労感が先程よりも増していた。まるで、頭から水を被ったかの様に、青白い美貌をにじる汗の玉も大きく、多くなっている。いつ前のめりにつっ伏してもおかしくないくらいであった。

 だから八弥は、この一撃に全ての怒りを込めた。


「……良くも、乙女の心を傷つけたわね! お返しに、こいつであんたの身体をズタズタにしてやるわ!」


 激昂する八弥の足元が、突然輝き始めた。

 その輝く地表の下から立ち昇り始めた黄金色の粒子は、まさしく聖霊皇冠を冠した空悟のそれと同じであった。

 粒子の正体は、八卦聖霊皇士が従える、森羅万象の理を司る八卦の各聖霊皇が、己が力を統べる資格を認めた戦士に与える、聖霊力の結晶なのである。

 ゴゴゴ、と地鳴を上げながら地の聖霊力の結晶は八弥の額に注がれ、黄金色に煌めく地の聖霊皇冠を紡いだ。

 額に地の聖霊皇冠を閃かせる八弥は、人差し指を立てた両拳を前に翳す。

 すると両人差し指の先に光が灯り、八弥はその光の軌跡で真円を造った。

 二つの光の真円が質量を持った黄金の環に変わると、八弥はそれを掴み取り、ゆっくりと振り回して弧を描いた。


「『地聖環(ちしょうかん)』――〈狷魔轂撃(けんまこくげき)〉!」


 そう叫ぶなり、八弥は手にする黄金の環を目の前の路上へ、アンダーフォームで投げ付けた。

 路上に落ちた黄金の環は、そこで猛烈なスピードで回転を始め、アスファルトを削るようにバックスピンを起こし、やがてえみり目掛けて突進する。

 愕然とするえみりは、大地のエネルギーを吸収して巨大化しながら猛スピードで迫り来る黄金の車輪から逃れようと飛び退く。


「逃がしゃしねぇ!『断空牙(だんくうが)』!


 空悟は突き上げる様に右手を暗天に翳す。

 すると、遥か上空から猛獣のする咆哮の如き凄まじい轟音が鳴り響き、追って降る様に墜ちてきた闇色の衝撃波が、飛び退くえみりを叩き落とした。

 えみりは辛うじてバランス良く地面に着地するが、しかし八弥の放った、疾走する地聖環が伴う凄まじく巨大な衝撃波から逃れるのに、新たに回避行動を取るには既にタイミングを逸していた。

 黒衣の美影は黄金の衝撃波に呑み込まれ、後方へ吹き飛ばされる。黄金の衝撃波は道路を抉りつつ駆け抜け、轍の消失点には、ケープの欠けらすら残らなかった。


「ざまぁ……みろぉ……!……由香…仇は…取った…ぞ!」


 光の粒子へ分解して行く額の聖霊皇冠の下で、満足げに破顔する八弥は、そのまま前のめりにつっ伏した。

 慌てて駆け寄る空悟は、八弥を抱き起こすと、残った気力を使い切って昏倒しただけである事を知って、ほっと胸を撫で下ろした。

 八弥を寝かしてゆっくり立ち上がった空悟は、JR品川駅前の惨状をぐるり見る。そして昏い面持ちで歩み来る本郷にも聞こえるぐらいに大げさに舌打ちした。


「……散々だな、本郷」

「この作戦だけでも、『剣龍』八名、『結界剣隊』三名。『日死』の奴等の侵略が始まってから、学生闘士の殉職はうなぎ登りだ。――それでも今夜のは少ない方だな。空悟達が頑張ってくれたお陰さ」


 力なく宥める本郷に、空悟は眉を顰め、


「あの女を生きて捕まえろ。――『日死』の正体を早く暴きたい気持ちは判るがよぉ、あのメガネっ娘があンな命令さえ出さなければ、余計に死なせずに済ンだぜ」

「気にするな。俺達学生闘士達は、学生(なかま)達の身を守る任務の為なら、死を厭わぬ覚悟が出来ている」

「……寒いな。そう言うのは」


 本郷は、空悟がぽつり洩らした呟きの意味が判らず、怪訝そうに空悟を見る。

 それ以上何も語ろうとしない空悟の横顔が、本郷には、何故か哀しそうに見えた。果たして本郷は窺い知れず、肩を竦めてみせ、


「しかし、今夜の相手は強過ぎた。生かしたまま捕らえられなかった事は、俺も総裁補佐に上申する」

「まだ終わっちゃいないぜ」


 まだ消滅していなかった風の聖霊皇冠が煌いた。空悟は右拳を握り締め、振り向きざま、背後で崩れ落ちたハンナ・ミラーズの上に在る広告用大看板を狙って、捻りを加えた拳を繰り出した。


「『空皇疾風拳』――〈疾風迅雷(しっぷうじんらい)〉ィッ!」


 空悟が放った拳の先より、一筋の細い竜巻が生じて伸び、渦を巻く槍となって看板の中央をぶち抜いた。

 渦の槍の衝撃に、看板は土台から吹き飛び、夜空に五回ほど回転した後、大きく半弧を描いて路上に落ちて砕け散った。

 だが、路上にいた学生闘士達の視線は、夜空に舞う看板ではなく、看板を引き抜かれた『高輪WIND』屋上へ注がれていた。

 夜空には、八弥の〈狷魔轂撃〉を限々躱してボロボロになりながらも、何とか看板の裏に隠れ潜んで処を、空悟の放った〈疾風迅雷〉によって、腹を貫かれたえみりが舞っていた。


「何っ! いつの間に?!」


 驚嘆する本郷の声は、八弥の放った一撃を躱したえみりにしたものか、はたまた、それを見切っていた空悟の力量へのものなのか。


「ば……莫迦……な!」


 おびただしい朱色が、上昇気流によって上空へ糸を引く空洞の口を両手で触れたえみりは、愕然とした貌で吐血した。


「前言撤回だァ」


 空悟は、えみりに聞こえるよう大声で、


「細くて短いのは、あンたの人生だった様だなぁ」


 あざ笑う空悟を、青ざめた貌で見下ろすえみりは、一瞬前のめりになりかけ、辛うじて踏み止まる。


「……お……のれ……ぇっ!」


 えみりは苦しそうに闇色の虚空を見上げ、がっくりと項垂れる。

 力尽きたかと思ったが、しかしゆっくり面を上げる。必死に作ったえみりの不敵な笑顔は、下で見ていた空悟達を驚かせた。


「……これで…全て終わった…と思うなよ…!貴様らに……は…破滅以外の道は……無いのだから……な……ぁ」


 喘ぎ喘ぎ、えみりは残された力を全て呪詛の言葉に変え、果たして前のめりになって、路上に散らばる看板の上へ落ちて行った。


「後を……頼むわ……ケイン――――」


 えみりの最後の呟きは風の中に消え、嫌な音だけが、僅かに地面を揺さぶった。

 目を逸らす事無く、全てを見届けた空悟は、右の袖から一枚のカードを取り出した。

 それは先刻、ハンナ・ミラーズ店内でえみりの手から取った、『死神』のカードであった。

 空悟がカードを離すと、突如吹いた一陣の風がそれを攫い、路上に朱色を広げて崩れた美しき『日死』の魔女の背に落とした。


「……破滅への道、だと? 良いだろう、かかってくるなら受けて立つ。――喜んで手前ェらを破滅の道へ案内してやるぜ!」


 空悟は、西の方角へ向くなり、右手を突き出してひじで曲げ、手の甲を面にしたVサインの挑発ポーズをとって、西の果てまで届く様に大声で怒鳴った。


「やれやれ。一番細くて短いのは、空悟の堪忍袋の緒じゃないのか」


 嫌味を言われて睨む空悟に、本郷は肩を竦めて苦笑いしてみせた。そして現場の事後処理を部下に指示する為、その場を離れた。


「……さて、と」


 踵を返す空悟は、力尽きて昏倒する八弥の傍に来た。

 今夜の作戦前、半月程前にえみりの毒牙に掛って、校舎から飛び降り自殺させられてしまった親友の仇を取る、と殺気立っていたのが嘘の様に、その寝顔は実に穏やかであった。


「……全く、おめーは気負いすぎなンだよ」


 腕を組み、疎ましげに言う空悟は、暫くして、への字にしていた口元に微笑を浮かべ、


「……ま、無理も無ぇか。おォい、本郷」


 空悟は本郷の方に向き、


「病院の手配も頼む。いくら八弥がタフでも、ダメージを食った場所が場所だけに、ちゃんと診せた方が良いからな」


 判った、と本郷が大声で返事すると、空悟は口を大きく開けて欠伸した。

 気が緩んだ一瞬、空悟は足許で無防備に寝ている八弥の足に気を取られる。

 ショッキング・ピンクのミニスカートの中から伸びるそれは、すらっとした白く綺麗な足であった。


「……こうして見ると、八弥もなかなか可愛いねぇ。つい三ケ月前まで、浦安地区の番格達を仕切っていたスケ番だったなんて、信じられなくなるな」


 八弥の足に見蕩れる空悟の貌は、鼻の下を伸ばして、すっかりにやけていた。


「うむうむ。そう言や、先なンか、このハンナ・ミラーズの制服で、あの女の術に掛かって悶えていた姿なんか、えらく色っぽかったなぁ~~

 ビデオにでも撮っておいたら、きっと儲かっただろうなぁ。まあ、今夜はあれで『ゴハン』が食べられそうだ(はぁと)」

「……何だって?」


 足許から響く、聞き覚えのある声に、空悟は心臓が核爆発しそうになった。


「――あ? 八弥さん、起きてたのォ?」


 冷や汗ダラダラで、惚けた口調で訊く空悟。仰向けのまま右手でしっかりと空悟の左足首を掴んで睨んでいる八弥の貌に、見る見るうちに殺意が広がって行くのを認めざるを得なかった。


「……誰をオカズにメシを食う、だって?」


 重く迫力のある八弥の声は、かつて関東で名を馳せたスケ番の頃に戻っていた。


「い、イヤだなぁ、じょ、冗談だよぉ~~」


 今更笑ってごまかせるとは思っていないのだが、どうしても笑ってしまう。じわじわと力が込められて行く、八弥の右手の握力がもたらす左足首の痛みを、空悟は破滅のカウントだと、心底思った。


「……二度と、そんな不埒な事を考えさせない為にも、たっぷり言い聞かせてやらないとねぇ~~?」


 ニィ、と背筋がぞっとするくらい冷めた笑みを浮かべる八弥が指し出した、左人差し指の先に、黄金色の光が灯った。


「――『地聖環』」


 突然の轟音に驚いた本郷達が振り向くと、地面に叩き付けた八弥の『地聖環』の衝撃波で宙を舞う、空悟の不様な姿がそこにあった。


         *    *    *


「……エミリーが殺られたよ」

「それは覚悟の上。あれが学機(ガキ)どもを引き付けてくれたお陰で、我ら三人が都内に侵入出来、漸くあの在りところが判ったのだ」

「佳い女だったが……こうなれば乳臭いクソ生意気な学機の女学生闘士どもで慰めるとしようか、かかかっ」

「スレイよ、我らの任務は女に現を抜かす事ではない。

 あの御方の勅命通りに一刻も早く、邪眼導士がその目で予幻し、絶命する程戦いたあの魔本を処分せねば、次々と奴らが覚醒してしまう」

「それぐらい判っておるわ。……聞く処によると、エミリーを殺したのはかなりのべっぴんらしいのぅ。ケイン、レン、そ奴め、儂が仕留めてくれるぞ」

「……好きにしろ。何れにせよ、その女も『八卦霊皇士』の一人、必ず始末せねばならない」

「例の古文書の在りかが漸く判ったばかりなのに、厄介な奴らが現れたよね。

 こうなった以上、『八卦霊皇士』の二人と一戦は避けられないよ」

「奴らだけではない。――あと一人」

「「あと一人?」」

「学機総裁・天童陽祇郎の妹であり、総裁補佐でもある天童観月(てんどうみづき)、だ。――二人とも、生きて帰れると思うなよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る