future story-2
「ねぇ、起きてよ。ねぇ。ねぇってば!行こう!」
俺はうっかり寝入ってしまっていたようだ。俺と2人きり、あとは誰もいないホテルの一室であるにも関わらず、キミは小声で俺に声をかけ、小声とは裏腹に大きく体を揺さぶっていた。
「すっかり寝てたな。ごめん。起きた。起きたから揺さぶるの、やめてくれ…。」
そう言いながら体を起こすとようやく揺さぶるのをやめてくれた。
「よっし!じゃあ花火しに行こう!花火!」
これまた小声で言った。誰に気を遣っているのか分からないが。
既にいつもの売店で買っておいた花火を俺が持ち、2人寝静まった中砂浜へ出た。
「ねぇ、なんでさっき泣いていたの?」
「え?」
「寝ている時、泣いてた…。何か、あった?」
「う…ん。何か悪い夢を見てたみたいだ。遠い、遠い未来の、をね。悪かった、心配かけて。気にすんなよ。」
ふぅん、と半分納得してないような風に呟くも、俺が花火に話を戻すと途端に元気を取り戻した。そして、もうあれから2年経ったというのに、キミは変わらず無邪気に走り出した。
「走ると転ぶぞー。」
そう言うことにデジャブ感を感じるのも何度目か。案の定また砂に足を取られて転んで…、はいなかった。よろついたものの体勢を立て直し、軽やかに後ろを振り向いた。
「そう何度も転ばないよ!大丈夫、大丈夫!」
言って笑ってまた走り出したキミの背を見て、ふっと顔がゆるんだ。とても、とても穏やかな気持ちを感じた。
花火は次から次へと俺の手に、そしてそれ以上の早さでキミの手に取られ、気づくともう残すは線香花火だけになっていた。
「去年も思ったけど、今年は更に終わるの早くない?花火のセットの量、減ってるのかな?」
と、的外れな方に不機嫌さの矛先を向けているキミを見ていると、なんだか可笑しかった。
確かに時の早さを感じる。けれど、この1、2年で、俺はそれもいいなと思えるようになっていた。同じ時間しか経っていなくても短く感じる。そのことに悪い気はしなくなっていた。怖さを俺に押し付けていたものはもうない。だからなのだろう。
「まだ、線香花火があるだろ。ほら。」
俺は頬を膨らますキミに1本手渡し一緒に火をつけた。淡い光が辺りにふわっと広がった。
「線香花火の…。」
「綺麗で儚いところが好き?」
台詞を横取りした俺を少しびっくりしたような目で見たキミは、その後くしゃっと笑って、「もぉ〜やられたぁ。」って言ってまた笑った。
「綺麗だな。」
そうふと呟いた俺に、キミはいつものごとく企むような笑みを持って聞く。
「私が?花火が?」
そう聞くキミはとても楽しそうで、可愛らしかった。
「…花火が。」
「ふふっ。やっぱりそう言うと思った!」
いつもと変わらないたわいない会話。キミはとても楽しそうで、嬉しそうで、それを見ている俺はまたなんだか穏やかな気持ちを感じた。
きっと、この穏やか気持ちを、幸せだというのだろう。そう感じられるようになったこと自体が胸にぐっときた。
蒼白い月が照らす砂浜を2人は歩く。
「来年もこうして一緒に花火しようね。」
そう言うキミに
「ああ。」
と一言、だが強く俺はこたえた。
もう不安や憂いはだいぶ薄まった。
時折見る悪い夢はまだ完全には消えなくて、どちらが現実なのか、不安に駆られる時もある。だが、1つだけ言えることがあった。俺はもう、何かに怯え、キミを想うと負の感情を感じるといったことはない。
そして。
どちらからともなく繋いだキミの手は確かに暖かかった。
線香花火は淡く強く 紫月 結乃 @lvlv_alce
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