第6話 俺は正義のヒーローの兄だ

ヒーローとしてピンキーパインへの対抗心に火をつけたその翌日、咲桜里は大股で登校した。

「ようやくヒーローとしての自覚をもったのかい、サオリ?」

「黙りなさい、シュマロ。これは恋のバトルも含む乙女の一大事よ」

咲桜里はまっすぐ前を見たまま、勝手についてきたシュマロを学生鞄に押し込む。ぎゃふんと間抜けな声がくぐもって聞こえた。

今日はネル、ネロ、ネリの襲撃もなく好調なスタートである。

「もう、このままピンキーパインに挑戦状をたたきつけるくらいの気合で、いかなきゃね!!」

「挑戦状たたきつけたら、お前の正体バレるだろうが・・・」

「あっ・・・」

妹の間抜けたことよ。おれはため息をついた。


そうして、いつも通り校門につくはずだった。

いつもの朝のはずが、なぜか騒がしい。楽しげにはしゃぐのではなく、生徒が皆戸惑いどよめきたっていた。

なにかおかしい。

そう咲桜里とおれが眉を寄せたそのときにスピーカーが響いた。


「出て来い、ライジングサンダー!!」

「勝負だ!!」

「でないとこの生徒をぐるんと一ひねり!バキバキの複雑骨折だ!!」


おれと咲桜里はその怒鳴り声に唖然とした。

今日は家の前を襲撃しなかったネル、ネロ、ネリの声だ。


一体はまたあの全身タイツの雑魚キャラに扮し、そして2体はあの万博のユルキャラのような、本来のモサモサした姿のままだ。そしてその一体の腕がぶら下げている女子高生に、おれは目を見開いた。


「白ヶ峰さん!!」


腕をつかまれて宙ぶらりんの状態で、悲鳴を出すこともできないまま苦痛の表情。きっと腕が痺れてきついのだろう。

「白ヶ峰さんを離せええええ!!!」

気がつけば生徒の群れを掻き分け、おれは学生鞄を遠心力に任せるがままに振り回す。が、

「バカめ、貴様は宇宙人をみくびりすぎだ」

「ガッ」

モリゾーもどきのパンチが鳩尾にクリーンヒット。

おれは息することが出来ないほどの痛みに腰をおり、そのまま地面に叩きつけられた。

いつも咲桜里にコテンパンにされるイメージしかなかったが、奴らはやはりSF映画の決まりのように強かったらしい。所詮は卓球部の幽霊部員が敵う相手じゃない。


「比呂くん!!」

初めて白ヶ峰さんが悲鳴をあげた。あぁ、こんなときにも聖母はやさしいのか。

「こいついつもムカつくし、おしおきするべ」

「うむ、踏み潰してしまえ」

「比呂くん!!逃げて!!」

自分を省みず、か。さすがだよ、白ヶ峰さん。

けれど、宇宙人の一撃はすぐに起き上がれるほどの軽いもんじゃない。こんなの超重量級だ。

すすわたりの親玉もどきがずんと重そうな足を持ち上げる。まるでゾウに踏まれる寸前だ。そんなことを痛みでクラクラした頭で考えた。


「とどめだ!」

「やめてえええ!!」

白ヶ峰さんのかな切り声が響いたそのとき、おれの目の前が真っ黒に塞がる。


ドンっ!


重い音が響いた。そしておれの目の前には広くて逞しい背中が見えた。

「罪無き生徒に手を出すなど、言語道断だ」

この野太い声におれは不覚にもほっとする。

生徒も待っていたといわんばかりに割れんばかりの歓声を上げる。

「きたな、ライジングサンダー!!」

「我々のライバル、今日こそは貴様の終りの日だ!!」

咲桜里はおれのためにゾウのようにふとい足を両手で止めた。重いその音の通り、腕の筋肉が苦しそうに盛り上っている。

「このライジングサンダーと、戦いたいのなら、正々、堂々と来い!!悪人ども!!」

一句一句区切るたびに咲桜里の腕はそのゾウの足を押し返し、そして払いのける。

振り払ったその腕に、奴は吹き飛ばされる。

ドシィンとまたゾウが倒れるような重い音が地面を揺らす。その一撃に生徒は拳をあげ声をあげて盛り上る。


ライジングサンダーがいれば、何だって怖くないんだ。


「ぬっ、さすがライバル。やりおるの!」

「貴様らに勝利を許したことなど一度もない。ネル、ネロ、ネリ」

「あぁ、正々堂々と戦えばな・・・」

雑魚キャラもどきがびしっと咲桜里に指を突きつける。

「ライジングサンダー!!貴様の変身を解いて素顔を見せろ!!」

「さもなきゃ、この女子生徒は八つ裂きだ!!」

考えもしなかった要求に、おれと咲桜里は愕然とする。

「なっ・・・」

「お前ら、ふざけんな!!卑怯にもほどがあるだろう!!」

「いったはずだ、ライジングサンダーとまともにぶつかっても我々に勝利はないのだ!!」

この雑魚もどきが!!悪知恵ばかりに頭が回りやがって・・・。

おれは地面の上で痛みでもがきながら、歯噛みする。

咲桜里が変身を解く・・・?

そうすれば、妹の高校生生活は破綻だ。

誰かがそう思わなくとも彼女にとっては屈辱そのものだ。


「さぁ、はやくしろ!!!」

「ぶひゃひゃひゃひゃ!!!この女細いからすぐに折れるぜ、ポッキーと一緒だぜ、ポキポキポキとな」

咲桜里は俯きつつぐっとこぶしを固くする。ヘルメットの下の見えない顔がどれほど歪んでいることか。おれは身体を動かそうと腕に必死に動かす。


こんなときに何も出来ないって、おれたち兄妹なのかよ!


周りも心配、不安そうにざわめき立つ。

そんな中、咲桜里が震える手でヘルメットに手をかけた。

やめろ、やめろ。誰か、誰か・・・。


「正義のヒーローの素顔を暴こうなんて許さない!!このピンキーパインがお相手よ!!」

フリルたっぷりのスカートを靡かせて登場した、その人物におれは安堵に声をだす。

「松木さん!!」

「正義のヒーローの正体の鉄則を破こうなんて野蛮よ!!」

そう咆えて振り上げた踵に、誰もが希望を見出せた。

ライジングサンダーのピンチは切り抜けられる。あの硬球を砕いたキックにおれも期待した。

助かったと思った。

が。


「邪魔だ」

むんずと毛に覆われたそのずんぐりとしたその手であっさりとその足首をつかみ、ピンキーパインの身体をいとも簡単に放り投げた。女の子の身体をまるでゴミ袋を放るかのように、あっさりと毛むくじゃらは投げたのだ。

ピンキーパインの身体は校舎のコンクリの壁に叩きつけられた。

ガンっという衝撃音とともに彼女は生垣のなかに落ちていく。コンクリの壁には彼女がぶつかった衝撃で蜘蛛の巣状に残った日々が生々しさを残している。


おれたちの希望は、簡単におられてしまった。

小枝を折るがごとく、あっさりと。


咲桜里の手がまた小刻みに震え始めた。

白ヶ峰さんの瞳も潤んで、今にも涙が零れ落ちようとしている。

群集も静まり返ってしまった。

宇宙人3体だけのしたり顔が、おれたちに大きな絶望として立ち塞がった。


「シュマロ・・・」

おれは藁に縋る思いで、彼を呼んだ。おれは初めて居候に助けを求めた。

「なっ、なんだよ!!ボクには戦う力なんて・・・」

「おれにはヒーローの素質はあるか・・・」

シュマロの緑の目の光が驚きに揺らいだ。

「メダルを触らない限りは、なんともいえないぞ・・・」

それにお前もサオリを見ていたら分かるだろう?

「アサミの普通の男子高校生の生活が変わってしまうかもしれないぞ」

「あぁ、そうだな・・・」

巻き込んだてめえがいえる言葉じゃねえだろ。

おれは痛みを堪えつつ唇の片方をあげる。

「放課後にカラオケしたりゲーセンで遊ぶなんて、ことを諦めてやんなきゃいけないんだろう・・・」

所詮、なんて笑うひともいるだろうが。

高校生にとって友達づきあいが全て、もしくは生活の大部分を占めるほど大切なんだ。

きっと主婦もママ友の付き合いがあるように、サラリーマンが上司の機嫌をとらなきゃいけないように。

「あいつ、なんだかんだ責任感強いもんな」

咲桜里はそれをあきらめて敵を倒していたのだ。

行きたいクレープ屋さんもあっただろうに。

好きな先輩と少しでも話すチャンスをなくしたかもしれない。


「でも、おれはそれを半分背負えるから」

なぜなら、おれは、

「比呂咲桜里の兄は、比呂朝海しかいないんだから・・・」

おれはシュマロのメダルに手を伸ばした。

ビリっと静電気のような幽かな痛みと、目を覆うほどの眩しい光がおれを包んだ。


「なんだこの光は・・・!!」

「一体何が起きているんだ!!」

「眩しすぎて何も見えないぞ!!」

宇宙人もそして周りの生徒たちもみんなが目を隠したり細めてざわつく。

やがてホワイトアウトが霧散したとき、おれは信じられない姿で周囲の前に立った。

シュマロが静かにおれをうながす。


「さぁ、きみの兄貴分を助けたまえ、スタードロップ」


おれは誰に教えられたわけでもないのに、手に握られたステッキを振った。

「ドロップシャワー!!」

「ぐぁ!!」

霧散した光がまた宇宙人たちの目を強く刺す。

宇宙人は某有名敵キャラのごとく「目が目がああ」と呻きながら悶える。

そのままおれはその手を伸ばす。

「白ヶ峰さん、こっち!」

「あっ、あなたは誰・・・」

白ヶ峰さんを抱き寄せたおれはきらりと金色に光る星のついたステッキをくるりとバトンのように回す。


「わたしは、スタードロップ。ライジングサンダーの妹分よ」


シフォン素材のかぼちゃ袖、そしてキラキラスパンコールのように光るシャツはへそが丸見え、短いスカートは柔らかくて軽いこれまたシフォン素材。そしてメルヘンにつま先がクルンとまいたブーツ。

「わたしのお兄ちゃんを苦しめた罪は重いわよ、悪人ども!!覚悟なさい!!」

おれはアニメの女の子のような声が出ていた。


「おっ、お兄ちゃん・・・」

小声で咲桜里が話しかける。うん、分かっている。

「今はとりあえず何もつっこむな」

言葉という形にして、現実を見せられると、今おれは気が狂ってしまいそうだ。

咲桜里はそれを幸い悟って頷き、ファイティングポーズを構えた。その横でおれはメルヘンなステッキを構える。


「いくぞ、シャイニングウィンドウ!!」

「わかったわ、ライジングサンダー!!」


おれたちは地面を蹴り、走り出した。

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