第5話 アイドルの胸に勝てないなら、背筋鍛えろ

妹が泣き崩れている。

居酒屋で上司や会社のグチをいいながら飲み潰れたサラリーマンの如く。

ダイニングテーブルの上で牛乳片手に腕のなかに顔を埋めている。

もう一度言うが、未成年なので酒は飲んでいません。あくまで本人のコンプレックスを補うための牛乳です。


話は放課後にさかのぼる。


八王子とおれ、女子要因として白ヶ峰さんは、松木百子を学校案内することになった。

それに何故か咲桜里がおれの妹だからという理由で無理やり入ってきたのだ。ライバルの観察というのが本当の目的らしかったのだが。

「松木さん、隣の県から通っているの?」

「1時間半かかっちゃうけど、頑張るつもりよ!」

「そんなに時間かけてまで、どうしてうちの高校に転入したの?」

八王子がそんな素朴な疑問をなげかけたとき、そのときだった。


「危ない!!!」「よけろぉぉぉ!!!」

野球部員の怒鳴り声が聞こえた。

ハッとして校庭側を見れば、暴投した野球の硬球がまさに八王子をめがけてまっすぐ飛んできた。


「八王子!!」「先輩っ!!」「八王子くん!!」

おれと咲桜里が手を伸ばし、そして白ヶ峰さんが悲鳴をあげたそのときには、ピンキーパインは行動を起こしていた。


松木百子は素早く八王子を抱え、そのまま地面を蹴り、そして…

「ハッ!!」

そのスラリと伸びた足で硬球を蹴り飛ばした。

しかも、その硬球は粉々に弾け飛んだ。まるでクラッカーのようなパアアンと音とともに、硬球は消えてしまったのだ。

瞬きすら許されない、一瞬の出来事だった。


「大丈夫?八王子くん」

松木百子はアイドルスマイルを腕の中の八王子に向ける。八王子は頷くものの、目をパチクリさせたままだ。

「ごめんね、突き飛ばすのも危ないなっ。て思って抱えちゃったの」

「すっ、すごいね。松木さん・・・」

いくら細身とはいえ、男子をお姫様だっこして、固い野球のボールを粉々に蹴り砕く。

さすがピンキーパインといったところだったが、隣で妹は顔面蒼白だ。


咲桜里にとっての目の前の光景は、ライバルが好きな人をお姫様抱っこして微笑んでいるのだから。


そしてさらに松木モモコは咲桜里に追い討ちをかける発言をかました。

「八王子くん、さっきの質問の答えだけどね」

彼女は悪戯っぽい笑みではにかむ。

「あたしがこの高校に入ったのはね、近くにライジングサンダーが住んでいるという確信があってきたの」

ライジングサンダーのニュースを分析した結果この高校がある町を中心に活躍しているってわかったの。


「あたしは、ライジングサンダーに会いにきたの!」


満面の笑みで、爆弾発言。これが咲桜里へのとどめの一発となった。


「もう終りだわ・・・ピンキーパインが八王子先輩もこの町も奪っていくんだわ・・・」

そんなことをずっと流しながら妹は涙の海を机の上に溢れさせる。

「考えすぎだろう、八王子がどれだけお前のファンか知っているだろう」

「あんなボインにお姫様抱っこされたら、八王子先輩だって揺らぐわよ・・・」

「いや、お姫様だっこだぞ・・・」

八王子は中性的だが、心は乙女ではない。むしろ己の漢を高めたいがためにライジングサンダーに憧れている。そりゃあもう熱狂的に。

さすがにお姫様抱っこに胸キュンはないだろう。

「もういいのよ・・・わたしなんてどうせ親友の妹なのよ、親友のおまけなのよ・・・」

こんなにしおらしいと、おれは逆にひきそうだ。兄の都合など関係ないといつも振り回したワガママ娘は一体どこ行った。

「もう、八王子先輩はピンキーパインにいっちゃうんだから・・・」

「だから、あいつ引くほどライジングサンダー崇拝しているから」

「ボインよ、ボイン。ライジングサンダーになんて見向きもしなくなるわ。八王子先輩はきっと好きになるわ、あんな可愛い人に助けられて、しかもそれがアイドル並に人気の人なら好きに成るもの。所詮ゴリマッチョなわたしなんか叶わないわよ、うん、きっと引かれるわよ。つり目気味で、平らな胸なんか興味ないもの、きっと」

「あぁ、そうかよ」

コケやなめこを生やさんばかりにくよくよしている咲桜里に、おれはイラっとした。本当にいつまでも妹の終りないグチに1時間以上付き合い嫌気が差した。

だから売った、それだけだった。

「お前の好きな八王子はボインにすぐ飛びつく軽いやつだった、ということだな」

「そ、そんな!!八王子先輩はそんな人じゃないもん!!」

「だったら、今まで言ってたことは何だったんだよ!!ボインボインって!!」

「だって、女子としてあんなに魅力的だったら・・・!!」


「八王子はお前がひくくらいライジングサンダーが大好きなんだよ!!」


いつも、おれの都合なんて関係ないなんて振り回す元気はどこいった、ライジングサンダーよ。

いつもおれにかますストレートパンチは、恋にはつかわねえのか、このアホ。


「お前が八王子の大好きなライジングサンダーなら、八王子をもっと夢中にさせろよ!!かっこいいヒーローが八王子の憧れなんだよ!!胸で語れないなら、背中で語れよ!!ライジングサンダー!!」

おれのいってることは無茶苦茶かもしれない、けれどこいつがこんなにも後ろ向きなことにおれはひどくイラだったのだ。

「ピンキーパインに教えてやれよ!!本当の正義のヒーローってやつを!!おまえがこの町の平和を守る必要なんて無い、お前以外にヒーローの席はもうないって教えてやれよ!!」

ぜえぜえと全力疾走したごとく荒ぶったおれを、咲桜里は唖然として見つめる。

本当はポカリが欲しかったが、おれは咲桜里の牛乳を奪い飲み干した。咲桜里はむっとしてコップへ手を伸ばす。


「勝手に飲まないでよ。わたし戦うヒーローなんだから、骨を強くする必要あるのよ」

胸じゃなくて、骨が大事だろう。ヒーローにとっちゃ。

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