第2話 女子高生、雨ふる段ボールの中から宇宙人を拾う
「捨てろ…」
そのうさぎを抱えて、おれを上目遣いにおねだりするそのポーズ。ぶっちゃけ身内にそんなことされても、心は揺らがない。どころか警戒心のメーターが急上昇するばかりだ。
「かわいいと思わない?」
「あぁ、可愛いだろうな。毛がピンクで目が緑でなければな」
その桜餅のような配色のウサギにおれは顔を引き攣らせた。
あぁ、「人気少女マンガの新刊が今日発売した、主人公の恋の選択が気になってどうにもこうにも今日読みたい!!でも今月お小遣いがキツいからお金貸して!!」というこいつのわがままにひきづられて、本屋に寄らなきゃ良かった。
「雨だから漫画が濡れるかもしれないから、明日にしろよ」という台詞は呆れ気味に力の抜けた言い方ではなく、もっと「明日にしろ!!」とかもっと語気を荒げるべきだった。いや、荒げたところで、こいつは大人しく明日にすると頷く奴じゃない。そんな素直な妹だったら、おれももっと楽に日常が送れただろう。
きっとあのまま教室の前でギャイギャイ騒いで、おれはクラスメイトから冷たい目でみられるだろうよ。「うるさいんだけど…」きっとそんな風に目で訴えられるのだろうな。
「目的の漫画も買えたし、雨も強くなってきたから、もういいだろう・・・」
「こんなカワイイうさぎが雨に濡れて死んじゃってもいいの!?」
「わかった。保健所の電話番号今調べるから、引き取って・・・」
「お兄ちゃん、最低!!」
ぎろりと睨む妹の凄みの怖いこと。おお怖い。ジャックナイフという呼び名をこいつに授けたい。
「ていうか、ピンクで緑の目のうさぎの存在自体を疑えよ、バカ」
「かわいいは正義です!!」
誰か、こいつに常識を教えてやってください。お金は善処しますから、誰か。
そんないるかも分からない心優しい誰かにおれは祈りを捧げた。
「おい、よく見ろ。なんか首輪っぽいものついてんじゃねえか」
「えっ、うそ」
ピンクの毛に覆われて分かりにくかったが、首元には500円玉ほどの大きさのメダルがチラチラと光っている。飼い主の連絡先が刻まれているかもしれない。おれは密かにほっと息をつく。
「どれどれ・・・」
咲桜里がメダルを手にとった、そのとき。
それが、妹の平凡な女子高生生活が終了した瞬間だった。
「喜べ、少女!!キミはヒーローの素質がある。キミは今日からヒーローだ!!」
キャラクターのような声がした。
そのとき、おれと咲桜里以外に声を出す奴がいたとしたら、もふもふウサギもどき以外にいなかった。
ウサギ自体が声を出すなんて信じられないが。
「さぁ、この偉大なる宇宙人シュマロ様・・・もといニッポンのために戦え!!ライジングサンダー!!」
アニメ声は高らかにそう言い放ったその瞬間、咲桜里が手に取ったメダルがピカっと大きく光った。
「いやあああああああああ!!!」
「咲桜里ぃぃぃぃぃぃ!!」
瞬間に光は咲桜里の全身を包み、完全ホワイトアウトの状態で、おれは彼女の姿を見失った。
あぁ、やっぱこんな雨の日にこいつにお小遣いなんて貸すんじゃなかった・・・。
駅の南口の大きな本屋じゃなくて、北口の小さな本屋で良かったんじゃないか・・・。
日常の小さな選択が、こんな事故に繋がるなんて・・・。人生なんてそんなものなのか・・・。
些細なことが積み重なって大きな事件に繋がるっ、ていうし…。
後悔で途方にくれて、地に膝を突いたそのときを見計らったかのように、真っ白な光は霧が晴れるように散った。
そして、幕が開くようにその光がおれに見せたものは・・・
「誰だあああああああああ、お前はあああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
「なんじゃこりゃああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
あの、黒光りボディスーツに身を包んだ筋肉の塊の巨人。身長160cm程度の小柄の女子高生を掠りもしない姿だった。
これが、日本のヒーロー、ライジングサンダーの誕生の瞬間であった。
「んじゃ、ちょうど悪さしている宇宙人いるみたいだし、デビュー戦やろっか」
うさぎもどきは、パニック状態に陥っているおれと咲桜里もといライジングサンダーを放っておくように、さくっと軽いノリで話を勝手に進めていく。
「ちょ待て!!咲桜里はどこだよぉぉぉ!!!」
「何で私ガチムチマッチョになっているのよぉぉぉ!!!」
「はい?しょうがないなぁ、今回だけはシュマロ様のワープで敵のところまで飛ばしてやるよ」
どうやら宇宙人とコミュニケーションと取るのは相当至難の業のようです。
次の瞬間には、大手ショッピングモールで大暴れしていた、人間に成りすました宇宙人3体相手にガチムチマッチョとなった妹はさらに暴れまくった。
結果平日午後のささやかな平和は守れたことにはなったが、その日の夕方のニュースには咲桜里のヒーロー姿は各局で大特集されて、日本を飛び出し海外のネットでも大反響となった。
元となった録画をメディアに送ったのは、シュマロであったことが後ほど判明し、咲桜里はデビュー戦で編み出した百万ドルパンチをお見舞いし、すさまじい動物虐待となった。まぁ、相手は宇宙人なので、問題にはならないだろう。
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