妹が正義のヒーローをやってんだけど、なんか質問ある?
@110kana
第1話 妹が正義のヒーローやってます
今日も朝からコイツが不景気な世間を盛り上げる。
「さて次のニュースです。ライジングサンダーがまた大活躍です!」
興奮気味にそのニュースを読む女子アナの目はキラキラと輝く。まるで朝日のようだ。
最近この情報番組のメインキャスターになったこの女子アナは最近好きな女子アナランキングに見事トップテンにランクインしたらしい。こんな可愛い女の人もあの正義のヒーローのファンなのか。
「銀行強盗グループをたったひとりで一網打尽!彼の活躍は止まりません!」
画面に映されるのは、肩にブルーのマントをはためかせ、黒光りするボディスーツに包んだ鋼のような筋肉が浮き彫りする見事なボディ。
もちろん、戦闘ヒーローのお約束で、腹にはパックが6つが収まっている。慎重190センチ、100キロといったところか。ダルビッシュみたいな体格だ。
そんな男が犯人たちを警察に引き渡すシーンが拍手や歓声の中映し出される。
ちなみに常にボディスーツ同様黒塗りのライダーヘルメットをしているので、素顔は見れない。正義のヒーローの定番のさだめなのだろうか。
「本当に助かりました!彼が来なかったらわたし達銀行員に怪我人、いや死者も出ていたのかもしれません!」
しきりに頷き、汗を拭きながら小太り男性、銀行の支店長はインタビューに答える。きっと危機一髪の激動から解放されたばかりで興奮冷めやらぬままマイクを向けられたのだろう。現場の生々しいことよ。
「もう興奮しました!!ライジングサンダーの戦闘シーンを生で見れるなんて!!銀行に預金の手続きに来てたんですけど、本当に運が良かったです!!」
ちょうど現場に居合わせたという30半ばほどの主婦、女性客も興奮で息荒くしつつマイクを飲み込もうとばかりにかぶりついている。若干マイクの腕が引き攣っているようにも見える、のはおれの錯覚だろうか…。
「日本の世の中は、ライジングサンダーがいる限り明るいですね」
その番組名物の大物司会者のおっさんも、力強く画面向こうに頷いている。きっとこのおっさんに合わせて日本中が頷いているに違いない。
そう、今の日本には希望の代名詞、正義の味方ライジングスターがいる。
で、実は…俺の妹が身体張ってその正義のヒーローをやってます。
「いやあああああ!!チャンネル変えてええええ!!」
絹をさくような悲鳴が、リビングに響き渡る。反響するほどその声はうるさい。
「いや、どの局も、ライジングサンダーのことばっかだし…」
「だったら、消してよ!!このバカ兄ぃぃぃぃぃ!!」
「ぐふっ!!」
頬にグーが減り込む。これがライジングサンダーの必殺技、百万ドルパンチの威力。喰らった相手は目の前がチカチカして、まるで百万ドルの夜景を見ているようだという。いつだか誰だか悪者がこのパンチを食らって「目の前に百万ドルの夜景が…」と言い残し倒れたのが、このネーミングのキッカケらしい。
変身前の160センチでこの威力なら、変身後のダルビッシュばりの身体から繰り出されるパンチの威力はどうなるのだろう。想像もしたくない。だって、今頬痛いし、頭蓋骨に響いていて頭すら痛いんですよ…。
「もう最悪!!朝から寝癖は直らないし!シュシュは見つからないし!!バカ兄はテレビつけてるし!!」
前半は関係ないだろう。というかこのパンチは八つ当たりですか、妹よ。
ややくせっ毛気味にふわふわした色素薄めの茶色の髪を右サイドでハーフアップ。大きいがつり目気味が悩みという瞳は涙ながらに怒りで瞳孔開き気味。貧相な胸を隠すために制服のギンガムチェックリボンは大きめに。
兄である俺を朝から殴って、涙目で俺を見下ろすこのチビが、俺の妹であり、正義の味方ライジングサンダーの変身前の姿である。
涙を拭いつつ、妹は俺に向かって怒鳴った。
「ライジングサンダーなんてなりたくなかった!!」
もはや口癖のこの一言は、怒鳴られる俺にとっては八つ当たりのひとつでもある。
世間よ、正義のヒーローが大変だということは理解しているだろうが、正義のヒーローの身内も大変なんだぞ。主に八つ当たりで。
「まぁまぁ、落ち着きたまえよ」
喚く妹、そして痛みに悶える俺、を尻目にソファの上でポテチの袋を片手にふんぞり返るホーランドロップ・・・より全身を覆いそうなくらい耳がデカいウサギもどき。
俺んちに自宅同然にくつろぐ態度のデカい名をコイツは、シュマロという宇宙人である。
「良いじゃないか、サオリ。キミはニホンのヒーローだぜぇ。ニホンの期待の星は、いまや世界でもホットじゃないか」
ほれほれとタブレットで世界的動画サイトであげられたライジングサンダーのへ英語のコメント、主にクールだのファンタスティックだの、を自慢げに見せるそいつの顔を、また妹は容赦なく殴りつける。二度目の『百万ドルパンチ』炸裂です。
「ぐふぉ」間抜けな声とともに巨大鏡餅はつぶれた。
5キロのうさぎもどきよりも、奴が勝手に使っていたおれのタブレットは無事だろうか。百万ドルパンチの餌食になっていないよな・・・。
「うるさい、このメタボうさぎ!!大体誰のせいで、わたしがこんな目に合っているのよ!!」
咲桜里の怒りは止まらない。仕方ない。
「あの雨の日に!!ダンボールに!!入ったアンタに!!会わなきゃよかったのよぉぉぉぉ!!」
佐緒里に揺さぶられる巨大餅は、「ちょ待てサオリリリリリ」と壊れたベルのような断末魔とともに泡を吹き始めている。
そう、妹が正義のヒーローをするはめになったキッカケは、実に安直なものだった。
ドラマや漫画で使われる同情シーンを、この宇宙人は利用した。
雨の日にミカンとプリントされたダンボールの中でずぶ濡れになりながら、潤んだエメラルドの瞳で妹の心を鷲づかみ、高一の女子高生の手駒を手に入れた。
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