断ち切れる物と断ち切れる者

 葛西がミョルニルを肩に乗せ、北嶋さんを見据える。

「解るか北嶋。つまり俺はテメェの力を知れば知る程、ソフィアの呪縛を解く方法がテメェから産まれてくるんじゃねぇか、と思っているんだ」

 北嶋さんの訳の解らない力の秘密を探ろうとしていた訳か…

 ただの喧嘩好きだった訳じゃなかったのね。

 北嶋さんに挑んだのは、自分の大切な人を助ける為でもあった葛西を少し見直した。

「あなたの気持ちも理解できるわ。それならそうと言ってくれれば、私達も協力する」

 争う必要は無い。そう思い、進言した。

「そりゃ駄目だ。あの馬鹿の底を知りたい。それも事実だからな」

 頭を振った。頭痛がしたからだ。

 男の人って、強いから挑むとか、あいつより強いとか、なぜそんな小さな事に拘るのだろう。

 そう思い、北嶋さんに手を引くよう言おうとした。葛西の大切な人を助ける為に戦う必要はないからだ。

「北嶋さん、退くわよ。って?」

 北嶋さんが何かブルブルと震え、怒っているような顔をしていたのだ。

「北嶋さん?ど、どうしたのよ?」

 私の質問に耳を傾ける事も無く、葛西に一歩一歩近付いて行く北嶋さん。

 本気で怒っているような?

 北嶋さんが葛西の間合いで歩みを止めた。

 そして葛西を睨み付ける。

「つまりお前はパツキン美人と付き合っているとの自慢話を俺にしている訳か!!!」

 本気でお腹から声を出し、叫んだ!いや、吼えた!

「自慢?自慢している訳じゃねぇが……」

 葛西が困惑な表情を作った。

「北嶋さん……どこをどう捉えたらそうなるのよ……」

 ガックリと膝を落とした。この人の頓珍漢は今更だけど、疲労が蓄積されて抜ける事がない。

「うるせー暑苦しい!貴様は許さん!羨ましい……後で写メか何か見せろ」

 北嶋さんは本気で羨ましそうだった。ただ呆れた。

 だけど呆れただけじゃ終われない。葛西の恋人を助けなきゃならないから。

「あのね北嶋さん……」

「うお!!か、神崎!!も、勿論神崎よりいい女は居ないとは思うが、一応確認って言うか、見たいって言うか……」

 宥めようとした私に北嶋さんが激しく動揺した。手をわちゃわちゃとさせながらの弁会。

 どうやら私が写メを見たいと言った北嶋さんに叱咤しようとしたと勘違いしたようだ。

 相変わらず平和な思考だなぁ、と妙に安心する。

「いや、そんなのどうでもいいから。葛西の大切な人を助けるのが先決……」

「解ったぞ暑苦しい葛西!!貴様パツキン美人の話を持ち出し、俺と神崎の仲を引き裂こうと言う策略だな!!」

 ビシッと葛西に指差す北嶋さん。

 見切ったりとのしたり顔が、痛々しい。

「訳解んねぇ言い掛かりつけんなよ馬鹿。お喋りは此処までだ北嶋!!」

 葛西がミョルニルを振るった。

「んなもん当たるか………!?」

 軽く避けようとした北嶋さんが、何を思ったか、凄いスピードで後ろに遠く逃げる。


 ドカアアアアアアア!!!


「きゃ!?」

 爆風を浴びたような感覚!!咄嗟に手でガードした!!

「おま…!!馬鹿野郎!洒落になんねーよっ!!」

 ミョルニルの一撃でクレーターができる程に抉られた地面…!!

 さしもの北嶋さんも青くなっている。勿論私もだ。

 伝え聞いたミョルニルの破壊力…実際目の当たりにすると、戦慄する以外にない!!

「よく見切ったな。テメェが居た場所はミョルニルの破壊距離だって事がよ。じゃあこれは避けられるかよ!!」

 葛西は笑いながら北嶋さんに向かってミョルニルを投げつけた。

「暑苦しいぜ葛西!んな解体用ハンマーぶん投げて当たるか!よおおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおお!!?」

 横にダッシュして避ける北嶋さんにミョルニルが追跡してくる。

「北嶋さん!ミョルニルは敵を追跡して来るわ!気を付けて!」

「見りゃ解るよっ!!」

 北嶋さんはミョルニルからダッシュして大きな杉の木の影に隠れる。


 バカァァァァァァァァァン!!!


 ミョルニルが当たった杉の木は木っ端微塵になり、燃えている。

「あちゃああああああ!!!火ぃ!?なんで火ぃ!!?」

 杉の木にミョルニルが直撃する寸前、持ち前の反射神経と身体能力で、超高速で杉の木から離れ、大事には至らなかった。

「ミョルニルは雷の鎚!常に炎を纏っているわ!!」

 安堵してミョルニルの特性の追加をした。見たから解るだろうけど、念の為に。

「雷だぁ?お?しめしめ……解体ハンマーが土にめり込んでいるぞ!!」

 北嶋さんがミョルニル奪取を試みて近付く。

「馬鹿が!ミョルニルは追跡ができるだけじゃねぇ!俺の手元にも戻ってくるんだよ!!」

 葛西が右手を翳すと、土にめり込んでいたミョルニルが飛び出し、葛西の手元に戻って行った。

「何でも有りかよ!!汚ねぇぞ暑苦しい葛西!!」

 北嶋さんが右腕を曲げていきり立つ。

「俺の台詞だぜ北嶋!!」

 葛西の言葉に激しく納得した。究極の『おまゆう』ってこの事だなぁ……

「テメェも遠慮せず出せと言っただろうが!!」

 再びミョルニルを放る葛西。

「股間なんか出せるか馬鹿野郎!!」

 北嶋さんがミョルニルからダッシュで逃げる。

「股間出せって言ってないでしょ!!」

 葛西の代わりに突っ込んだ私だが、北嶋さんの窮地に何故こんなに余裕があるのか、自分でも解らない。

 心底心配しているのは事実だが、全然心配していない自分が居るのも事実だった。

 北嶋さんは岩の影に隠れる。

「んな岩なんざ紙の楯も同然だぜ北嶋!!」


 バガアアアアアン!!


 岩が砕け散った!!クレーターを作るくらいだ。岩なんて身を隠す盾にもならない。

「北嶋さん!!」

 駆け寄ろうとした私の耳に、葛西の呟きが聞こえる。

「……なんだ?手応えが異質だ……」

 葛西はおかしな表情をして砕け散った岩の方向をジッと見ている。

 私も釣られてジッと見る。


 ゾクゾクッ


 粉塵に紛れて姿の見えない北嶋さんからもの凄い神気を感じた!!

 その神気は、ミョルニルをも凌駕している!!

 粉塵が晴れる。ミョルニルは止まったままだ。正確に言えば空中で止まっていた。止められていた。

「それが北嶋さんを護ったのね……」

「漸く出したか。だが、そんな細いモンで防がれるとは思わなかったぜ……」

 葛西が苦笑いをして北嶋さんを見ている。

「解体業者に就職しろ馬鹿野郎!!」

 北嶋さんは草薙でミョルニルの一撃を防いだのだ!!その草薙を振り回し、ミョルニルを葛西に向かって放る!!

 葛西は自分に向かって来たミョルニルを受け取った。

「わざわざ届けてくれなくても、俺の手元に戻って来るんだせミョルニルは………!!」

 葛西が言葉を詰まらせた。ワナワナと震えている。

「テメェ……ミョルニルを……!!」

「雷熱いから頭ぶった斬ってやったぜ!ザマア見ろ!」

 北嶋さんが愉快そうに笑い、指を差した。

 ミョルニルは頭部の突起から雷を発生する。

 その突起部分がスッパリと斬れて無くなっていた。

「テメェ…まさかミョルニルまで斬るとは…流石に考えも及ばなかったぜ…」

 葛西がミョルニルを構え直した。ショックを受けているのだろうが、この切り替えは流石だ。

「流石草薙…北欧最強神の武器すら斬るなんて…」

 だけど私は興奮していたようで、勝手に言葉が口から出てきた。

 その言葉に、葛西は驚愕の表情を見せた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 この女…今、草薙とか言わなかったか?

 皇刀草薙と言えば、賢者の石と並び三大神器と呼ばれる物の一つだ。

 望む物なら全て斬る刀……

 鋼鉄でも、霊でも、因果も、海ですらも!!

「テメェの底はどこにある……?」

 震えた。

 歓喜してじゃない。

 武者震いでもない。

 単純な恐怖でだ……!!

「底だぁ?人を鍋みたいに言いやがって」

 俺を呆れたように見る北嶋…

 アホ面に釣られるな…

 言動に釣られるな…!!

 こいつはテメェですらテメェの底は知らねぇ…いや、興味がねぇんだ……!!

「テメェ…悪いがな、ここからは本気で行かせて貰うぜ……!!」

 俺はミョルニルを構え、振り下ろした。

 単純な圧倒的パワーで押し切る!!

 草薙が防ぐ前に、防いでも打撃の衝撃が分散しないように、大味だが、最も効率的な打撃を与える!!

「だから解体業者に就職しろと言っただろうが暑苦しい葛西!!」

 つちに真っ向から斬り付けて来る北嶋。流石にそれは…

「舐め過ぎだぜ北嶋あ!!!」

 ミョルニルは草薙を弾き返し北嶋の顔面にブチ当たる!!

「きゃあああ!!」

 女が頬を押さえて絶叫した。

 だが、ミョルニルに手応えが無い。

 北嶋はブチ当たる寸前に身体を捻ってミョルニルから逃げたのだ!!

 なんて反射神経!なんて身体能力だ!!

「生命保険は1億にして受取人は俺にしやがれ!!」

 北嶋が草薙を真横に払う。

 俺はミョルニルの柄で受け止め、刃に触れた刹那、少しミョルニルを捻り、力を逃がした。

「おおお?あのままだったら柄をぶった斬れていたんだがな」

「それよりテメェ、その剣技…誰から習った?」

 素人の剣技にしちゃあ鋭過ぎだ。

 チャンバラの域を出て、達人のレベルまで達してるような……

「あん?この刀をくれたオッサンだ。頼んでもいないのに、毎週一日来やがるんだよ。どうせなら宝条が来ればいいのによ」

 北嶋が不満をブツブツ言っているが、草薙をくれたオッサンと言うと…

「石橋 早雲か!!」

 石橋 早雲といえば、刀を使った退魔法で有名な霊能者だ。

 確か門外不出の神刀があると聞いたが……

「その神刀が草薙か!!」

 だが、石橋 早雲が北嶋に草薙を渡した?テメェでも扱えない代物だと噂で聞いたが、その草薙を北嶋が呆気なく御せたって所か!!!

「テメェは…やはり面白ぇ奴だぜ!!」

 俺は一歩退き、間合いを作る。

 草薙とミョルニルの間合いだ。

 真っ向勝負…こんな面白れえ馬鹿と喧嘩するんだ。心行くまで楽しまなきゃ損だ!!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ワシの携帯が懐でブルブルと震えている。

「うるさいのう…もうすぐで着くってのに、のんびり休憩もさせてくれんのか」

 ワシは携帯の画面を見ながら嘆息した。さっきから何度も何度も…

 一向に鳴り止まない、と言うかバイブが止まらん携帯に根負けして叫ぶ。

「あーもう!解った解った!出りゃいいんじゃろう!出ますわ!」

 お茶の缶をゴミ箱に放り込み、電話に出る。

「もうすぐで着くっつうてるじゃろうが!休憩もさせてくれなんだか君代ちゃんよ!!」

 着信主は水谷 君代。

 昔はかなりの美人さんじゃったが、今は単なるクソババァになっとる。

『お前さんの休憩なんぞどーでもいいわい!!早よう行って止めんと、ワシの小僧が人殺しになるじゃろうがテッチャンよ!!』

 この松尾哲治をテッチャンと抜かす事のできる人間は、もう少なくなっちまった。

 君代ちゃんは数少なくなった昔からの知り合いじゃ。

「それよ!!ワシのガキが負けるような事を仄めかしているのが気に入らん!!確かに伯爵をぶちのめした事は驚嘆するが、ワシのガキが君代ちゃんの小僧に遅れを取る訳ないわい!!」

 確かに君代ちゃんは日本、いや、世界屈指の霊能者で、ワシも太刀打ちできん程の力を持っておるが、ワシのガキと君代ちゃんの小僧はまた別の話。

 古代神をも倒したガキが、苦戦はするだろうが敗れるとは納得がいかん。

『テッチャンよ。以前言った通り、小僧は別格なんじゃ。それにじゃ……』

「あー解った解った!確かにガキの女の縛りはワシも解きたいからな!君代ちゃんの小僧に、その可能性を感じるのは認めておるわい!!」

 以前君代ちゃんから聞いた北嶋 勇と言う若僧の能力…

 その時にガキの彼女である金髪の美人さんの地に根付く呪縛を解く鍵となるんじゃないか?と、君代ちゃんに相談した事がある。

 じゃから愛車のハーレーで現場に向かっておるのだ。

 ガキが君代ちゃんの小僧をぶっ殺す前に!!

『お前さんがどう思おうが勝手じゃがな、そろそろ決着が付きそうなんじゃよ!最悪の事態でな!呑気にバイクで向かってないで、電車とかて…』

 ワシは電話を切った。年寄りの話は長くてかなわん。

 だが、決着が付きそうなのは焦る原因にもなる。

 ワシはヘルメットを被り、ハーレーに跨った。

「決着が付きそうとか言ったな。ガキ……せめて半殺し程度でやめておけよ!!」

 ワシもガキに人殺しはさせたくない訳で、現場に向かって止める事には異論はない。

 白バイにびくびくしながら、ワシはハーレーのアクセルを開けた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 葛西が暑苦しい分際で間合いを取った訳だが、刀と解体ハンマーの打ち合える間合いな訳だ。

 つまり、単純に打ち合いたいと言う意味かな?

 この俺相手にそんなアホな真似はする筈が無いと思ったので素直に聞いてみる。

 勿論、暑苦しい葛西に指を差してだ。

「おい暑苦しい葛西。お前俺と打ち合いたい訳?」

 紳士的に、優しく聞いてやった。

「本当にムカつく奴だなテメェは。その高い所から見下ろしている言い草が本当に気に入らねぇ!!真正面から粉砕してやるから、掛かって来い!!」

 暑苦しい葛西が何故がお冠だ。

 せっかく紳士的に対話を試みた俺を無碍にしやがって。

「暑苦しい分際でこの俺と正面から戦いたいと?フッ、その勇気には驚嘆するがな、死にたがりは勇気と言わず、無謀と言うんだぜ!!」

 優しく諭した俺。

 葛西もさぞかし胸が熱くなった事だろう。

「テメェで勇気を驚嘆したり、それを無謀と否定したり、本当に訳解んねぇ奴だな!!」

 何故かキレて解体ハンマーを振り回して来た。

「掛かって来いっつったのはお前なのに、先手とは卑怯な暑苦しさだな!!」

 解体ハンマーが俺の左テンプルに打ち込まれるも、俺は草薙でガード!!

 そのまま右下に流し、左上に跳ね上げる!!

 暑苦しい葛西は一歩身体を退け、刀の切っ先に触れるか触れないかの見事な見切りを見せた。

 んで、何と解体ハンマーの柄を俺に向かって突くと言う、暑苦しい分際でなかなか見事な攻撃を見せたではないか!!

 俺は柄を左頬スレスレに躱しながら半歩踏み込んだ。

 更に右から上に斬り付けた訳だが、暑苦しい葛西は屈んでそれを躱す。

 俺と暑苦しい葛西は同時に後ろに飛び跳ね、少し息を付く。

「スピードは負けたが、力じゃ俺の方が上だな!!」

「お前が可哀想だから力押ししなかっただけだよ暑苦しい葛西」

 そう強がっては見たが、事実、力は葛西が上だ。

 奮った解体ハンマーが少しでも触れたら、膝がガクガクするだろうな。ガクガクで済むのが俺だが。

 やっぱり解体ハンマーが邪魔だな……

 俺は草薙を鞘に収めた。

「?降参って訳でも無さそうだが……」

 暑苦しい葛西が頭の上にハテナマークをビッシリと並べているのが解る。

 俺は腰を落とし、草薙に右手を添えた。

「……居合いの構え!!」

 葛西がミョルニルを身体真正面にガードの構えを見せる。

「無駄だぜ暑苦しい葛西。オッサンが言うには、居合いはスピード、タイミング、パワーが全て一点集中するらしい。して、俺の狙いは解体ハンマーだからな」

 俺は暑苦しい葛西の解体ハンマーをぶった斬る選択をしたのだ。

 解体ハンマーの破壊力は半端無いから、先に武器を潰してやろうという魂胆なのだ。

「ハッ!テメェらしい選択だな!間違いなく破壊しろ。じゃねぇとカウンターを喰らう羽目になるぜ!!」

 暑苦しい葛西は居合いをいなして後の先を取ろうと言う策略のようだ。

「馬鹿だなお前 。それよか、身体が真っ二つにならないように、ちゃんとガードしとけよ」

 俺は一呼吸し、集中する…………


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 辺りが静かになったような感覚を覚えた。

 俺は北嶋の居合いに備え、ミョルニルを捻り、力を逃がすタイミングを計っている。

 居合いは初速が肝心だ。

 そのスピードについて行けさえすれば、刀が鞘に戻る僅かの間にミョルニルを北嶋にぶち込める訳だ。

 あの馬鹿にしちゃあ、かなり集中している感がある。

 本気でミョルニルをぶった斬るつもりなんだろう。

 頭部の雷を発生させる突起部分を斬った北嶋が、そこまで集中するのは、まさにミョルニルの槌狙いに他ならない。

 一番の武器部分の破壊を狙っているのだ。

 そんな事は不可能だと普通なら思うだろうが、北嶋なら斬る。

 現に頭部突起部分を斬り落とした訳だしな。

 問題は、俺が後の先を取り、ミョルニルを北嶋にぶち込んだら、北嶋はくたばるって事だ。

 いくら硬気法だか何だかを使用していたとしても、ミョルニルは鉄をも撃ち砕く。

 しかし、この馬鹿には殺す気で挑まないと勝ちは拾えない。

 俺は覚悟を決めた。

 斬られて死ぬ覚悟とぶち込んで殺す覚悟だ!!

 北嶋の身体が一瞬沈む!!

 来た!!

 鞘から刀身が現れて来るのが見えた。

 北嶋の右腕が伸びてくる様が見えた。

 よし!見える!

 俺の構えているミョルニルの槌部分に草薙の切っ先が伸びて来る様までよく見える。俺も極限まで集中している証拠だ。

 切っ先が触れる刹那にミョルニルを少し捻り、力を下に逃がせば俺の勝ちだ!!!

 俺は草薙の切っ先を目で追う…


 キ


 ミョルニルに触れた。同時にミョルニルを捻る。

「何ぃ!!?」

 捻る刹那!草薙の切っ先が視界から消えた!!

 さっきまでは見えていたのに!?

 次に見えたのが北嶋が草薙を鞘に収める動作!!

「見えていたが……見えなくなった……!?」


 キン


 草薙の鍔が鞘に当たる音がしたと同時に、ミョルニルの槌部分が真っ二つに斬れてボタリと地面に落ちた。

「ふう…勝負あったんじゃねえか?暑苦しい葛西」

 北嶋は狙い通りにミョルニルをぶった斬って満足気だが、俺は武器を斬られて益々憤った。

 あれはソフィアが土地に縛られながら、護って来た武器!!

「北嶋ぁ!!テメェ!!!」

 俺は北嶋に向かって拳を振るう。

「お前!しつけーなぁ!!」

 北嶋が再び草薙を抜く。

 俺の拳と北嶋の刃が同時に相手に襲い掛かる。

「あれ?」

 いきなり北嶋が草薙を退けた。しかし俺は構わずに北嶋に拳を…


 ガキッ


 俺の前に巨大な錫杖が投げ込まれて、俺の身体は錫杖に止められた。

「この錫杖……!!」

「なんだ爺さん?見物か?危ねーぞ」

 俺が錫杖に驚いていると、北嶋が突如現れた爺さんに手で追い払うような仕草をした。

「!ジジィ!テメェ何故ここに!?」

 突如現れたのは俺の師の松尾 哲治!!

 投げ込まれた錫杖は、ジジィの鬼の『金剛』の武器!!

「ガキ……!!貴様鬼神憑きまで使いおって!!殺したらどうするつもりじゃ!!」

 ジジィは俺に近付いたかと思うと、俺の脳天に拳骨をくれた。

「ぐわ!いきなり何しやがるジジィ!!」

 頭を押さえて文句を言う俺の脳天に、再び拳骨が炸裂する。

「いいから鬼神憑きを早よう解かんかガキ!!」

 怒髪天宜しく、俺は鬼神憑きを解除するまでジジィの拳骨を脳天に喰らい続けた……


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 いきなり現れた老人に怒られて鬼神憑きを解く葛西。

 葛西がジジィとか言っていて、鬼神憑きが解けるとなると、葛西の師のようだ。

「もしかしたら松尾先生ですか?」

 鬼を使役し、その身に取り憑かせ、そのパワーを自分の力のように使う術者の存在は、以前聞いた事がある。

 昔師匠とアメリカで悪魔退治をしたと言う、松尾 哲治がそれだ。

「如何にも、ワシがこのクソガキの師、松尾 哲治じゃ。嬢ちゃんは君代ちゃんの弟子じゃな?この度は誠にすまん事をした。クソガキ!貴様も謝らんか馬鹿者!」

 松尾先生は私達に深々と頭を下げ、葛西の頭をジャンプして殴る。

「ぐわ!何故謝らなきゃならねぇんだよクソジジィ!」

 葛西が頭を押さえて蹲る。頑丈そうなのに、やっぱり師匠には頭が上がらないんだな。成すが儘だもの。

「じゃかましいわガキ!この男を本気で殺そうとしたじゃろが!」

 松尾先生は容赦なく蹲っている葛西に蹴りを入れた。ちょっと酷い。

「ぐわっ!!北嶋にはそんな遠慮は…ぎゃあ!」

「口答えするなクソガキ!半人前のヒヨコが!」

 またまた容赦なく葛西に蹴りを入れる。ウチの師匠もそうだけど、元気があるなぁ。

「爺さん、暑苦しい葛西は少しだけ頭がおかしいんだ。それくらいで許してやれ」

 北嶋さんが何故か解らないが葛西を庇った。

「お主が北嶋 勇か。ぶったまげた男じゃな。鬼神憑きで奮ったミョルニルをモノともせんとは」

「まぁ、俺は無敵だからな」

 全く否定しない北嶋さん。

「ふざけんな北嶋!まだ終わっちゃいねぇ…ぐわっ!」

 突っ掛かっていく葛西に再びゲンコツを落とす。

「色々話をしたいが、この馬鹿ガキが興奮しちまって儘ならぬ。いずれ時間を作って詫びに行く故、ここは許せ。オラ!行くぞガキ!」

 松尾先生は葛西の首根っこを掴み、引き摺るようにバイクに向かった。

「北嶋ぁ!いつかまたやるぞ!テメェそれまで生きてやがれ!」

 葛西が吼えたと同時に葛西に近寄って行く北嶋さん。

「北嶋さん!どうするつもり!?」

「スマンなぁ、礼儀を知らんガキなんじゃ」

 私と松尾先生の制すのを無視し、北嶋さんがポケットから携帯を出した。

「おら、メアドとケー番。事前に連絡してくれなきゃ、お前の相手出来ないかもだし」

「あ、ああ……確かにそうだな……」

 葛西は呆けた顔をしながら自分の携帯を出し、北嶋さんと番号とアドレスを交換していた。

 私と松尾先生は口を全開に開けて、その様子を見ていた。

 一触即発の雰囲気だったのに、呑気過ぎるでしょ…


 葛西と松尾先生のバイクが走り去るのを見送ってから伸びをして北嶋さんが促す。

「俺達も帰るか。海神の神体像を買わなきゃならないし」

「え?ええ……そうね。帰りましょうか」

 私達はアルファスパイダーに乗り、帰路に着く事にした。

 助手席では北嶋さんが早速寝そうだったので、気になる事を聞いてみる。

「本当は葛西をもっと早く倒せたんじゃない?」

「ん~……実は結構ギリギリだったぞ。暑苦しいだけあってパワーは向こうが上だ。スピードで勝っていたから翻弄できたが、ありゃフランスのオッサンより強えぇわ」

 北嶋さんが感じた葛西はサン・ジェルマン伯爵より強い?

 驚く私に北嶋さんが続ける。

「最後に暑苦しい葛西は本気で俺を殺そうとしただろう?あれが無ければヤバかったよ」

 リクライニングがあまりしないアルファスパイダーのシートを限界いっぱいまで下げ、窮屈そうに身体を揺さぶりながら怖い事を言った。

「本気で殺そうとしたから北嶋さんが勝った?」

 怖い事だが、よく解らない。

 北嶋さんは瞼を閉じながら話を続ける。

「葛西は本気で俺を殺そうとした。つまり覚悟を本当の意味で決めたんだな。殺そうとするなら殺される覚悟も決めなきゃならない。だから俺も覚悟したんだ」

「つ、つまり北嶋さんも殺す覚悟と殺される覚悟をしたって意味?」

 あんなに飄々としていた北嶋さんがそこまで考えていたのは驚きだが、実は本当に怖い事を考えていたのだ。

「葛西が覚悟を決めたから、俺は迷いなく解体ハンマーを斬れた。間違えば葛西も斬っちまうリスクを考える必要は無くなったっつー訳だ」

 やはり北嶋さんも人間と戦う事は、それなりに気を遣っているみたいだ。

 最後に北嶋さんは『勝負あったんじゃねぇか?』と聞いていた。

 あれは実は葛西を殺さなくて良かったとホッとしていたんだ!!

「人殺しは嫌だし、殺されるのも勘弁だ…………」

 北嶋さんが助手席で遂に寝てしまった。

「ギリギリの緊張感が解かれて疲れが一気に来たんだわ…しょうがない、寝かせてやりますか」

 私は帽子を北嶋さんに被せて日差しを浴びないように目の周りに日陰を作った。

 家に着くまで、ぐっすり寝られるように。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ジジィのハーレーがパッシングした。パーキングで休もうとの合図だ。

 俺はパーキングにBOSS HOSSを寄せる。ジジィのハーレーも後に続いた。

「なんだジジィ。もう休憩かよ?」

 少し苛立っていた俺は単車でカッ飛ばしたい気分だったが、ジジィがケツに付いてきているのでそれも儘ならない。

 ジジィは自動販売機からコーヒーを二本買い、一本俺に放り投げると地べたに座った。

「ガキ…お前、負けたと思っておるじゃろ?」

「ハッ!解らねぇよあの先は!」

 乱暴にプルトップを引き剥がし、コーヒーを一気に飲む。

「あの小僧、甘くは無いぞい。ミョルニルを失ったお前はいい所相打ち…」

「解っているよ、うるせぇな!」

 大声を出し、ジジィの言葉を遮断した。

 俺がミョルニルを…北嶋を殺す覚悟を決めた時から、北嶋の雰囲気がガラッと変わったのは知っている。

 おそらく対峙している俺にしか解らない雰囲気の変化だが、表面上は変わらない北嶋が、俺を殺そうとした殺気を孕んだのだ。

 あのまま続けていたら、俺はくたばっていた。

 ジジィが止めてくれなきゃ、俺は……

 ジジィ以外に初めて感じた敗北感……

 飲み干したコーヒーの空き缶を握り締め、憤りを何とか鎮めようとしている俺がいる。


 プルルルル……プルルルル……


 ジジィの携帯が鳴った。

 ジジィはポケットから携帯を取り、苦い顔をした。

「君代ちゃんかよ…どうせ視ていたんじゃろうが」

 ジジィは渋々ながら電話に出る。嫌なら無視すりゃいいだろうに。

「君代ちゃん。君代ちゃんの言う通りじゃ。だからもう何も言うな」

 そう言って切ろうとしたジジィ。

『そんなのはどうでもいいわ!テッチャン、息子と代わってくれ!』

 ボタンを押すジジィの指が止まり、俺を見ながら、電話を出したり引っ込めたりと、迷っている素振りを見せる。

 俺は無言で手を伸ばす。ジジィは躊躇しながらも、俺に携帯を渡した。

「俺がジジィの弟子だ…何の用だ?」

『テッチャンの息子じゃな?お主、小僧にミョルニルを破壊された……それは間違いないな?』

 水谷のババァは俺に敗北を認めさせようとしているのか、しきりに確認を繰り返した。

「その通りだババァ!!これでいいか!?」

『ならばお主は小僧に感謝せねばならぬ!!ミョルニルを破壊してくれたのじゃからな!!』

 苛立ち、電話を切ろうとする俺の耳に、切られまいと大声を出したババァ。

 だが、北嶋に感謝しろとは、どういう意味だ?

 俺は黙って再び電話を耳を傾ける。続きを聞く為に。

『お前さんの恋人はトールの護り人として、あの地に縛られておるのは知っておるじゃろう?お前さんがトールを倒したにも関わらず、呪縛が解けなかった理由はトールの護り人としての責務を果たしていなかったからじゃ』

「……回りくどい言い方はやめろ。何が言いたい?」

 俺の心臓の鼓動が激しくなる。なんだ…?期待しているのか……?何にだ?

『トールの武器…恋人がお前さんにやったミョルニルこそが、最後に残った護り人の責務じゃ。あれはトールの念が纏わり付いておるでな。それを破壊した今……』

「ソフィアは自由になった!!?」

 俺のデカい声でジジィも内容を把握したのか、ジジィのツラが砕け始める。

『ガハハハ!小僧に感謝したくなったじゃろ?じゃあの』

 切れた電話を握り締め、俺は震えた。

 ジジィは俺の肩をパンパンと叩き、涙ぐんでいた。

「良かったのぅガキ~!!良かった良かった~!!」

 ジジィがウゼェくらいに俺の肩を叩く。

 以前ソフィアは護り人の『放棄』と言う形を取り、家を飛び出した事が数回あったそうだ。

 しかし、気が付くと家に戻っていたらしい。

 俺が帰った後、日本に来ようと飛行機に乗ったが、うたた寝していると家で寝ていたそうだ。

 ミョルニルが俺の手元にあるにも関わらず、護り人の縛りは家から出る事を許さなかった。

 だから水谷のババァが言っている事は信憑性に欠けるが……

「草薙は全てを断ち切る刀じゃ。ミョルニルに根付いた古代神の念も断ち切ったのじゃろう。君代ちゃんが『視た』のじゃから間違いはない!!」

 北嶋は全くそのつもりはなかっただろうが、北嶋がミョルニルを『斬る』と決めた瞬間、草薙はミョルニルの『全てを斬った』という事だろうか?

 まあ…そんな事はどうでもいい。考えるのは後回しだ。俺にはやるべきことが出来たんだから!!

 俺はジジィを振り払い、BOSS HOSSに跨った。

「ど、どうした?」

 ジジィが驚き、訊ねる。

「決まってんだろジジィ。スウェーデンに行くんだよ。ミョルニルを直せるのはソフィアだけだからな」

 笑いながら答えた。

「そ、そうじゃな!!早く行かなきゃならんな!!ついでに連れて来たらどうじゃ?」

 俺は鼻をフンと鳴らす。言われるまでもねえ…と。

「北嶋に自慢しなきゃならねぇからな。勿論連れて来るさ!!」

「そうじゃな!!しかし、あの小僧の彼女も負けてはおらんような…」

 確かに、あの女はいい女だ。ソフィアにも負けていない器量だろう。

 だが、とほくそ笑む。 

「北嶋のモノじゃねえってよ!!」

 今現在はな、と小声で付け足す。あの女も素直じゃなさそうだしな。俺が心配してやる義理はねえが。

「そうなのか?そうか!じゃあお前の勝ちだ!ガキ!!」

 ジジィは愉快そうに俺に親指を立てて笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る