護り人の業

 トールに勝ったとは言え、俺もかなりのダメージだ。

 この亜空間の入り口まで戻って鈴を鳴らさないと現世には戻れない。

 フラフラとなりながら、入り口まで戻る。

 途中、何回か躓きそうになりながらも、俺はどうにか入り口まで戻って来た。

「鈴を鳴らさないとな……」

 鈴に手を掛けた俺だが、鳴らす前に扉が開き、扉に寄りかかっていた俺はつんのめり、すっ転びそうになる。

「うっ!」

 何とか踏ん張って現世に戻って来た俺の眼前で、ソフィアがニコニコと笑っていた。

「…よく俺が勝ったと解ったな?」

「視ていたからね!アナタ凄いよ!本当に凄い!」

 ぶっ倒れそうになった俺の身体を駆け寄り支えるソフィア。

「ああ…すまねえな…」

「いいのいいの。私こそ自慢だよ!あのトールを倒した人を支えたなんてさ!」

 俺達はとりあえず壁に背を向け、腰掛ける。

「で?視ていたとは?」

「ああ、視ていたと言うか、感じていたと言った方がいいかな。亜空間の出来事は私の頭に映るのよ。トールを管理している護り人としてね」

 ソフィアはポットからお茶をカップに注ぎ、俺に渡した。

「じゃあ鈴の意味無いだろう?」

「鈴は怖じ気づいた人が逃げ出す為の音だよ。鈴を鳴らすと、亜空間から扉越しに脱出できるの。万が一、トールを銀の糸を束ねた鎖から解き放した後だったらヤバいでしょ?」

 成程。要は鈴を鳴らした奴等は逃げ出した連中な訳か。

 カップに注がれたお茶を飲みながら、頷く。納得だと。

「それに鎖はある一定年数で取り替えが必要だからね。鈴はトールを眠りにつかせる為の物でもあるのよ」

 銀の糸をチラチラとチラつかせて笑うソフィア。

「そりゃあそうか。眠らせるくらいしないと、あんな化物を再び繋ぐ事なんざできそうも無いからな」

 未だに震えている身体を擦り、未だかつて無い程の疲労感を感じながら、カップをソフィアに返す。

「俺は今動けそうもない程くたびれている。カンテラ置いて先に上がって行ってくれ」

 地下の肌寒い広い空間に俺と付き合って居るのは辛いだろうと思っての配慮だ。

「何を言っているの?私一人で上に行ける訳ないじゃない?」

 ソフィアはキョトンとしながら目玉が零れ落ちそうになる程目を見開いていた。

「いや、お前が構わないならいいが、一応配慮したつもりだが」

「アハハハ!おかしな所に気を遣うのね日本人は!」

 愉快そうに笑うソフィア。

「そうか?」

 何かよく解らないが、ソフィアのテンションが上がっているような?

 しかし、女をいつまでも地下に置くような真似はあまりしたくは無い。

 俺は力を振り絞り、立ち上がる。

「仕方ねぇ。休憩は地上に出てからにするか」

「大丈夫なの?肩貸そうか?」

 本気で心配そうなソフィアだが、降りて来た時に何度もすっ転びそうになっているのを何度もライブで見ていた俺は、遠慮する事にした。

「カンテラだけ持ってくれればいい」

「そう?じゃあゆっくり行くわよ。気を付けて付いて来てね」

 ウインクしながら俺の前を歩くソフィア。

 しかし、やはりすっ転んで、疲労困憊な俺に向かって容赦なく身体をぶつけて来た。

 俺は歩くのもやっとだったが、何とか踏ん張り、下って来た時以上の時間を使って地上に出た。

 そして地上に出た俺は、直ぐ様ぶっ倒れた。

「大丈夫!?ねぇ?死なないよね!?」

 駆け寄ってきたソフィア…心配しているのは解るが、何か縁起でも無いような気がするのは何故だろうか?

「いや、大丈夫だ。とりあえず寝たい。寝床を貸してくれねえか?」

 ソファーか何か。出来れば毛布も貸して欲しいと思ったが、驚いた事に、ソフィアは自分のベッドに寝るよう薦めた。

「おい、いいのか?俺は汗まみれで傷だらけだぜ?」

 シーツなんか直ぐに汚れてしまう。

「遠慮しなくていいのよ。後は任せてゆっくり休んで」

 後は任せて…の意味がさっぱり解らないが、俺はお言葉に甘えてベッドを借りる事にした。

 服を脱ぎ捨て、タオルで身体を拭いてからベッドに潜り込む。

 そして目を瞑ると、俺の意識はあっという間に遠退いてしまった…


 再び目覚めると、もう昼過ぎだった。

 ソフィアのベッドを借りたのは確か夕方。我ながら良く寝た。

「あれ?包帯が?」

 俺の身体に手当てした後がある。

 包帯が巻かれ、湿布が貼られ、あまつさえ身体がスッキリしているような。

 シャワーを浴びたような感じだが、俺はぶっ倒れてから今までノンストップで寝ていたので、風呂に入った訳なんか無い。

 不思議がっていると、ソフィアが部屋に入ってきた。

「あれ?起きたの?」

 妙にニコニコして、手には薬やら包帯やらが入っているカゴを持っていた。

「お前がこれをやってくれたのか?」

「そうよ。アナタボロボロだったからね。はい、包帯取り替えるよ」

 俺は言われるがまま、ソフィアの指示に従い、万歳したり、身体を捻ったり、後ろを向いたりした。

「悪いな」

 素直に感謝する。

「何を言っているの?アナタの物になったんだから当然でしょ?」

 後ろを向いている俺の背中をペシッと叩く。

「いてて…」

 少し蹲った俺だが、ん?と思い、聞き直した。

「俺の物?なんでそうなった?」

「呆れた!自分で言ったんじゃない!勝ったら俺の物になれって!」

 グイグイと包帯を巻く力が増す。なんか怒っているような?

「いてて…少し優しくやってくれ」

 ソフィアは包帯を巻く手を止めて、俺の背中を愛でるように撫でた。

「鍛え抜かれた凄い身体…まさに鋼のよう…だから古代神にも勝てたのね…」

「かなりヤバかったけどな」

 後ろから抱き付いてくるソフィア。少し痛いが心地いい。

「ね、アナタの名前、聞いていないわ。教えてくれる?」

 頬を背中に付けて話しているソフィアの吐息が妙にくすぐったい。

「葛西…葛西 亨だ。つか、最初に名乗らなかったか?」

「キョウ…いい名前ね」

 そう言ってソフィアは小一時間程、俺の背中から抱き付いて離れなかった。


 俺は傷が癒えるまで、約一週間程ソフィアの家に滞在した。

「キョウ。アナタに贈り物よ!」

 俺を地下の倉庫に案内したソフィアは、鉄製の箱を指差し、それを開けた。

「これは?」

 鉄の箱と言っても、何やら細工を施しているのだろう。

 開けるまでは解らなかったが、開けてからのソレは今まで感じた事の無い神気を発していた。

「トールの武器、ミョルニル。雷の鎚よ!」

 持つ柄の部分がグリップ部分程度しかないショートハンマーだが、見た目でもその質量の凄まじさが解る!!

「このベルトとグローブを付けて!」

 見た目は革製のベルトと鋼鉄製のグローブだった。だがこれも神具…神気が凄え!!

「ベルトはメギンギョルドと言って力を倍増させる力帯。グローブは鋼鉄製で、素手では持てないミョルニルを持つ為の手袋。これが無いとミョルニルは扱えないの」

 これほどの武器を俺にくれるとは…

 羅刹にミョルニルを扱わせれば、まさに鬼に金棒だ!

 有りがたく頂戴する。しかし、確かに感謝した俺だが、ついつい要望を述べてしまった。

「柄の部分がもっと長いなら、戦術が更に明るくなるな。力帯も、通常はただのベルトになるなら持ち歩きし易いのに」

「オーケィ!明日まで待って!」

 ニコニコしながら俺から力帯を取り上げる。

「明日まで待て…?」

 訝し気な俺にソフィアは明るく言った。

「アナタの要望通りにカスタマイズするわ」

 流石に驚いた。神の武器を改良する事ができるとは!

「アッハッハ!私は小人族よ?アスガルドの神々の武器や防具は小人族が全部作ったんだから!カスタマイズなんて簡単よ!」

 成程そうか。その通りか。なので素直に思った事を口にする。

「凄げぇなお前」

「それより凄いのは、そんな私を自分の物にしたアナタよ」

 ウインクし、ラボにミョルニルを持って行くソフィア。

 外国の女は随分と素直に感情を露わにするんだな、と思い、頭を掻きながらソフィアの後に続いた。


「アナタは待ってて。一応機密事項だから」

 ラボにくっついて行った俺を制するソフィア。

 機密ならば仕方ない。俺は素直に頷き、外に出る。

 ラボは家とは別に、農作業小屋みたいな造りの小屋にある。

 どのような働きをしているか解らないが、結界が張ってあり、普通の人間には単なる農作業小屋にしか見えないが。

「凄ぇな…熱…いや、神気か?」

 伝説の神の武器を細工できるっていう小人族はやはり神気も扱えるのか?

 いや、神気も小人族の道具の一部って事なのだろう。

 俺は一人、部屋に戻り寛いだ。

「自分の家だと思って好きに使って」と言ってくれたので、居間は俺の、いや、俺達の寛ぎス ペースとなった。

 なのだが…

「そろそろ日本に帰らなきゃなぁ…」

 依頼も達成した。俺は神とも戦える事を実証した。

「女ができたなら留まってもいいぞ」とジジィも言ってくれた。

「ガキだガキだと思っていたが、まさかパツキン美人をモノにするとはのう…いやいや!お前もなかなかやるなぁガキ!」

 電話向こうで何やらはしゃいでいたのが、俺は何か都合が悪かった。

 しかしジジィは高齢だ。明日くたばってもおかしくは無い。

 ジジィを孤独死なんかにさせられない。

「仕方ねぇか」

 そのままソファーに仰向けに倒れ込む。

 ソフィアには何て言おうか?

 小人族の定めにより、ソフィアはこの地を離れられないんだそうだ。

 日本に行きたいけど行けない。

 そう、悲しそうな顔をしていた俺の女…

 この一週間の間、傷を負った俺を甲斐甲斐しく世話をしてくれた俺の女…

 そんな事を考えていると、いつしか、外は真っ暗になっていた。

「…まだラボにいるのか?」

 俺は起き上がり、ラボに向かった。

 そしてノックする。

 作業中ならば決して開く事が無い扉だが、今は神気も大分落ち着いていた。

 作業終了か、もしくは休憩中か…

 その時、扉が開き、ソフィアが俯いて俺をラボに招き入れる。

「入って……」

 消え入るようなか細い声…

 俺は背中を向けているソフィアの肩に手を掛けようとした。

 だが、踏み止まる。

 俺はこの地から去る身。その肩を抱く資格は俺には無い。

 ソフィアが鉄の机に指を差す。

「…やはりお前は最高の女だ…」

 鉄の机に置かれていたのは、柄の部分が長くなり、刀剣の攻撃を防げる形となり、力帯は俺の身に付けていたベルトと同形状となっていた。

 俺の注文を見事に成し遂げたのだ。

「ベルトのバックルに付いているレバーを引くと、力帯になるわ」

 椅子に腰かけ、軽く微笑む。

「済まねえな……」

 礼とも謝罪とも取れる俺の発言。

「いいえ。『また』ミョルニルのメンテナンスに『来る』んでしょ?」

 解っているよう、俺を見据える。

「勿論だ。お前は俺の物なんだからな。俺の武器はお前にしか直せねえ」

「そして扱えるのはアナタしかいない。ミョルニルも私も…」

 ソフィアは俺に抱き付き、顔を胸に埋める。

「また会いに来てね?絶対よ?」

「お前の呪縛を解く方法を必ず探すから、安心して待っていろ」

「私も探してみるわ…この地に縛られている定めを断ち切る方法を…」

 迷わず抱き締める。

 この日

 俺達は一つになった……


 日本に帰って来た俺は、ジジィに一発で見抜かれた。

「本気になったんなら帰って来んでもいいのにのぅ。馬鹿ガキが格好付けよって」

「ハッ!ジジィ!テメェもまだまだくたばっている暇ねぇぜ!俺の女の呪縛を解く方法を探すのを手伝って貰わないとなぁ!」

 ジジィはいきなり吹き出す。

「ガハハハハ!ガキ、お前にしちゃ素直な願いだな!安心せぇガキ。ワシが必ず呪縛を解く方法を探してやるわい。だから孫のツラちゃんと見せろよ!」

 ジジィは俺の背中をバンバン叩く。

「孫だ?曾孫だろうがジジィ!俺の女見て魂抜けるなよ?相当いい女だからな!」

「一つ忠告しておく。ワシに惚れてもワシの責任じゃないからな?全てはワシがいい男じゃからだ。いい女はいい男に惚れるものよ」

「ハッ!だからアイツは俺に惚れた訳かよ。納得だぜ!」

 この日を境に、俺は羅刹に力を付けると同時に、呪縛を解くヒントを探す旅をし、ジジィは外国の文献を研究に没頭する事になった。


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