珍事の目撃
「来た!北嶋だ!」
ホテルの直ぐそこで様子を伺っていた俺は、北嶋の姿を発見し、そのまま駆け寄る。
「ハラ決まったかい?」
「はい……北嶋探偵の条件は全て飲みます……」
一晩見ていないだけなのだが、すっかり歳を取った大村が弱々しく頭を下げた。
「よう北嶋、やるのか?見ても構わねえだろ?」
北嶋と大村が俺の姿を発見し、振り向く。
「暑苦しい葛西じゃないか。まぁ、いいだろう。だがポップコーンや飲み物は持参しろ」
「ハッ!映画かよ!」
相変わらずの北嶋の態度だが、俺は決して嫌いじゃない。
北嶋は大村に向き直し、なんつうか、ピリピリした空気を纏いながら言う。
「神崎、支配人に契約書を出してくれ」
「契約書?そんなの今まで作った事ないでしょ?だから持ってないよ」
「簡単なのでいい。支配人、判子かサインを貰えるか」
北嶋の条件を箇条書きにした簡単な契約書にサインをした大村。良く見ていないようだが、反故前提でサインしているんじゃねえよな?
「これでよろしいでしょうか?」
北嶋は簡単な契約書を見ながら頷く。
そしてメモを取り、大村に渡した。
「これをホームセンターかどこからか、買って来てくれ」
大村は不可解な顔をしながら、従業員に命じた。
「一時間程で戻れるそうです」
「そうか。じゃあボイラー室で待つか」
北嶋と女は、大浴場に向かって歩いた。後を追うように大村が続く。
「よう、チラッと見たが、あんなモン何に使うんだ?」
女に聞く俺。
「さぁ…解らない。だけど、今まで見た事が無いような事件が起こるわよ」
女は意味深に笑う。
メモの中身は、補修工事や安全設備で使う物ばかりだった。
あれをどう使うか、俺にはサッパリ見当がつかない。
首を捻っている俺に催促する。
「おい、見たいならコーヒーくらい奢れよ」
「何て野郎だ!俺はタダで見せたってのに!!」
俺はムカつきながらも、缶コーヒーを北嶋と女に差し入れた。
「馬鹿野郎かお前は!何で長い缶買って来るんだよ!!甘々じゃねーか!!」
「テメェは欲張りだから、ロング缶が嬉しいだろうと思ってな」
俺達のやり取りを見た大村が、いたたまれなくなって豆を挽いたコーヒーを差し入れた。
「へえ?俺にもコーヒーを出してくれるのか。北嶋が失敗したら俺に泣きつく算段か?」
大村が俯く。どうやら図星のようだ。
「ハッ!大したタマだぜアンタ!!」
「やっぱりなぁ……」
北嶋も薄々感づいていた様子。特に軽蔑をしている様子はない。と言うか最初から期待していないんだろう。だから契約書にサインをさせたんだろうな。
「万全を期してですね…」
「まぁいいさ。契約書忘れなきゃな」
言い訳じみた事を抜かそうとし大村を制した北嶋。大村は黙って頷いた。
「何だ?金の他に何か記したのかよ?」
「色々とな」
訊ねた俺に適当に相槌を打ちながら、コーヒーを口に運ぶ。
そんな話をあれこれしている間、そう、買い物を頼んで小一時間程経過した頃。
「か、買ってきました!!」
従業員が大荷物を抱えて大浴場に入って来た。
「サンキュー。でも、これは外で使うから持っていってくれ」
北嶋は即乾セメントと、バケツ、セメントを塗るコテだけを取り出し、従業員に荷物を押し付けた。従業員はハァハァ言いながら、残りの荷物を外へ運んだ。
「これをどうするのですか?」
大村が首を捻って疑問を呈する。北嶋は答えなかったが、それは俺も興味があったので大人しく見守る事にした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
大浴場に開けられた穴…霊道からは、今は霊が出て来ていない。
きっと葛西が居る為に、祟り神が様子を伺っているのだろうが…
「北嶋さん!祟り神に教えてあげて!警戒するのは葛西じゃないって事を!!」
支配人と葛西が私に視線を向ける。私は微笑し、それを流した。
「お~う」
北嶋さんは即乾性のセメントをバケツに入れ、水を入れてこねた。
「左官でもやるのかよ?」
葛西が鼻で笑う。
「他にセメント使う用途はなんだ?」
北嶋さんは何を当たり前な事をわざわざ?と言う表情を見せる。
「な、何言ってやがる?霊道を塞ぐのにセメントを…」
葛西の続く言葉を無視し、北嶋さんがボイラー室の壁にセメントをコテで塗りたくった。
「ハッ!!それで霊道を塞ぐつもりか!?確かにド肝を抜かれるぜ!!あ?あれ?」
高笑いしていた葛西が固まる。
「う、嘘でしょう……」
支配人も、全く信じられないと言った表情だ。
「北嶋さん、やっぱりあなたは凄い人だよ」
信じてはいたが、改めて現実を見ると、やはり驚嘆する事しか出来なかった。
北嶋さんが塗っている、霊道の開いている壁が…本当に冥穴がセメントにより塞がったのだ。
「嘘だろ!?何故塞げる!?有り得ねえ!!見たことも聞いた事もねぇぞ!!」
葛西が両手を振り、身震いしながら北嶋さんに詰め寄る。
「この壁はコンクリートだからな。穴が開いているならセメントで塞ぐだろ普通?」
北嶋さんが事も無げに言い放つ。
「で、でも、テメェは霊道が視えてねぇんだろう?」
「見えない人間が塞げないと考えるなよ。底浅い奴だな。まあいいや。仕事の邪魔すんな」
そう一瞥をくれると、再び作業に戻る。
「わ、私も霊道とやらはうっすらとしか見れていませんが…しかしこれは…」
その、うっすらと見えている霊道がセメントで塞がれて行く様を、奇跡、いや珍事を見るよう、呆けながら観察している支配人にムッとしたように言い返す。
「気に入らないなら、後で富士山でも描けよ」
どうやら塗った仕上がりにケチを付けられたと勘違いをしているようだ。
祟り神が焦ったのか、大量の霊を送り込むも、北嶋さんは意にも介さずに「フンフンフ~ン」と、鼻歌を歌いながらセメントを塗りたくる。
「遅かったようね。霊道は完璧に塞がれた」
「あ、ああ……未だに信じられねえが、亡者が壁の向こうで止まっちまった……」
仕上げをした北嶋さんが立ち上がる。
「終わったぜ」
支配人を見て、確認を促す。
「あ、ああ…はい……そうですね……塞がりました……塞がりましたね!!」
支配人が歓喜しながら北嶋さんに近付いた。それを嫌な顔を拵えながらヒョイと避ける。
「調子いい奴は好きじゃないんだ。知っているな?」
支配人は引き攣った笑いをしながら、ウンウン頷いた。
「さて、次はホテル内に居る幽霊の殲滅か。神崎、手伝えよ」
「うん。勿論」
北嶋さんが私に頼った。嬉しくなって、北嶋さんに笑顔を向けた。
この史上最強、空前絶後の男の人に、頼りにされているのだから。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
俺は神崎に四階に
「え?あれをやるの?」
神崎は不安そうな表情を浮かべ、俺を見た。
グッと来る!!
抱き締めたい衝動に駆られた俺は、飛び付くも、神崎の『場を弁えろ』プレッシャーを感じて踏み止まる。
「ま、まぁ、失敗しても、俺がぶった斬るから」
そして暑苦しい葛西と支配人のオッサンを引き連れて、屋上に行った。
「こんな所に来てどうするつもりだ?」
「追い込むのさ」
俺は草薙を喚んだ。草薙が俺の手の中に来た。
「テメェ…神具の転送が出来たのか!?」
葛西がやたら驚いている。
「解らんが、この刀だけは呼べば来るんだ」
俺は草薙を十センチ程抜き、鞘に納める。
キィィィィン……!!
鍔と鞘の金属がぶつかり、心地良い音色を奏でる。
「おい、ボーっとしてないで、教えろよ」
「え?な、何を?」
俺は呆れた。暑苦しいだけの男だったかと嘆きもした。
仕方ないので、教えてやった。
「幽霊は居なくなったか教えろって言ったんだ」
葛西は呆然として口を開く。
「俺が何でテメェの手伝いしなきゃならないんだ?」
暑苦しいのに正論を吐く葛西。
「バイト料払うからさ!」
金を払って円満解決を目論む俺。葛西は少し考えて言う。
「終わったら、俺に少し付き合ってくれるならいいぜ」
付き合うだと!?
俺は忌まわしい出来事を思い出した。こいつは大浴場で自分のイチモツを俺の顔面に接近させた男だ!!
かなりドン引きする俺!!
「付き合うって言っても、テメェが想像している代物じゃねぇよ!!俺も女が好きなんだよ!!」
葛西が憤って訂正する。
「ならばいいが…もし俺の想像通りなら、絶対に無理だからな!!」
「心配するな!!野郎同士なんて気持ち悪いだけだ!!想像させんなよ!!」
そうか。お前もそう思うのなら良い。
俺は葛西と契約をした。
「よし、解った。じゃあ早速視てくれ」
葛西は当たりをズラッと見渡す。
「屋上の亡者は居なくなったぜ」
「よし、次は七階だ」
俺はこんな調子で、屋上から神崎の待つ四階まで幽霊を追い込んだ。
四階には、かなりの幽霊が集まっている。と、暑苦しい分際で俺に指示する葛西。俺が頼んだんだが、何かムッとする。
「次は地下二階から追い込む」
神崎は集中し、目を瞑りながら頷いた。
俺達は地下二階に向かう。
「四階に全て集めて一網打尽にするってのは解ったが…何故四階だ?」
暑苦しい分際でこの北嶋 勇に質問をしてくる葛西。優しい俺は質問に答えてやる。
「四階に一番幽霊が居るからだ」
幽霊は、仲間ってか、幽霊が沢山居る場所の方が集まり易い。
と、婆さんに聞いた事が有るような、無いような。
「ほう…納得だ。なら、地下一階と四階に分散させた方が楽じゃねぇか?」
良かった!!合ってるようだ!!
俺は胸を撫で下ろす。パーフェクト北嶋との評判の俺が間違いなどあってはならないからだ。
「神崎の新術は、何度も行えないんだそうだ」
取り敢えず質問に答えてやる優しい俺。
「ふん、お優しいこったな」
葛西が含み笑いをしたが、俺はそれを普通に受け止め、俺は優しいと再び認識出来たのだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
北嶋に付き合い、亡者を一点に集める手助けをしている俺だが、気になる点があった。
女の新術は、あの溢れ返った亡者を全て、地獄送りに出来る術なのか?
ならば女は水準を上回る霊能者と言える。
水谷のババァの弟子なら、有り得るかもしれない。
そしてもう一つ、北嶋の馬鹿は、視えないのに、何故あれ程の力を持っている?
霊道をセメントで塞ぐという馬鹿げた事を、何のストレスも無しにやってのけた事実といい…
更に、突然現れた刀だ。
金属と金属を合わせた音は、確かに亡者は苦手だが、ああも見事に蜘蛛の子散らすよう、一瞬で逃げ出す音色など、俺は知らない。
そして、その刀の神気。まだまだ底を全然見せていないが、かなりの神器だ。
有るだけで、平伏してしまいそうな神気。大袈裟でもなんでもねえ。ただの事実。
それを事も無げに扱う北嶋…
俺は身震いし、笑った。
「ふん、お優しいこったな」
そうだ、北嶋……テメェは優しい男だ。
全てにケリが付いた後、俺と付き合ってくれるんだからな…
俺は恐れと喜びを同時に感じていた。
この感覚、北欧のあいつ以来、感じる事が出来なかったが、再び味わう事のできる興奮が、俺の身体を震えさせる。
四階に集めた亡者は、注連縄の中に溢れ返っている。
注連縄の中はさながら地獄の縮小図のように、亡者共がもがき、苦しみ、喘いでいる。
「ハッ!この数の亡者を地獄送りに出来る……おおいっ!!」
驚愕した!!北嶋が全く動じる事も無く、注連縄の中の亡者に混じって女に指示を出しているじゃねぇか!!
「テメェ何やってやがる!!阿鼻叫喚の亡者共がテメェに寄って集って身体を乗っ取ろうとしてやがるのが解らねぇのかっ!?」
亡者共が北嶋に我よ我よと詰め寄っている。普通の人間なら身体を乗っ取られてもおかしく無い状況だ。
「うっせぇなぁ。ここは神崎の真正面、指示が出し易いんだよ」
北嶋が俺に黙ってやがれと言わんばかりに睨み付けた。
「馬鹿野郎!鈍いにも程があるぞ!あれだけの数……」
そうだ…あれだけの数の亡者が連なって北嶋に纏わり付いているのに、何故誰一人として北嶋に入り込まない?
俺が呆けているその時、北嶋が女に遂に指示を出す。
「神崎、行くぞ!準備はいいな!?」
女は目を閉じて頷く。それを確認した北嶋が腕を組み、更に頷く。
女の集中力が研ぎ澄まされると、妙な事に四階の温度が下がったような気がした。
「何か寒くなってきたな…」
俺の腕に鳥肌が立つ。
「そ、そうですね…何故でしょうか…?」
支配人が両腕をテメェで抱き締めるよう、固めてガタガタと震え出した。
北嶋を見てみる。
「この寒さの中…何であの馬鹿は半袖で仁王立ちできるんだ?」
吐く息すら煙となって見える寒さに、北嶋だけは、普通につっ立っている。
「地獄の最下層に流れる悲嘆の川より…………………………」
女は眉根を寄せ、呪文を呟いている。
「随分詠唱に時間が掛かっているな…集中力も途切れる事もねえ…流石としか言いようがねえな…」
北嶋が亡者を四階に追い込んでいる間、女はずっと詠唱していた。それでもまだ終わらない。
「これは…スゲェ事になるかもな…」
俺は四階に充満している寒さとは別の寒気を感じていた。
「現世に現れよ…………絶望しか与えぬ冷たき氷の監獄…………」
高まる冷気。最終詠唱に入ったようだ。
突如、女が目を見開く。
「氷獄の檻!!!」
注連縄の中の冷気が上昇し、上から氷柱が凄い速さで伸び、床に張り付く。
その氷柱が横に細い氷の縄を張り巡らせた。
氷の檻、だ。見たまんまだと言いたい所だが、亡者共が恐れているような…
しかし、亡者共と一緒に氷の檻に閉じ込められている北嶋だけは全く動じる気配が無い。
あいつ馬鹿だ。
亡者共と共に閉じ込められている霊能者って何だ?
俺がからかってやろうかと思ったその時、氷の檻に
亡者共は煙に触れた瞬間、凍り付き、動きが止まった。
「あれは……もしかしたら氷地獄か!?」
ド胆を抜かれたとはこの事だ。
女は地獄の第九層の氷地獄の一部を現世に喚んだのだ!!
亡者共は現世に居ながら、地獄で最も過酷な裁きを受ける場所の一つ、氷地獄に堕とされたのだ!!
だがそれは別の意味でも俺を焦らせる事になる。
「北嶋ぁ!早く逃げろ!氷地獄に取り込まれるぞ!」
地獄に生きながら入っている事になる北嶋。あのままじゃ身体も精神も崩壊してしまう!!
「騒ぐなっつーの。神崎、閉じ込めたか?」
北嶋が氷の檻をスーッと通り抜け、注連縄を跨いで俺の所に歩いて来たじゃねえか!!
「テメェはあああ!?何でも有りかよ!!」
流石に突っ込まずにはいられなかった!!女の術のもド胆を抜かれたが、この馬鹿には抜かれっぱなしだった。
「ん?ああ、氷の監獄の事か?俺は見えないから関係ないだろ」
この馬鹿は、見えないから氷の監獄に閉じ込められる訳が無いし、感じないから寒い訳が無いって言うのか!!
大村ですら、寒さを感じて震えていると言うのに!!
霊能者を名乗りながらも氷地獄のプレッシャーを感じていないって言うのか!!
「何ボーっとしてんだよ?神崎、終わった?」
女は未だに目を見開き、詠唱している。
氷の監獄が徐々に縮まり、凍った亡者共と共に収縮されていく…
やがて完全に現世から無くなった氷の監獄。
女は腕で額の汗を拭い、疲労感を露わにして言った。
「終わったよ……流石に疲れたよ……」
無理も無えとは思う。現世に地獄を喚ぶなど、相当な労力だから。
そんな疲労困憊の女に向かって北嶋はシュタッと右手を上げた。
「了解!次は外で徘徊している幽霊だな」
「はぁい…でも、少しだけ休ませて…」
「少し休んでいろよ。あっちは葛西にまた視て貰うからさ」
……視えない北嶋は、また俺の目を使うようだ。
北嶋は俺と大村を連れて外に出た。相変わらず海から亡者が現れて、ホテルに入ろうと徘徊している。
「北嶋の塞いだ穴を、またこじ開けようとしていやがる…」
地下大浴場の壁に当たる場所に群がり、引っ掻く亡者…
しかし、北嶋の塞いだ穴は簡単には開きそうもない。
何故から解らないが、亡者共はここからはホテルには入る事が出来なくなっていたようだ。
「葛西、暇だろ?ちょっと手伝え」
俺をアシスタントの如く使う北嶋にムッとする。
「テメェ!!俺はテメェのトコの社員じゃねぇぞ!!」
詰め寄る俺をヒョイと避け、先程従業員に外に運ばせた荷物を広げる。
「これをホテル脇のフェンスに取り付けて行くんだ。幸いフェンスは丘の神社付近まで張っているしな」
北嶋が俺達に見せたのは、道路工事で使うような、バリケードに取り付けて夜に光る、矢印タイプの安全標識。
「……何すんだこんなモン?」
俺達はかなり不可解になり、北嶋に訊ねる。
「幽霊も標識があれば迷わないだろ」
俺達は眉根を寄せる。北嶋の言っている意味がさっぱり解らねえからだ。
北嶋は海からホテル脇のフェンスまで杭を打ち付ける。そして矢印タイプの安全標識を取り付けた。
それをフェンスにも取り付ける。
フェンスが終わると、今度は神社まで杭を打ち付け、安全標識を取り付けた。
かなり興味があったので、俺も嫌々ながら手伝った。
「海から丘の神社まで矢印が付いたな……」
凄い嫌な予感がする……
俺達が安全標識設置の際に草や土を踏みつけたので、ちょっとした獣道のようになっていた。
北嶋は再び刀を呼び寄せ、それを今度は抜刀した。
「うっ………!!」
あまりの神気に思わずたじろぐ俺。大村は、その場にへたり込んでしまった。
「葛西、ちゃんと通っているか教えてくれ」
「通っている?何がだ?」
俺の質問を無視し、北嶋が誘導員のように、刀を振る。
「まさかテメェ…本気で誘導していやがるのか?」
祟り神により、地獄の穴から喚ばれて現世に来ている亡者共が、こんな馬鹿げた人間のルールに乗っ取り行動する訳がない。
今度ばかりは北嶋はマヌケを晒したのだ。
「と、通っている!?」
大村は腰を抜かさんばかりに驚いた!
「ば、馬鹿な!!祟り神の支配下にある亡者共が!!何故!?」
俺は信じられない珍現象を目の当たりにし、北嶋に訪ねた。
「何故神社に向かう!?」
北嶋はだるそうに刀を振りながら言い切った。
「あ~?幽霊は地獄から来たんだろー?ならばちゃんと成仏したいに決まっているだろ。解りやすく道標を設けたしな」
そ、そうか…確かに亡者共は地獄で罰を受けている者達だ。
救いを求めて神社に向かっているって訳か…
ならば、と俺は再び北嶋に訪ねる。
「祟り神の支配から逃れて、何故テメェの言う事を聞く!?」
北嶋は何を今更と言い、それに続けた。
「俺の方が強いからだろ」
シンプルな返答!!それでいて、全く疑っていない自分の力量!!
こんな自信過剰の馬鹿は未だかつて見た事は無ぇ!!
「テメェが自信過剰なのは結構だが、いずれ道標は電池が無くなり消えるぜ!!テメェも一生ここに留まる訳にもいかねえだろ!!」
そうだ。今はいい。北嶋が去り、道標の電池が無くなった後、祟り神が再びやって来るのは火を見るより明らかだ。
「そ、それに、あの神社は、元々海の中の神様が祀られていたんですよ?」
つまり今はもぬけの殻って事だ。
「このホテルが建設される前までは、あそこで慰霊祭やっていたんだろ?なら、その場には鎮める為の気ってのかな…それが有る筈だ。それに、アンタにも契約した筈だ。ここに神主を呼ぶとな」
成程、慰霊祭の残り香を救いとし、神主を呼び、再び慰霊祭を毎年行うって事か。
まぁ、地元の祭りになりそうだが。
「ってかアンタ、北嶋とそんな約束をしたのか?」
「は、はい…あの契約書には、氏家と相談しながら神主を呼ぶのを明記していました…」
元々あまり良い土地柄じゃないようだし、北嶋の判断は間違いじゃないとも言える。
「祟り神はどうする!?」
テメェの方が強いと言った所で、祟り神を何とかしないと全て無意味だ。
「そうだな。そろそろ最後の締めと行こうか」
北嶋が刀を振る手を止める。
そこに休憩を終えた女も合流した。
女は面食らった俺と大村を交互に見ながら満足そうに微笑んだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
休憩を終えた私が駆け付けた時、葛西と支配人の大村氏が鳩に豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
私は愉快になる。
北嶋さんの常軌を脱した行動、しかも確実に効果があった出来事に、頭が全く付いていっていないのだ。
素人の大村氏は、除霊と言う行為を話で聞いた程度だろうから、こんな事もあるのか、程度に受け止めているだろうが、葛西は違う。
ちゃんと修行をし、数々の修羅場をくぐり抜けて、今の葛西がある。
それを根本的に否定されているような気分になっている筈だ。
「どう?北嶋さんは?」
上には上がいる。昨晩あなたにそう告げた私の言葉の意味が理解できたでしょう?
含みを持った言葉を葛西に投げかける。
「確かに…あんなのは知らねぇ…大したもんだ、北嶋は」
私は満足し、頷こうとした。
「だが、俺より上かと言われたら、そうじゃねえ」
頷くのをやめて葛西を睨む。
「そんな怖いツラするな。やってみなきゃ北嶋の強さが解らない、って意味さ…」
葛西が本当に嬉しそうに笑った。
何か嫌な予感がするが…。
「神崎、始めるぞ」
北嶋さんが私を呼ぶ。
それに反応し、ゆっくり頷く。
「御神体を引き上げるのか?船やウェットスーツはどうした?」
確かに北嶋さんは、そんな物は段取りをしていない。
「馬鹿だなお前は、暑苦しいだけか?海神に海中で争ったら向こうに分があるじゃねーかよ」
葛西がムッとする表情だ。
「馬鹿はテメェだ!!海ん中入らないで、どうやって引き上げる!?」
確かに、そこは葛西に同意だ。
支配人の大村氏も、ただ頷いている。
「だからお前如きの常識で、この北嶋 勇を測るなって言うんだ」
北嶋さんは皇刀草薙を上段に構えた。
「きゃ!!」
「なっ!?」
神気が溢れ返り、その場に立つのもやっと…大村氏は、腰が抜けたのか、地べたにへたり込み、微かに身体を震わせていた。
「全てを斬ると言うこの刀…海を斬る事なんか、大した事じゃない」
「まさかテメェ…!!出来る訳ねぇだろ!!」
葛西や私の脳裏に浮かんだ出来事…かつて、大昔に聖者が行った奇跡…
北嶋さんがそれを再現すると言うのだろうか!?
私はただ、見守るだけだ!!手を握って拳を作り、興奮を抑えて見守るだけ!!
「神体は斬るなよ!!」
上段から一気に振り下ろす!!
「うわあああああ!!何て野郎だテメェ!!」
「はあああああ!?有り得ないでしょうコレはあぁあ!?」
葛西と大村氏共に目玉が飛び出さんばかりに仰天している!!
「モーゼみたい…」
私はやっと、この言葉を吐き出せた。
草薙は見事に海を真っ二つにし、海神への道を作った……いや、創ったのだ。
「これなら濡れないし、海神のテリトリー外だろ」
北嶋さんが草薙を鞘に収める。
「テメェは何でも有りかよ馬鹿野郎!!エジプトから逃げたモーゼと同じ真似しやがって!!」
モーゼは、神から「ヘブライの民を解放せよ」という啓示を受けた聖人。
ヘブライの民を救うためにエジプトに戻ったモーゼはラムセスに奴隷解放を願うが、当然ながら受け入れられなかった。
モーゼはエジプトを滅ぼす為の10の災いを引き起こし、10番目の災いで、長男とエジプト中の男の子を失ったラムセスはついに奴隷の解放を認めた。
約束の地を目指したモーゼとヘブライの民を、ラムセスは軍を率いて追いかけ、紅海に追い詰めた。
だが、モーゼが神に祈ると、海が割れて道が現れ、ヘブライ人だけが海を渡って逃れる事ができた。
これがモーゼの奇跡の一つである。
映像化された海を割るシーンは、モーゼの物語の最大の見所であるが、実在は規模が小さかったようだが、確かにモーゼは祈りにより海を割ったのだ。
「なんでテメェが海を割れる!?いや、斬れる!?」
私も斬れるとは思わなかった。
いや、思っていたけど、心のどこかでは否定していた。
私は忘れていたのだ。
北嶋さんは単純なのだ。
草薙は望む物は全て斬る。
師匠にそう聞いた北嶋さんは、師匠の言葉を全く疑わなかっただけなのだ。
「心の力、か……」
人間には、時として奇跡と呼べる事態が発生する。
ガンに侵された人が、ガンを潰す想像を毎日毎日行い、いつしかガンが本当に潰れ、消え去った事とか、増え続ける白血病を想像したミサイルで一つ一つ倒して行ったら、本当に白血病が正常値に戻ったとか。
信じる心は肉体にも絶大な影響を及ぼし、それを奇跡とし、皆驚くのだ。
「北嶋さん、何故全く疑わなかったの?」
「出来た方が楽だから」
私の質問に全く有り難みの無い、自堕落な返答をしてきた。
なんなのこの人…適当過ぎでしょ!!
「俺は認めねぇぞ!!こんな馬鹿げた事はぁ!!」
葛西が狂ったように否定するも、目の前の現実は変わらない。
「お前うるせーなぁ。どうでもいいから、見たいなら来いっての」
北嶋さんは斬った海の底を『歩いた』。私も慌てて続く。
「お、アワビ発見!!後で焼いて食おうぜ!!」
北嶋さんは海の底にいる筈の海の幸を歩いて発見し、喜んで捕っている。
「信じられない…海が壁のように…」
私の両横に、海の断面がある。触れると、その壁は確かに海の水…
「いつまで保つか解らないから、あんま道草食ってる場合じゃないか」
海の幸を捕りながら歩いていた北嶋さんが、スピードを上げた。
「ま、待て北嶋…!!」
葛西も後をついて来た。ボコボコの海底だったその場所に躓き、転ぶ。
「痛てぇ!!ウニが刺さった!!」
「遊んでんなよ葛西。着いたぜ」
海底10メートル付近の天然の祠がそこに在った。
祀られている海神の像の目が、怒りで吊り上がっているように見える。
「よう海神…いや、祟り神だったか?まぁ、どっちでもいいや。会いたかったぜ」
北嶋さんは海神の像のすぐ前に行き、やけに爽やかに笑った…!!
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