第20話―王都と動かぬ近衛
釘様ことスパイクのおかげで、酒場はある程度の落ち着きを取り戻した。
ヴァグランツァ国王達が席に着くと、ピョン種族のメイド、メイアが全員にワインを配っていく。珍しく失敗せずに全員に配膳した。
こっそり店にワインを注文していたのなら有能なのだろうが、実はスパイクが手早くアホウドリ亭の主人に指示していたのだ。さすが貴族である。
もちろん配膳する前に近衛が魔法の道具を使って毒のチェックは済ませてある。
「僭越ながらボクが乾杯の音頭を取らせていただきますね。我らが敬いし賢王に!」
酒場のあちこちで慌ててスパイクの真似をして客達が酒の杯を掲げる。国王達の分だけで無く、酒場の人間に好きな物を奢ったのだ。
だが、これは客達に取ってはありがた迷惑で、余計に逃げられなくなる足かせとなってしまった。奢られた手前、参加して良いのかわからなかったが、おそるおそる乾杯したのだ。
肝心の国王は特に気にする様子も無く軽く頷くと一口酒に口を付けた。
「……場末の酒場にしては良い酒を用意してあるな」
「この酒場は客の要望にすぐに応えてくれますからね」
「ふむ」
国王が顎髭を撫でる。スパイクがシャルロットに自己紹介を終えたタイミングでサイゾーがテーブルにやってきた。
「お待たせっす」
不機嫌さを隠さずにやってきたサイゾーは空いていたキシリッシュの横に座る。国王の許可も無く席に着いたサイゾーに近衛の二人が身を動かしたが、国王にそれとなく止められた。
「それで、相談って何すかね?」
メモ帳とバインダーを開きながら万年筆を取り出すサイゾーに、シャルロットは口をへの字にした。
「おいサイゾー。そのしゃべり方はなんなのじゃ!」
「……へ?」
「この間のしゃべり方とは全然違うのじゃ! いつも通り話すのじゃ! なんだか馬鹿にされているようなのじゃ!」
手足をじたばたと文句を言うシャルロットを見て、サイゾーは片眉を上げた。実際若干皮肉を込めたしゃべりだったので、彼女の感想は的外れでは無かった。
「……と、ご息女はおっしゃられてますが、いかがいたしますかね?」
サイゾーは嫌みったらしく国王に尋ねる。酒場中の人間がはらはらとそのやり取りを見つめている。きっと彼らの寿命は三年は縮まっている事だろう。
「いつも通りというのはどういうしゃべり方なのだ?」
「普通のタメ口っすよ」
「ふむ……」
国王は顎髭を撫でながら愛娘に視線を投げた。どうやら彼女は本気で怒っているらしい。
「くくく……良かろう。特別に許可する。いつも通り話してみるが良い」
「不敬罪とかで殺されないっすよね?」
「あれは慣習的に残っているだけの法だ。我が許す」
背後の近衛が身体をぴくりと反応させたが、それ以上は何も行動に移さなかった。だがその表情と視線で人を殺せるようだった。
サイゾーはその視線に気がつき、ニヤリと笑みを返した。近衛の表情が少し和らいだ。
「んじゃ、遠慮無くタメでいかせてもらうぜ?」
近衛の表情が沸騰したが、微動だにしないのだからたいしたものだ。
サイゾーはくつくつと笑いながら、不遜とも思える態度で続ける。
「で?
ひいいいい! と酒場中が青ざめるが、当の国王は近衛達にも滅多に見せない楽しげな笑みを浮かべた。
「大胆な男だな。理由はいくつもあるが、まず
国王が指を差したのは、サイゾーが手にしていた万年筆だった。
サイゾーは片眉を吊り上げながら、手のペンを見た。
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