第19話―王都と釘様
サイゾーが新規客とやりとりをしている間、国王は酒場を見回した。
「皆、顔を上げてかまわん。普段通りにするとよい」
国王の言葉に皆が顔だけは上げたが、立ち上がって良いものか悩んでいると、見知った顔を見つけて縋るように見つめた。残念騎士リッシュへ。
キシリッシュは酒場中の人間に注目されている事に気づいてギョッとする。しばらくその意味に気がつかなかったが、皆がキシリッシュと国王を交互に視線を動かすのを見てようやく理解する。
さすがに国王に直接聞く訳にもいかず、王の近衛騎士にそっと尋ねた。
「あの、皆が本当に顔を上げて良いのか困っているようなのですが……」
「本音を言えばこのままでいて欲しいのだが……どうやら陛下は本気のようだ。お前はここの人間達に面識がありそうだから、伝えて良い」
「わかりました」
了解はしたが先輩騎士を差し置いて宣言して良いものか悩んで助けの目線を送るが、苦笑で返された。
「ううう……皆の者! 陛下がお許しになった! 失礼の無い程度にいつも通り振る舞うが良い!」
騎士らしく胸を張って宣言したは良いが、これで正しかったのか不安になる。だが先輩近衛騎士達は特に何も言わずに国王の左右に立った。
「さて、我々はどこに座るか」
国王がぼそりと呟くが、この時間空いている席など存在しない。ましてやこれだけの人数が座れるテーブルはいつも満席である。
もちろんそこにいる庶民達は、一言席を譲れと言われれば喜んで譲る気なのだが、彼らからどうぞと言う勇気のある人間はいない。
またしても硬直状態が生まれようとしていた時、救世主は優雅に立ち上がった。
「陛下。お久しぶりです。良ければこちらのテーブルに来ませんか?」
華麗な礼で挨拶を紡いだのは、時々この酒場に現れるぼんぼん子爵家の長男、スパイク・ボードウェル21歳であった。
彼が座っていたのは掲示板前の一番大きなテーブルで、いわゆる一等地である。すでに退会したスパイクがどうしてこんな席に座っているかというと、仲良くなった(と本人は思っている)ダメンズ達と話すためだ。
どういう訳かこの
ちなみに理由はというと、現在彼が懸想している人物は女性専用の酒場で働いているため、この時間会いたくても会えないのだ。
その気分転換に掲示板で一喜一憂する人間を観察するのが最近の彼の趣味である。
「貴殿は……たしかボードウェルの嫡男だったな」
「はい。覚えていていただきありがたく思います。席は全員分はありませんが、半分ほどは座れるかと……」
「ちょっ!? 待て待て! 俺たちゃここで失礼するぜ!」
「う……うん。なんでこの状況で残ると思えるのか不思議だ……」
「しっ! 失礼する!」
同席していた人間が次々と転がるように酒場から逃げ出していった。ある意味で彼らは幸せ者だったのかも知れない。他の人間は残るのも逃げるのも失礼かもしれないと動けなかったのだから。
「陛下。彼らが席を譲ってくれましたよ。隣に座る栄誉をいただいても?」
「うむ。許そう」
「ありがたき幸せ」
スパイクが隣の席を引くと、国王はどっしりと座った。さらに隣の席を引き、スパイクは王女シャルロットに座るよう促した。
「うむ。座ってやるのじゃ」
「光栄にございます」
スパイクは目のくらむような笑みで一礼して自らの席に戻った。
「キシリッシュ! お主は妾の横に座るのじゃ!」
「しかし……護衛は……」
もちろん先輩騎士達は陛下の後ろで微動だにせず屹立している。
「かまわんのじゃ! 座るのじゃ」
「は、はっ」
先輩騎士の顔色を窺いつつもキシリッシュは指定された席に着いた。
そうしてようやく酒場はある程度落ち着きを取り戻した。
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