第16話―王都とヴァグランツァ


 天を突くような巨大な尖塔と、重厚にして荘厳な城壁。


 切り出した大量の石を隙間無く積み上げて出来た人口の岩山。人の手で作り出したとは思えない巨大な王城の一角にその部屋はあった。


 ガルドラゴン王国王城の執務室で仕事をしていたのは、この国の国王ヴァグランツァ・ガルドラゴン・ウォルポール52歳である。


 最近、処理しなければならない仕事が増えて、自室では無くわざわざ執務室で仕事をするようになった。職員達は目に見えて緊張しているが、構っている暇は無い。この国を左右する案件が山積みなのだ。


 帝国との戦争が終わってから経済規模は肥大化したが、それに伴って急激な人口増加がおき、それに付随する幾多の社会問題が続けて起きる。


 ヴァグランツァ国王は今日も頭を抱えながら、万年筆・・・を走らせていた。


 この国の執務室は国王専用のものと、官僚が作業する二つの執務室があるのだが、今国王がいるのは後者だ。本来国王がこちらで仕事をする事は無いのだが、ヴァグランツァは情報の取捨を官僚に一任するのを嫌って、最近はこちらで作業している。


 さすがの官僚達も目の前で国王が仕事をしているので、細かい情報も上げざるをえない。


 まだ慣れていない官僚が時々緊張で書類をひっくり返すのも、もはやこの部屋の風物詩と化していた。


 床にばらばらに散らばる書類を見てため息を吐く国王。官僚が平謝りするのを片手で許して拾わせる。


 そこに入り口を派手に鳴らして誰かが乱入してきた。そんな事をする人物はたった一人なので、国王は重いため息を吐いた。


「シャルロット……」


 今まで上の兄や姉を厳しく育ててしまった反省で、シャルロットはかなり自由に育てるようしていたのだが、奔放なだけではなくワガママに育ってしまい頭を抱える要因の一つになってしまった。こんな性格なので今のところ結婚相手が決まらない。


 もちろん申し込み自体は色々なルートから上がっては来るのだが、とても現状のシャルロットを出す訳にはいかない。相手の迷惑になる事がハッキリしているからだ。


「この部屋には来るなと何度も……」


 いつものように注意しようとするが、今日のシャルロットは表情がどこか違った。


「父上! これを見るのじゃ!」


 国王の言葉を無視してずかずかと一番立派な机の上に、青色の見慣れる物を叩きつけるように置いた。


「……なんだこれは?」


「バインダーなのじゃ! 便利なのじゃ!」


 ヴァグランツァは聞いた事の無い品物に顎髭を撫でた。このシャルロット自由奔放に生きている分、発想が自由でたまにだが国益につながる意見を述べる事がある。ごくたまにだが。


 最近では彼女が着ているゴスロリ系の新しい服装が庶民や貴族に流行り、新しい産業が生まれたと聞く。その経済効果は決して馬鹿に出来ない物だった。


 もっともシャルロットは自分にとって面白いものや楽しいものを集めているだけのようなのだが。だがその感性で探してくる物は一見の価値がある。


 ただし、きちんと順番を守って提出してくれればとは思う。


 ヴァグランツァ国王は苦笑した。


「シャルロット。説明をしなさい」


「うむなのじゃ。これは……ちょうどいいのじゃ、その書類を貸すのじゃ」


「え!?」


 シャルロットが走り寄ってきた突風で再びまき散らされた書類をかき集めていた官僚が声を上げる。


「キシリッシュ!」


「はっ」


 シャルロットの一歩後ろで頭を下げていた銀色装束の近衛騎士であるキシリッシュが顔を上げた。そして国王と視線が合い、覿面に緊張する。


 それを悟った国王が、視線で続けるように指示した。


「そ……それでは」


 キシリッシュは一礼した。

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