第17話―王都と告げ口


 官僚から奪い取った書類をシャルロットから受け取ると、キシリッシュは書類が端まで文字が書かれていない事を確認する。


「20枚程度の書類を綺麗に重ねます。一番上の書類を二つ折りにして、ちょっと印を付けます」


 緊張はしているが始めて自分・・を前にしても堂々と説明している女騎士に感心しながら国王は続きを聞いた。


「この二穴パンチに差し込み、印と印を合わせたら……この様に押し込むと、書類に穴が空きます」


 見れば綺麗な穴が二つ空いている。腕の良い鍛冶が作っているのだろう。


「穴を開けた書類は、バインダーに挟みます。バネ仕掛けで開いてから差し込み、手で閉じます」


「……ほう」


 そこで始めて国王は声を出した。キシリッシュから恭しく差し出されたバインダーをめつすがめつ確認する。


「これは……良いな」


「そうなのじゃ! 便利なのじゃ!」


「シャルロット。これはどこで見つけてきた?」


「冒険者ギルドが生産中なのじゃ! 王家に優先させるよう話してきたのじゃ!」


「ふむ……」


 国王は万年筆・・・を手に取り、刻印されたマークを見る。それは冒険者ギルドのマークであった。バインダーとパンチにも同じマークが刻印されていた。


 おそらくシャルロットが話をせずとも、向こうからそのうち営業には来ただろうが、これを見つけてきたシャルロットの感性は評価するしか無い。


「そうか、シャルロットはサイモスと仲が良かったな」


 国王はガルドラゴン冒険者ギルドのギルドマスターであるサイモス・ランドバーグの濃い顔を思い出した。


「サイモス爺とは良く遊ぶのじゃ。じゃが今回は違うのじゃ。とにかく役に立ったのならお願いを聞いて欲しいのじゃ!」


 国王は無言で続きを促した。


「これを考えた黒髪の男が、妾を馬鹿にするのじゃ! お仕置きをして欲しいのじゃ!」


「……ふむ?」


 ヴァグランツァがキシリッシュに視線を移すと、彼女は無言で首を何度も左右に振った。


「……明日、その男に会いに行こう」


「さすが父上なのじゃ! がつーんと言って欲しいのじゃ! 覚えておるのじゃ! 馬鹿サイゾー!」


「サイゾー」


 国王はぼそりとその名を呟いた。


 ◆


 酒場兼宿屋「海が恋しいアホウドリ亭」は夕方の鐘が鳴り終わると一番の混雑を迎える。経済的に裕福になったガルドラゴン王国では、外食が増え、昔であれば皆が自宅へ一直線に帰宅していた頃とは比べものにならないほど夜営業の店が溢れていた。


 アホウドリ亭はそんな店の中でもこの時間帯の混雑は想像を超えていた。まず本業である宿屋として、この時間に滑り込んでくる商人達。特にアホウドリ亭は大型の馬車置き場を多数揃える宿屋であり、暗くなり始めるこの時間には大勢の商人達が宿泊に来る。


 その宿泊客が食事をするのはもちろんこの宿の一階だ。


 74地区でもずば抜けて広い酒場を持つアホウドリ亭は食事も豊富である。最近はデザートまで揃っていた。


 商人以外には単に食事だけ食べに来る客も増えた。今までの父親だけが働いていた時代と違い、母親や子供達も職に就き、所得が上がっているのだ。


 その分家事に使える時間は少なく、外食が多くなっていた。その様な胃袋を支えるのがこのような食事も出せる酒場であった。


 最近は食事メインのレストランも増え、王都は活気に溢れている。


 そしてアホウドリ亭の混雑はそれでは終わらない。


 日雇いで小銭を握った労働者達が、酒場の一角にたむろっているのだ。


 そこにあるのは冒険者ギルドの依頼を貼る掲示板に似た、巨大な掲示板であった。


 出会い掲示板ファインド・ラブ。


 今日も出会いを求めて幾多の男女が集まるっている。最近ではこの酒場で起こるトラブル見物の為に酒を飲みに来る野次馬も多い。


 つまり今日もアホウドリ亭は大変に賑わっていた。


 すでに酔っ払っている男も多数いる。赤ら顔で新たな客を見て、その客は何度も自分の目を擦った。


(飲み過ぎたらしい……)


 男は酒では無く水を注文した。


 新たな客はガルドラゴン王国の国王に似た顔をしていた。

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