第15話―王都とワガママ姫


 ディーナが半目で冷たく見下ろしてくる理由を痛いほど理解した。前から理解不能の理由でよく怒っていたので、その類いだと思っていたのだが、今回は俺が悪いとサイゾーは視線で謝罪した。


 だがディーナは明後日の方を向いて唇を尖らせるだけだった。


(あとでご機嫌をとっておかにゃ……)


 しばらく暇だからという理由だけでB級冒険者の彼女が安い護衛の仕事などしてくれているのだ。プライドを捨ててでも彼女の機嫌を取っておかなければならない。


 だがそれはそれとして、問題は目の前の事だろう。


「ふむ。もしかして妾の事を知らなかったのかの? 失礼な奴なのじゃ!」


「あー……すまん」


 サイゾーは後ろ頭を搔きながら軽く謝罪した。口調を直さなかったのは今更だと思ったからだ。


「だがまぁ返信の来ない理由はハッキリしたな」


「なんじゃと!? 早く教えるのじゃ!」


「はぁ……いったいどこの馬鹿が自分の国の王女様を口説こうなんて思うんだよ」


 日本なら皇族を口説く様なもんだぞ、恐れ多すぎるわ!


「それだけじゃ無いわよ」


 ディーナが呆れたように口を挟む。


「本物ならもちろんだけど、偽物だとしても近寄れないわよ」


「どういう事だ? ……ってそうか」


「そういう事」


「何なのじゃ? 良くわからんのじゃ!」


「あー、つまり王家の名前を騙る・・人間だとしたら重罪人だ、近づく馬鹿はいない」


「妾は本物なのじゃ!」


 立ち上がって叫ぶシャルロット。サイゾーはちらりとキシリッシュに視線を向けた。彼女は無言で頷いた。間違いないらしい。


「ああわかってる……。ただ姿を見てない人間からしたらその可能性を考えちまうって話なだけだ」


「ふむ……ならばどうすれば良いのじゃ?」


「ニックネームを変更してみる手はあるが……」


 どう考えても実際にその姿を見たら逃げ出すよな。この国の住人なら。


「名を騙るのは関心せんのじゃ。それよりも良い考えがあるのじゃ!」


「聞かせてくれ」


「簡単な事なのじゃ! 妾の書き込みには必ず皆が返信を書かなければならぬと決まりを増やせば良いのじゃ! 簡単なのじゃ!」


 シャルロットはぺたんこの胸を張ってどや顔を見せた。彼女にしては会心のアイディアだったのだろう。だが……。


「そりゃ出来ねぇよ」


 シャルロットはその単語の意味を理解するのに7秒掛かった。


「……なんじゃと!? どうしてなのじゃ!?」


「言ったろ? あんたが何者だろうと、うちの会員は皆平等。等しく扱う。特別扱いはねーよ」


「お主! 妾が王女だと知ったのじゃろ!?」


「ああ。キシリッシュがいるからな。あいつは嘘をつけるようなタマじゃねーし」


 そこでキシリッシュが少しばかり頬を赤くし、ディーナの視線の温度が下がったが、そのどちらにもサイゾーは気がつかなかった。


「わっ妾は王女なのじゃ! とっ特別なのじゃ!」


「あんたは確かに王女だ。うん。間違いない。特別なんだろうよ」


「そうなのじゃ、そうなのじゃ」


 シャルロットは満足そうに頷くが次の言葉で絶句する事になる。


「だがここでは特別じゃ無い。貧乏人だろうが娼婦だろうが王女だろうが国王だろうが、一切差別も特別扱いもねーよ。嫌なら退会してくれ」


「……っ!?」


 シャルロットは目を剥いてサイゾーを見るしか出来なかった。一体こいつは何を言っているのだと。


「きっ貴様! 妾に恥をかかせるつもりなのかの!?」


「そんなつもりは無い。掲示板の規約に則った対応をしているだけだ。王国法違反でも無いはずだ。たしか王族を優遇しなければならないなんて法は無かったよな?」


「そ……そうなのかの?」


 驚いたようにシャルロットはキシリッシュに顔を向けた。


「そうですね……王族の義務と特権という物の中にそのような物は無かったかと。すでに王族に対しての敬礼義務すら廃止されていますから」


 昔は義務があったのかと、むしろサイゾーは驚いた。残っていなくて助かったと内心安堵する。さすがに王国法全てを把握している訳では無い。商売に関するところ以外は、一部を斜め読みした程度なのだ。


「それは……そうなのじゃが……!」


「とにかく! ウチではシャルロットさんが王族だとしても特別扱いする気は無い! どうする? 退会するか?」


 それを聞いてコニータが飛び上がって顔を真っ青にしていた。もちろん酒場中の人間が似たり寄ったりの状況ではあったが。


「う……お……」


「お?」


「覚えておるのじゃぁぁぁぁぁ! サイゾーの馬鹿者なのじゃああああああ!」


 半べそをかきながらシャルロットは飛び出していった。慌ててキシリッシュとメイドが追いかける。うさ耳メイドは期待を裏切らず出口で派手にこけて下着を盛大に晒していたが、サイゾーにはどうでも良い事だった。


「覚えていたくねぇなぁ……」


 サイゾーは独りごちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る