第12話―王都と黒い青年


 どす黒い笑顔をサイゾーから向けられて、シャルロットは表情を引き攣らせながら一歩下がった。


お客様・・・。何かご用でしょうか?」


「う……」


 今まで向けられたことの無い迫力のある表情で迫られて思わず言葉を詰まらせるシャルロット。


「掲示板についてアドバイスをお望みでした、職員が対応いたしますので、どうぞそちらにお掛けください」


 サイゾーが開いている席を手のひらで示すと、釣られてシャルロットもその席を見た。


「コニー! このお嬢様のお相手を頼む!」


「ふえええええ!?」


 突然の指名に天上まで飛び上がりそうになるコニータ。ちなみに彼はシャルロットの正体には気づいていない。気づいていたら彼女の初訪問時から問題になっていたはずだ。


「まっ! 待つのじゃサイゾー! これはお主で無ければ進まぬ話なのじゃ!」


「……わかりました。それでは現在お二人のお客様がお待ちですの、その後にお相手いたします。それまで……」


「なんじゃと!? 妾を待たせるというのかの!? 妾はこの国の――」


 そこでシャルロット姫の言葉はピタリと止まった。


 サイゾーがのし掛かるようにシャルロットに近づいたのだ。身長差があるのでほぼ真上から覗き込む形だ。近衛であるキシリッシュがどう対応して良いのかわからず、腰の剣に手を添えて神経を研ぎ澄ませる。


 それを見てディーナも腰のレイピアに手を添えた。


 一触即発の事態である。


「たしかシャルロットさんだったかな?」


 こんな怖い笑顔は初めてだとシャルロットは口の端を引き攣らせた。


「そ……そうなのじゃ……」


「いいかなシャルロットさん。お話があるならちゃんと聞くし、俺がご指命ならそれも承る。だけどな」


 そこでサイゾーはシャルロットと鼻先がくっつきそうなほど顔を近づけた。


 それぞれ背後の二人が腰を落として剣の柄を握る。


「例え貴女が貴族であっても貧乏人であろうと、一切差別はしない。この掲示板において全てのお客様は平等です。おわかりか?」


 とうとうシャルロットは目に涙を溜めながら、何度も頷いた。


 するとサイゾーからオーラが消えて、いつものお客様用の笑顔に戻る。


「それではそちらの席でお待ちください。飲み物は一杯サービスですので、あちらの職員にお申し付けください」


 サイゾーがラブレロの待つテーブルに戻ると、ゴスロリ少女はぺたりとその場にへたり込んだ。


「姫様!」


 キシリッシュとうさ耳メイドのメイアが同時に歩み寄り、メイドだけがコケた。


 掲示板の護衛として酒場に常駐しているエルフの冒険者、ディーナも天井を見ながら長いため息を吐いた。その額は汗でびっしょりである。


「こ……怖かったのじゃ……」


 目尻に涙を浮かべてキシリッシュを見上げる少女。


「とりあえず落ち着きましょう。こちらへ」


 キシリッシュも安堵しながら、先ほど指定されたテーブルに着いて、シャルロットの為に甘い飲み物を頼んだ。


「ラブレロさん待たせて悪かったな。それじゃあ続きなんだが……」


 調子を取り戻していつもの口調に戻ったサイゾーだったが、ラブレロの表情を見て片眉を上げた。


「い……いや! 私は今度でいいから! そ! そうだ! 急用を思い出したから失礼しますね!」


 老け顔のラブレロは顔から大量の脂汗を流しながら立ち上がり、椅子を蹴倒して酒場から逃げ出してしまった。


「……悪いことをしちまったな……。まあいいや、次の……」


 後ろ頭を搔きながら立ち上がり、待っているはずの次のお客を探すが見当たらない。


「サイゾー。さっきの人ならとっくに逃げた……帰ったわよ」


 教えてくれたのはエルフのディーナだ。


「本当か? 待たせすぎたかな……」


「本気で言ってるの?」


「何がだ?」


 どうやら状況を全く理解していないサイゾーにディーナは両手で顔を覆った。


「あのね、あのお方がどなたかわかってるの?」


「ん?」


 ディーナが目で示した先には当然シャルロット達がいた。


「ああすまん、その話は後で聞くわ」


「え!? ちょ、ちょっと!」


 相変わらず予想が全く付かないサイゾーの行動に止めるのが遅れた。機敏にサイゾーは少女の向かいの席に着いた。


「こんな時だけ素早いんだからっ! もうっ!」


 ディーナは頭を抱えるしか出来なかった。

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