第7話―王都とアホウドリ亭の夜
ガルドラゴン王国74区画にある宿屋兼酒場である海が恋しいアホウドリ亭の夜はもっとも賑わう時間である。
食事の客、強行軍で日が落ちてから到着した商人たち、酒を飲みに来る客。そして……。
「二人きりで朝までいられる方を募集します……っと」
モイミール・ヤヴーレクこともっくんは、いつもの文面で今宵のお相手を募集する書き込みを窓口に提出した。どういうわけかこの掲示板では、直接的な表記をすると載せてもらえない。これは女性からの書き込みも同じで、九割方売春の内容だとしても、直接的な表現は一つも無い。
別段王国法に違反しているわけではないのだから、モイミール個人としては問題ないと思うのだが乗せてもらえないのだからしょうがない。おかげで掲示板には独特の歪曲表現が飛び交うようになっていた。
例えばだが、売春を示す言葉で多く使われるフレーズが「朝まで二人っきり」である。
今も女性からの書き込みを見ると、タイトルにそのフレーズが使われているものが多々あるが、モイミールはその中からは選ばない。理由は簡単で、それを書き込んだすべての人間と会ったことがあるからだった。
不思議なことにこの掲示板で遊んでいると、もしかしたらもっと都合の良い女を捕まえられるのではないかと考えるようになってしまうのである。
金を払って遊ぶ女よりも、どうせならタダでやれる女がいいに決まっている。そんなわけで、半分は無駄だと思いつつ、半分はもしかしたらという期待で、今日も募集するのである。
安酒をちびちびとやりながら、これまた一番安い豆のつまみを口の中に放り込みながら、返信メールを待っていると、珍しいことにメールを運ぶ郵便とか呼ばれる部署の女が店内に顔を見せた。いつもは裏口から出入りしているはずだが長年アホウドリ亭に通うモイミールはカモシカのようなしゃぶり付きたくなる脚を持つ女を何度か見た事があった。
いつもは無駄に元気な女だったはずだが、その日の女は妙に精彩が無く、ふらふらとアホウドリ亭に入ってきた。
しばらく見ていると、サイゾーに叱られたりして面白かった。
安酒をあおった後、モイミールは再び掲示板に意識を戻した。
■
ミノリア・クアンタは全ての精力を使い果たし、ようやく本部のあるアホウドリ亭まで戻ってきた。風を取り入れるために空け放れっぱなしの窓から商会長である黒髪の青年が見えた。
ミノリアは思わず青年に声を掛けるべく、裏口では無く表の入口から入ってしまった。
「さ……サイゾー会長……」
どうやら新規の客にアドバイスを求められているらしいサイゾーに思わず声を掛けてしまった。
「すいません、ちょっと別の人間に変わりますね。……コニー! 頼む!」
「はぁい! 親方ぁ!」
サイゾーは笑顔のまま立ち上がったが、ミノリアに向ける笑みには凄みがあった。黒髪の青年サイゾーがミノリアの手首を掴むと酒場の隅に引っ張っていく。
(おいっ! こっちから入るなって何度も言ってあるだろう!? 何ヶ月も勤めてるのに何やってるんだ!?)
ミノリアは顔を青くしながらしどろもどろに答える。
(あの……それなんですが、今日確認した方で……)
サイゾーが片眉を上げる。
(何だ? 規約違反か? それとも乱暴でもされたか?)
(い……いえそう言う問題は無かったんだけど、相手の地位が……)
そこでサイゾーは眉根にしわを寄せた。
(おい。前から言ってるだろ? 規約に違反しない限り、お客様の地位や資産で差別する事は無いって)
(そ……それはそうなんだけど……)
深いため息を吐きながらサイゾーはミノリアの肩に手を置いた。
(いいか、相手は貴族だと思うが気弱になる必要は無い。問題が起きたら冒険者ギルドに協力してもらうし、堂々としてりゃいい。いいか? 俺たちは商売をやってるだけだ。わかるな?)
(り……理屈は……)
(わかればいい。だがもしその貴族の家に行きたくないなら別の人間に届けてもらうよう調整したらどうだ?)
(あの……それなんだけど……シャルロット様が次からも私が届けるように希望しておりゃれまして)
(そうなのか? うーん。そういう特別扱いしたくは無いが、お前が良いなら行ってやれ)
(ええ……はい)
イマイチ要領の得ない返事を返す。
(ま、どんな仕事にも辛い事はある。頑張ってくれ。問題があるならすぐに教えてくれ)
(……はい)
ミノリアが肩を落としてとぼとぼとカウンター裏に消えた。サイゾーはため息を吐いた後、笑顔を戻して先ほどの客の所へと戻っていった。
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