第6話―王都と黒真珠薔薇


 本来であれば通用門を通る事すら身分不相応だというのに、今目の前で開いていくのは紛う事なきガルドラゴン王国王城正門である。王家の人間の出入りを覗けば貴賓でも無い限りは開けることがない。


 ミノリアが通されているのは決してミノリアが通れるような場所では無いのだ。


 半ばべそをかきながら無精髭の兵士の背中に縋るように付いていく。兵士からしても迷惑千万であろう。


 王城と城門の間には馬車が十台は並べそうな石畳のしっかりとした道となっている。これはもちろん有事の際、軍隊が整列する場でもあるからだ。だが戦争を知らないミノリアには、威厳のためだけに存在するとしか思えなかった。


 このまま進めば王城である。ミノリアの緊張はピークに達していた。


(お腹痛い!)


 普段やんちゃな彼女からは想像出来ぬ顔色の悪さと固い表情。それを見れば以下にこの状況が異常な状況なのかを理解出来るだろう。だが残念な事にそれを解決してくれる人物はいなかった。


 王城が見上げるほどに近づいて、ミノリアの胃にどでかい穴が空こうとしたときだった、無精髭の兵士が直角に曲がる。見れば進む方向に細い道が見える。


 細いと言っても馬車の三台は楽に並べそうではあるが、すでにミノリアの感覚は麻痺していた。


 その道は特に両側に花が植えられ一際絢爛な様相であった。


 花々に彩られる美しい庭園や花壇にミノリアは少しほっとする。男勝りではあってもやっぱり女性だ。花を見て喜ばない訳は無かった。


「綺麗……」


 ガルドラゴン王国は植生も豊かではあるが、この一角は常識を逸する種類の花々で飾られている。世界中の花々が集められているのかも知れない。


 歩いているとまた兵士が直角に曲がる。さらに細い道……馬車二台分ほどの幅になる。その道も同じように花が植えられているのだが、曲がり角からずっと薔薇で埋め尽くされていた。


 見たことの無い色の薔薇、見たことの無い花弁の薔薇、そして行き止まりの館の周りには黒い薔薇が囲むように植えられていた。


 ミノリアは手にした手紙の住所を思い出す。「黒真珠薔薇館」きっとこの薔薇が黒真珠という品種なのだろう。


 よく見ると黒薔薇は真っ黒なのでは無く、限りなく黒に近い赤色なのだ。ディープレッドと言い換えても良いかもしれない。


 その深い色合いに、ほうとため息をつくミノリアだった。


 美しさと貴賓を兼ね備えた、まさにガルドラゴン王家に相応しい薔薇だと思った。


「ここが黒真珠薔薇館になる。おそらくシャルロット様は……お会いになられると思う。くれぐれも粗相の無いようにな」


「え!? 付いてきてくれないんですか!?」


「……この館は男子禁制なんだ。男が行けるのは門の前まで。そこからは中の人間が案内してくれるだろう」


「しっ! してくれなかったらどうするのよ!?」


 完全にテンパっているミノリア。無理も無い……。


「い、いや、大丈夫だ必ずしてくれる」


「今『だろう』って言った!」


「それは言葉のあやというやつで……困ったな」


「ダメだったらどうするんですか!」


 黒真珠薔薇館の前で無意味な問答を始めた二人の前に、館の中から一人の騎士が出てきた。銀色に映えるその鎧は姫殿下の近衛の物だ。


「何を騒いで……! ん? 貴女は郵便殿ではないか」


「え? ……キシリッシュ様!? え? なんで!?」


「自宅にいない理由であれば、私がシャルロット様の近衛になったからだが……わざわざ私のメールを持ってきてくれたのか?」


「い、いえ! 今日は! シャルロット様に手紙をお持ちしました! こちらです!」


 ミノリアは額が地面につくほど頭を下げて、肩が抜けるほど思いっきり手紙をキシリッシュに突き出した。


「待て、もしかしてそれは掲示板の確認用手紙では無いのか?」


 さすが現役出会い掲示板メンバーである。キシリッシュは一発でそれが何かを理解した。そして頭を抱えた。


「嫌な予感はしていたが……まさか本当に登録してしまうとは……」


 顔全体を覆うように額を押さえて天を仰ぐ残念姫騎士リッシュであった。


「おお! 届いたんじゃの!?」


 メイドの制止を振り切って玄関から飛び出して来たのは、フリフリドレスの見た目ロリで成人済みのシャルロット・ガルドラゴン・ウォルポール第三公女14歳であった。


 ミノリアは今すぐ全力で逃げ出したかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る