第五章【ガルドラゴン王国】

第1話―王都と豪雨


 その日は土砂降りの雨の日で、珍しく客の少ない日だった。さすがにこんな日は即日の待ち合わせなど期待出来ないので、常連すらほとんどいない。むしろ新規の客がまばらにいる程度で、各々は貸し出しブースに引っ込んで頭を悩ませているところだ。


 つまりアホウドリ亭の酒場は久しぶりに閑古鳥が鳴いていることになる。


 さらにいつも護衛として酒場にいるディーナも、今日は別の予定があるらしく、今日はサイゾーとほとんど面識の無いE級冒険者が隅っこで度数の低い酒をチビチビとやっていた。


「暇だな」


 黒髪の青年のもとに、飲み物を片手にやってきたのはアホウドリ亭の主人、モリアーノ・ビゴットだ。青年は当たり前のように飲み物を受け取ると、お礼も言わずに一口啜った。


「こういう日もあるんだなぁ」


 サイゾーは酒場を見渡してそう言った。広い酒場はほぼ空っぽだった。


「俺としちゃあ、昼はこのくらいのんびりでも構わないんだがな」


「なんだそりゃ? 儲けさせてやってるだろ?」


「わはは! それは感謝してるが、たまにはこういうまったりした空気も懐かしい!」


「せっかくだから休んだらどうだ? ずっと出ずっぱりだろ?」


「個人経営の店なんてそんなものだが……息子もいるしそれも悪くないな」


「コニーの小遣い稼ぎになるから、給仕はやらせておけばいい」


「ふむ……」


 モリアーノはしばし黙考する。


「どうせこの雨だしなぁ……たまにはかみさんと一緒に話題のレストランにでもいって、味を盗んでくるか……」


「結局仕事かよ……」


「わはは! お前と一緒で職業病なんだよ! わはははははは!」


「言ってろ」


「んじゃあ厨房は息子二人に任せて、ちと出掛けてくるかな」


「おう、行ってこい行ってこい……コニー! 給仕の方手伝ってくれ!」


「ふあーい! 親方〜!」


 書類仕事をしていたコニータ・マドカンスキーが立ち上がる。サイゾーはいつものように「親方じゃねぇっつの」と呟いた。


 分厚いローブに身を包んだおやっさんとおかみさんが出てきて、挨拶したあと二人で出て行った。


「ボク、こんな静かなアホウドリ亭初めてですよ」


「俺もだ……コニー、こういう暇なときはどうすれば良いと思う?」


「え? 客がいないんだから、何も出来ないじゃ無いですか」


「その考え方じゃダメだ。客がいなくても笑顔を絶やすな」


「ええ? それって気持ち悪くないですか?」


「いいか、客ってのは俺たちが思ってる以上に店員を見てる。それが店にいないときでもだ。明かり取りの窓から、入り口から。通り過ぎる瞬間、ちらりと覗くんだ。お前も気になる店の前を歩くとき、つい視線がいくだろ?」


「うーん、言われてみるとそうですねぇ」


「想像して見ろ。そこで客がいないからと、椅子に座ってサボっている店員しかいない店と、笑顔でせっせと働いている店を」


「……うまく想像出来ません」


「想像力は大事だぞ、練習で鍛えられるから常に考えろ。それで今お前は何をやるべきだ?」


「ううん? えっと……笑顔?」


「阿呆、笑顔は客がいなくても絶やすなって言ってるだけだ。客がいなければ、掃除をするんだ」


「……綺麗ですけど?」


「そこがミソだ。綺麗だからやらない。じゃないんだ。どこかで見ている客の為に、ひたすら掃除するんだ」


「……意味あるんですかそれ?」


「ある」


「……断言しましたね……」


 ややげんなりとした表情を浮かべるコニータ。こっちの世界の人間は隙あらばサボろうとするので、性根から鍛え直さなければならない。サイゾーはギルド時代からの経験でその辺は良くわかっていた。


「俺が嘘をついたことがあるか?」


「嘘は……無いと思います……ただ」


「ただ?」


「親方の話は理解出来ないことの方がおおいんですよぅ」


 泣きそうな面で答えるコニータに、サイゾーは苦笑した。


「まぁ、信じてもらうしか無いな。……ほれ、笑顔で掃除掃除!」


「ふえええぇ……」


 引き攣った笑いで掃除を始めるコニータ。理解出来るまでは時間がかかるだろうなぁと、苦笑するサイゾーであった。

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