第23話―夢の中へ
サイゾーはなぜか女性二人に攻めらていた。いや、理由はハッキリしているのだが肝心のサイゾーには嫌みすら通じない有様であった。
「私にも二人の言っていることは良くわからないが、このまま二人で親睦を深めたらどうだろう? 邪魔にならないように私はサイゾーと一緒に別の店で……」
「「却下です!!」」
「……だ、ダメなのか?」
「当たり前でしょう?! そもそも私がサイゾーと出かける予定だったんだから!」
「ああ、そういえばそう言っていたな。それでエルフよ二人でどこに行こうとしていたのだ?」
「……え?」
途端に酒場中の野次馬の耳がディーナに向いた。
「どこって……その……お茶をするか、ちょっと飲むか……」
「なるほど、ではここで良いでは無いか。今日は私が奢ろう」
「お? 良いのか?」
「うむ。ここの酒は意外と美味いしな」
「おやっさん、速攻で高い酒も仕入れるようになったからなぁ」
「そうなのか?」
「まぁ……時々貴族も来たりするしな……」
「サイゾー! それは言わない約束だろう?!」
「「「「え?」」」」
恨むような口調と共に表れたのは、噂の貴族、釘様ことスパイク・ボードウェルその人であった。
「ん? 貴殿はボードウェルのご子息ではないか」
「え? 貴女は確かソード家の?」
「二人は知り合いだったのか?」
「あー……」
スパイクはバツが悪そうに頭の後ろを搔いた。
「一度お見合いをしたことがありまして……だいぶ昔の話ですが……」
「昔って、スパイクはまだ21だったよな?」
「貴族の見合いで十代前半なんていうのは普通ですからね」
「なるほど、その時はどうしたんだ?」
「いえ、まだ恋愛とかは良くわからなかったので、お断りさせていただきました。ソード家も上官の紹介で仕方なくといっていましたから」
「まぁ、間違いでは無いな。私自身、見合いはほとんどしたことが無い」
「そうなのか? 騎士の家ってのは見合いとか多そうなイメージだが」
「姉は多かったな。家のためにもっとも良い条件の相手を選んだので、自由にさせていただいているこの身は少々肩身が狭い」
「その辺は気にしないでいいんじゃねーの? 親は自由にやれって言ってるんだろ?」
「まぁ、そうだな」
「はぁ……なんでこんな事に……」
話がひたすら逸れていく状況に、金髪エルフは頭を抱えた。
「ところで君たちは何をしているんだね?」
「ああ、キシリッシュが近衛騎士になったとかで、軽いお祝いかな」
「それはおめでたい! 私も参加させてもらおう! 店主! 一番良い酒と、美味い肴を頼む!」
別の客に給仕をしていたモリアーノが「あいよー」と返答した。その顔は少々にやついていた。
「ああああああ……」
サイゾーたちの許可も得ずに勝手に注文をすると、当たり前のようにサイゾーの横に着座した。それを見てさらに頭を抱えるディーナだった。
「それはめでたいな。私たちも参加させてもらえないか?」
新たに現れたのは、定期的にこの店を見回るようになったマッシュ・レリックと、その妻であるエリーゼ・レリックの二人であった。二人はこの掲示板で出会った結婚第一号カップルでもある。
「よおマッシュさん、今日は鎧じゃないんだな」
マッシュは74地区の警備兵であり、普段は支給された鎧で巡察して回っている。だが今日はごく普通の私服だった。
「今日は非番だからな。それよりついでに私たちの事も祝ってくれないか?」
「何かあったのか?」
「ああ、実は……」
マッシュが促すとえりか……ではなくエリーゼが一歩前に出た。どこか顔が赤いような気がする。
「お久しぶりですサイゾーさん」
「ああ、元気にやってるか?」
「はい。とても幸せです。孤児院の方もマッシュのおかげで新たなスポンサーも見つかりました」
「それは良かった。それで? 何があったんだ?」
「鈍いわね、本当に」
「全くです。会長は出会い掲示板の経営者に向いてないんじゃないですか?」
「ええ?! それはさすがに酷くねぇか?!」
ディーナとマルティナの二人はしてやったりとクスクスと笑う。
「おめでとう、えりかさん……じゃなくてエリーゼさん」
「おめでとうございます」
「はい。ありがとうございます」
「え? え?」
笑顔で祝いの言葉を贈る二人と、笑顔で答えるエリーゼに疑問符を浮かべまくるサイゾーであった。
「良ければ私にもそちらのお方を紹介してもらえないかな? マッシュ殿とは何度か顔を合わせたことがあるのだが……」
「ああ、そういえばキシリッシュ様とは初顔合わせでしたね、私の妻のエリーゼです」
「おお! ここで初めて結婚したという! お初にお目に掛かる、私は王国近衛騎士団キシリッシュ・ソードと申す。以後お見知りおきを」
「初めまして騎士様。いつも主人がお世話になっております。私はエリーゼと申します」
「ああ、それで、申し訳無いのだが私はあの二人のように察しが良い方では無いのだ。良ければ良い話というのを教えてもらえぬか?」
「はい……」
エリーゼは優しく自分のお腹をさする。その表情は優しい笑みに溢れていた。
「この度、無事に子を授かりまして……」
「おお! それはめでたい! ぜひお祝いさせてもらえないか?」
「ありがとうございます」
「……なんでお前たちは何も聞いてないのにわかるんだよ……」
サイゾーは呆れて二人を見たが、むしろその二人に呆れ顔で返された。
「状況からすぐにわかるじゃない……」
「本当に会長はボケナスですね」
「……酷い。いやいや、それよりおめでとう。とりあえず席につけよ」
「ありがとう、エリーゼも席に着きなさい」
「はい」
「そういう事であれば、私にもお祝いを言わせて欲しいな。お二人とは初めてお会いするが、大変めでたいですからね」
「あなたは?」
「ああ、挨拶が遅れました。私は……」
スパイクは少し悩んでから答えた。
「私はスパイク・ボードウェルです。よろしくお願いします」
「ボードウェルと言うと……」
「ああ、ここではただのスパイクで通しています。普通に接していただけたら」
「何か事情がありそうですね……、それではスパイクさんと」
「ええ。ありがとうございますマッシュさん」
二人は軽く握手を交わすと、いつの間にか店主が持ってきた椅子に座る。そこに酒と料理が運ばれてきた。注文も受けてないのに二人の分の飲み物まで持ってくるあたり、店主もちゃっかりしている。なおエリーゼの分は果実ジュースだった。
「それでは乾杯といきましょう、音頭はサイゾーに任せますね」
「俺?」
「ええ、適任ですよ」
「そうか? よくわからんが……」
サイゾーが杯を掲げると、皆も同様に杯をかざした。
「幸せな未来に、乾杯」
「「「乾杯!」」」
全員の声が唱和して、杯が打ち鳴らされた。
その光景を見て、サイゾーはこんな日々が続けば良いなと、極上の蒸留酒を喉に流し込んだ。
もちろん、そんな幻想はいつまでも続くわけもなかったのだが、この時のサイゾーはそれを知るよしも無かった。
彼らのテーブルに次々と集まっては祝いの言葉や、妬みの言葉を残して、勝手に料理をつまみ、いつの間にかアホウドリ亭全体に広がった宴会は、いつまでもいつまでも続いた。
サイゾーは久しぶりに深く酔って、眠りについていた。
ゆっくりと、ゆっくりと、深く、深く。
幸せな夢の様に……。
——第四章・完——
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