第22話―冷戦

 三人がテーブルに着くと、すぐにワインが三つ運ばれてきた。その時店主のモリアーノがサイゾーを見る目は、どこか哀れみがあったようにも思えた。


「それで? 俺に報告って何だったんだ?」


「ああ、その事だが、先日、私は近衛騎士団に入団を許された」


 銀髪とシルバーアーマーの美しい女騎士がわずかな笑みを浮かべた。


「え?! そうなの?!」


 驚いたのはサイゾーではなく、ディーナの方であった。この国の人間で無ければその凄さは理解しにくい物であったからだ。


「よくわからんが、出世したのか? おめでとう」


「ありがとう。こちらこそ、掲示板のおかげで成長できたと感謝しているからな。報告は当然の義務だと思っていた」


「あなたって、結構凄い騎士だったのね……」


「自分の事が凄いとは思わないが、そうなろうと日々努力を欠かしたことは無いな」


「さすがだな。いただきもので悪いが乾杯しよう」


「ま、仕方ないわね。おめでとう」


「おめでとう」


 三人が陶製のワインカップを打ち付ける。こちらの世界でも乾杯の方法は同じだった。


「ありがとう。これからも誠心誠意王国に尽くすことをここに誓おう」


「相変わらず真面目だな。まぁそこそこに頑張れ」


「そこそこなど出来るものか! 身命を賭して第三王女に仕えると誓っている!」


「お、おう。気合い入れすぎると、逆に失敗するって話だからな」


「ふむ? なるほど、これでは新兵と変わらないという事か……確かにそうかもしれぬ」


「サイゾーが言えるセリフじゃ無いと思うけどねー」


「どういう意味だ?」


 ディーナの言葉に疑問符を浮かべるキシリッシュ。


「こいつ、今まで一日も休みを取ってなかったのよ」


「一日も? たしか半年以上経っていたと思うが?」


「半年休み無しなんてたいしたことじゃねぇよ。昔の友達なんて酷いもんだったからな」


「あら、貴方にも友達なんていたのね」


「ひでぇな……、まあ向こうは知り合いくらいにしか思ってなかったかもしれんが、俺は友達だと思ってるぜ」


「ふーん? ちょっと興味あるわね。今の貴方より酷い状況って奴隷でもやってるの?」


「俺の故郷に奴隷はいねーよ。高校時代の友人なんだが、えらいブラックな企業に就職してな、サービス残業は当たり前、一日の睡眠時間は四時間。たまの休みも上司に無理矢理付き合わされたりするらしい」


 サイゾーは生きることに不器用な友人の顔を思い出す。下手にイケメンだったから、なかなか男性の味方も出来にくいという、不幸体質だった。


(ま、俺みたいに異世界に飛ばされるような事にはなっていないだろう。幸せになっててくれりゃいいが)


 お互いが社会人になってからは年に一~二回程度しか会ってなかったので、詳しいことはわからなかったが、相変わらずろくでもない人生を送っているらしい。それに比べたら異世界に飛ばされる程度、たいしたことは無いのかもしれない。


「なんだか貴方の故郷ってよくわからないわね……。そんな国があったら少しくらい遠くても情報くらい入ってきそうな物なのに」


「まぁ……帰れないくらい遠いんだよ」


 今更帰りたいかと言われると難しいが、少なくとも帰らなくても大丈夫と思えるくらいはこの世界が好きになっていた。いや、居場所が出来たと言うべきか。


 サイゾーはしんみりとそんなことを考えていた。


「ふうん? まあ里帰りする気はないのね。それなら良いわ」


 何が良いのかはわからなかったが、サイゾーはとりあえず頷いておいた。


「それで、騎士さんのお話は終わり?」


「ああ。だがサイゾーは休みなのだろう? せっかくだからどこかで奢らせてもらおうかと考えているのだが」


「え? なんで?!」


「なんでと言われても、たまにはサイゾーとゆっくり話してみたいと思っただけで……」


 答えながらキシリッシュは、どうして自分がそんな事を考えているのかわからなくなっていた。

 そこに眼鏡をかけた少女……マルティナがやってきた。


「鈍いのは会長だけじゃないんですね。……すいません、休暇に入る前にこの書類にだけサインをお願いします」


「ああ、これか、……はい。ところで俺って鈍いのか?」


「ええ、それはもう超ド級で」


「そうかぁ……鈍いかぁ……」


 サイゾーはがっくりと肩を落とす。


「出来るだけ従業員の事は見ているつもりなんだがなぁ……」


「これですよ」


「これだから」


「ん? 何か変な事を言ったのか?」


 ディーナとマルティナの反応に、どこが変なのかわからないキシリッシュが首をかしげる。それを見て、眼鏡とエルフがさらにため息をついた。


「まぁ会長はしばらくそのままの方がいいですよ」


「何でだよ?」


「その方が虫が付きませんからね」


 そう言ってマルティナはエルフに半目を向ける。負けじとディーナも眼鏡娘に鋭い視線を返した。


「い、意味は良くわからんが、お互い仲良くした方がいいんじゃねぇのか?」


 二人は一度サイゾーに視線を向けると、呆れ顔でお互いに顔を合わせてため息交じりに項垂れた。


「まぁ……放っておきましょう……」


「そうね……なんで私、こんな奴を……はぁ」


 ここまであからさまなアピールでも、何を言われているのかさっぱりわかっていないサイゾー。これが顧客の事であれば、かなり鋭い観察眼を持つのであるが……。


 仕事以外には無能なサイゾーであった。

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