第18話―部長


 サイゾーの核心を突く言葉に、レノッグは絶望的な表情を浮かべた。若干の間を置いた後、暗い表情でポツポツと事情を語り出した。


「元は……父がやっていた仕事なんです。その頃は主に貴族がお客様でして、収入に困ることはありませんでした。しかし別の郵便業者が台頭してくると、次第に仕事が減り、気がついたら貴族邸への出入りも禁じられてしまいました……」


 なるほど、元はうまくやっていたのかとサイゾーは頷いた。


「その後は事実上廃業してしまい、父は鉱山に働きに出ました。しかしそこで事故にあい……」


(重い! 凄く重いぞ!)


 サイゾーは無表情を貫きつつ、内心で叫んでいた。


「母一人で家計を支えられるわけも無く……そして私は父のこの仕事に誇りを持っていました! 私は父の仕事を継ぎました! ……しかしなかなか上手くいかず……」


「あの、どのようにお客さんを集めていますか?」


「酒場や広場、露店街などの店長さんに、お話を広めてもらうように頼んでいます」


「手紙の集配方法は?」


「え? もちろんここに持ってきてもらった物を届けます。……ああ! もちろん私たちは送り先を間違えたり中を覗いたり、ましてや盗んだりなどしませんよ! 父の誇りにかけて!」


 どうやら彼は誇りの持って行き方を間違っているらしい。


「それは……ダメですね」


「ちょっと! お兄ちゃんのどこがダメだっていうのよ! すっごい真面目で頑張ってるんだから!」


 そこに突然、彼の妹が割り込んできた。


「こら! ミノリア! お客さんになんて事を言うんだ! すみません! 謝罪します!」


「いえいえ、お兄さん思いの良い妹さんですね」


「え、ええ?!」


 なぜかそこでミノリアさんが赤面した。


「ダメというのは、商売のやり方ですよ、残念ながら努力でどうにかなるものではありません」


「それじゃあ……どうしたらいいのよ!」


 レノッグではなく、妹のミノリアが叫んだ。


「そうですね……」


 サイゾーは熟考した。ここで郵便システムを教えるのも良いが、せっかくなら商売に活用したい。その為には彼らを取り込まないといけないのだが……。


 メリットとデメリットを考える。どうやってもハイリスクハイリターンにしかならない。


(さてどうするか……)


 ジッとサイゾーを見上げるミノリア。


(決めた。取ろう)


 決してミノリアが可愛いから決意したわけではないと、サイゾーは自分に言い聞かせていた。誰が文句を言ったわけでもないのに。


 サイゾーは表情を引き締めて言った。


「レノッグ、君の会社……じゃなくて商会を丸ごと買いたいって言ったらどうする?」


「え? それはどういう意味ですか?」


「レノッグがやってる、郵便業務を丸ごと俺が仕組み事買い取りたい。つまり俺が上司になるって事だな」


「えっと、商会長がサイゾーさんで、私が雇われになるということですか?」


「そうそう。ただ、それだとレノッグの商会じゃなくなるけどな」


「それは……条件次第……です。続きを聞かせてください」


「俺はこれから出会い掲示板【ファインド・ラブ】という商会を作るんだ。この郵便業務をファインド・ラブの一部に取り込もうと思っている」


「商会に取り込む形ですね。たまに聞きます」


「うん。そうだな……ファインド・ラブ【郵便事業部】を作って、そこの部長にレノッグを任命したい」


「え? それって凄く責任重大ではないですか?」


「責任って意味では今と変わらないだろう? 月に大銀貨で50枚の資金を渡すから、レノッグは他に二人雇って、給料や諸経費込みで何とかして欲しい」


「大銀貨50枚?!」


 正確なレートがあるわけでは無いが、だいたい50万円と思って欲しい。


「ただし、俺の資金の問題で2ヶ月で掲示板に利益が出なかったら……商会は潰れる。それでも良ければだけどな」


 サイゾーは正直に内情を語った。誰か・・の様に騙して成功したいとは思っていなかった。


「それは……問題ありません。もう廃業するしかないと思っていましたから! 従業員の一人に妹を選んでも良いですか?」


「構わないが仕事中はちゃんと社員……商会のイチ従業員として接するのが条件だ」


「もちろんです! ミノリア、ちゃんと出来るか?」


「出来るよお兄ちゃん!」


 早速ダメじゃないかとサイゾーはため息を吐いた。


「ミノリア、お兄ちゃんじゃダメだ。仕事中は部長と呼ぶか、名前で呼ぶように」


「部長……ですか?」


「郵便事業部の長だから部長」


「わかりました。聞き慣れない言葉ですが、重要な役職であることだけはわかります。名前に恥じないように粉骨砕身で頑張ります!」


「頼もしいな。……ああ、しばらくは掲示板の仕事を手伝ってもらうぜ。ここに予算使うことになるから、別に人を雇えないんだ」


「もちろんです!」


「私も頑張るよ!」


 こうしてサイゾーは初めての部下を手に入れた。


 まさかこの郵便事業が後に王国にまで食い込む大事業になるとは思いもせず……。

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