第19話―掲示板


 その後サイゾーはさらに人を雇いつつ、下準備を進めていった。喫茶店や酒場などにポストを設置させて回る。そして、ギルド職員だった頃から目をつけて、何度も足を運び、内密に話を進めていたある場所へと足を運んだ。


「ふうん、随分とデカい掲示板だな」


 中年小太りの男性が、壁一面を覆う木製の掲示板を見て、顎に手を当てる。


「そりゃあ目立ってナンボだからな」


 サイゾー・ミズタニは苦笑した。やはりこの世界の住人には理解されにくいものらしい。


「それじゃあ、おやっさん。向こうのカウンターを借りるぜ」


「ああ、精々頑張れよ」


 興味がなさそうに軽く手を振って、おやっさんはその大きな腹を揺らしながらメインカウンターへ戻っていく。


 彼はモリアーノ・ビゴット。宿屋兼酒場『海が恋しいアホウドリ亭』の店主だ。サイゾーは親愛を込めておやっさんと呼んでいた。


 彼の経営するこの宿屋は、二階が宿泊施設、一階がまるまる大きな酒場となっている。


 元は商会の施設だったこの建物には、商談用のカウンターやスペースが存在していたが、今日まで活用されていなかった。宿屋には必要の無い設備だったからだ。


 だが、サイゾーにとっては違った。


 渋るモリアーノのおやっさんを口説き落とし、彼がこれから始める商売の本拠地として借り受けたのだ。


「うん、やっぱりいい。あれぐらい大きくないとな」


 サイゾーは専用窓口となった商用カウンターに座ると、そこから掲示板を眺めて頷いた。


 巨大な掲示板の半分は黒板で、もう半分はピンの刺しやすい木材で作られている。


 チョークの代わりになる石を探すのに少々手こずったが、それもなんとか見つかった。


 絵画を飾る額縁の様に、豪奢な枠で象られた掲示板。そのてっぺんには、見事な金文字でこう彫り込まれていた。


 出会い掲示板【ファインド・ラブ】


 異世界出会い掲示板である。


 サイゾーは満足して掲示板を見つめていた。


「ふうん? これがサイゾーの新しい商売なの?」


「え?」


 聞き覚えのある声にサイゾーが振り向くと、B級冒険者の女エルフ。ディーナ・ファンネルが腕を組んで立っていた。


「ディーナ? なんでこんな所にいるんだ?」


 サイゾーはこのアホウドリ亭に何でも足を運んでいるが、今までディーナがこの店で飲んでいるのを見たことが無かった。どうしてここにいるのか本気でわからなかった。


「なんでって、貴方、ギルドと警備契約交わしたでしょ? 私がその仕事を受けたのよ」


「はぁ?! B級を雇える様な金額払ってねぇぞ?! 何かの間違いだろ!」


 サイゾーは冒険者の相場を骨の髄まで染みこむほどによく理解していた。サイゾーがギルドと契約した額ではE級かF級を派遣してもらえる程度しか払っていない。もしかしたら暇なD級が受けるかも知れないが、一日二日の仕事では無いのだ。D級以上が受けるとは思えないし、またギルドがそれを受理するとも思えなかった。


「良いのよ、ウチのパーティー解散しちゃったから、しばらく暇なのよね」


「はああぁ?!」


 再びサイゾーは素っ頓狂な声を上げた。だがその気持ちはわからなくもない。74地区で最も腕の良いパーティーの一つが電撃解散するのだ。驚かない方がどうかしている。


「ボーラはモイエックに振られて荒れてるし、あれじゃあしばらく再結成も出来ないわよ」


「マジかよ……短剣を咥えた鷹が解散か……こりゃあしばらくギルドはきついだろうな」


 全員がB級冒険者のパーティーという、短剣を咥えた鷹は冒険者ギルド74地区支部のエースであり、その穴は大きい。


「まぁモイエックは実家に帰るみたいだけど、私たちはこの地区に残ることにしたから、そこまで戦力の低下にはならないでしょ」


「そうか……、それにしても警備任務なんてB級のやる仕事じゃなかろうに……」


「解散を機にしばらく休養したいのよ。この仕事ならたいして忙しくならないでしょ?」


 ディーナが軽い気持ちで尋ねると、サイゾーはそっと視線を逸らした。


「ちょっと……」


「いや、たぶん大丈夫だ。……たぶん」


「……なんだか嫌な予感がするわね」


「まぁ基本的に冒険者は抑止力だからな。ディーナがいればそうそう問題なんて起きないだろう」


「そう願うわ」


 もちろんこの二人の希望は神に届くことはなかった。

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