第16話―序章


 ああ、やはり広告の概念は無いのかと、サイゾーは内心で頷いた。新聞は何度も買ってるから、広告欄が無い事がずっと気になっていたのだ。


 王国民であれば、30代まではほぼ読み書き出来る。そんな訳で手軽な新聞は非常に売れていた。


 広告が無いということは、新聞の売上げだけで勝負していることになる。日本であればとてもやっていけない。


「広告というのは宣伝です。新聞の一角をお借りして、宣伝を載せて欲しいのです」


「なんだって? それでは記事を書くスペースが減ってしまうでは無いか」


「はい、ですから、広告料をお支払いします」


 ニンター・フーコ会長は身体をどこかの漫画のようにねじって、妙なポーズを取る。サイゾーにはその意味はわからなかった。


「……ふむ……そのような事は考えた事も無かったな。しかし読者には邪魔なスペースでは無いかね?」


「そう思う方もいるでしょうし、逆にこんなお店が出来たのか! と情報を喜ぶ人もいるかと」


「お店紹介記事ではダメなのかね?」


「ダメです。お金を払う代わりに、しっかりスペースを頂きたいですし、基本的にこちらの要求する内容を乗せていただきます」


「ふむ。……なるほどなるほど! 少し分ってきたよ! つまり新聞に載せるのに新聞屋を無視してスペースを掻っ攫うわけだね! それは恐ろしい発想だ!」


 ずびしと指を差す会長。背中に「ゴゴゴゴゴゴ」というオノマトペが見えそうだった。


「もちろん新聞に載せるに相応しくない広告であれば、訂正します」


「いやいや! ウチは下ネタゴシップ中傷誹謗大歓迎だからね! だから売上げが万年最下位なんだろうけど、面白くない新聞に何の意味があろうか!」


 これだ。これがサイゾーがこの新聞社を選んだ理由なのだ。


 四新聞のなかでもっとも「スポーツ紙」的、ゴシップ系新聞。その上で同地区に存在する。こんな理想的なところが他にあるだろうか!


「決まりだ、値段の相談はこれからだが、ぜひやらせてもらうよ!」


「ありがとうございます」


 サイゾーとニンターは力強く握手を交わした。ニンターのポーズが少々気になるところだったが何も言わなかった。サイゾーの奥底はやはり日本人なのだった。


 二人はテーブルを挟んで席に着くと、さっそく値段の交渉を進める。


 「ななよん新聞」は大判一枚に片面刷りである。それを折りたたんで出版している。


 裏が白紙なので、読み終わった後はメモ帳になるので無駄が無い。一部大手では両面刷りなうえに紙2枚を折って挟む、完全な新聞形態になっている所もあったが、毎日そんなにゴシップネタが無いのだろう、ななよん新聞は大判片面のままだった。


「では6段のうち、左ページの一番下、6段目を広告として1ヶ月買うのだね?」


「はい、お願いします」


 初めての試みと言うこともあり、ニンターは好意でかなり安い値段設定にした。


 月で金貨一枚というのはおそらく破格だろう。サイゾーの印象だと金貨一枚というのはだいたい10万円くらいだ。


「あ、そうだ、もし他に広告を載せたいという人がいたら紹介して良いですか?」


「ふむ? 構わんよ。しかしそれは……」


「出来れば、こちらの新聞社に直接相談に来る方にも、私を通すようにしてもらえると……」


「なるほど! 君はあくどいね! サイゾー君! 気に入った! 良いだろう! 君の取り分は二割でどうだね?!」


 ニンターは座りながらも反るようなポーズでサイゾーを指さした。器用なことだ。


「話が早くて大変有り難く思います」


 この時、サイゾーは思いつきで言ったのだが、これが世界で初めての広告代理店になってしまった。


 彼がその事に気がついたのはだいぶ後のことだった。


「紹介するときはもっと高い広告費に設定しておきますから」


「頼もしい! しかしもしそれが成功してしまったら、新聞その物の売上げより、広告費で儲けることになってしまいそうだな! あっはっはっは!」


「はははは」


 この時はそれが現実の物になるとは、二人とも思っていなかった。


「それで、残りのお願いなんですが」


「なんでも言って見たまえ!」


 ニンターは全力で謎のポーズを取った。意味がわからない。


「掲示板の利用規約や申し込み用紙、あと壁に貼るポスターと、掲示板そのもの・・・・の作成をお願いしたいのです」


「なんだって?」


 サイゾーが詳細を話す。毎日木材で工作する新聞社であれば、制作可能だと踏んだのだ。それを聞いてニンターは納得して頷いた。


「それは新聞屋の領分ではないが……良い! 乗りかかった船である! 協力しよう!」


「ありがとうございます!」


 サイゾーはほっと安堵のため息を吐いた。最初に全てを語った事が好印象だったのかも知れない。


 必要なものをサイゾーは揃えていった。


 こうして……サイゾーの伝説は、新聞社の一角から始まったのだ。

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