第14話―資金


「お前は冒険者じゃないが、口座は残しておいてやる」


 サイゾーがギルドを辞める日、ギルド長はそう言って、冒険者ギルドの証をサイゾーに渡してくれた。


「え? 良いのか? 助かるが……」


 今まで給料振り込みのために職員特権でギルドの口座を持たされていた。当然貯金は全て口座の中で、今日全て下ろそうとしていたのだ。


「なに、特別扱いの理由はちゃんとある。お前と共同開発していた万年筆がいよいよ一般発売することになってな、すでにサンプルで配った万年筆の人気は貴族に広がっている。それどころか王家からの引き合いまで来てる。現在王族用に特別な彫刻を施したバージョンを制作している最中だ。すでに取引は完了しているからな、お前の取り分を口座に入れておいた。さらに定期的に振り込むことになっている」


 そう言ってギルド長は一枚の書類をサイゾーに渡す。そこに記されていた額を見て、サイゾーは目を剥いた。


「……桁が間違ってないか?」


「いや、間違いない。嘘だと思うなら、全ての書類を精査するか? ついでに残ってる仕事を……」


「断る。何便利に使おうとしてるんだよ!」


「わはははははは! そのままなし崩しでギルドに残ってくれれば助かるんだがな!」


「気持ちは嬉しいよ。だが俺は決めたんだ。自分の力でやっていくってな。だがこれは最高の援護射撃だ」


「そうか……何をするのか結局教えてくれなかったが、たまには顔を出せよ?」


「ああ。おそらくしょっちゅう顔を出すことになる」


「……そうなのか?」


「今更黙っててもしょうが無いからな。おそらく細かい契約ごとにここを頼ることになる」


「それはいい。まだまだギルドでの契約は一般的じゃないからな。お前が広げてくれれば商人同士のトラブルも減るだろう」


「商人同士……ね」


 意味深にサイゾーが呟くと、目を細めてギルド長は彼を見下ろした。


「まぁなんであれ、顔を出すならかまわん。遠慮してこなくなる奴もいるからな」


「俺はそこまで繊細じゃねーよ」


「そうかそうか! わはははは!」


 ギルド長はごっつい手を差し出した。サイゾーはその手を握り返す。がっしりと握手するとお互い表情が引き締まる。


「オーエンス・ギルド長。今日までありがとうございました。あんたが――」


「おっと、そこまでだ。お前の気持ちは十分わかってる。元気でやれ」


「……ああ。それじゃあな」


「おう。頑張れよ」


 それでサイゾーは振り返りもせずにギルドを出て行った。


「……こっちには挨拶も無しなのね」


「うははははは! 気になるなら追いかけたらどうだ?」


「別に? 同じ王都に住んでるんだから、またそのうち会うでしょ?」


「しょっちゅう顔を出すって言ってたしな」


 くつくつと笑いながらギルド長がディーナの肩を叩いた。彼女は嫌そうにその手を払う。


「そんなんじゃないわよ。ただあいつって肝心なところで甘いから……」


「ま、大丈夫だろ」


「その心は?」


「あいつの心のどこかには復讐心があるからな。この世界そのものに対して。だからもう油断しねぇよ」


「復讐心か……」


 ディーナは冒険者がひっきりなしに出入りする入口を見やって呟いた。


「馬鹿ね」


 彼女は仲間の所へと戻っていった。ギルド長は彼女が受付に一番近いテーブルに一人で座っていた理由を聞かなかった。


 命が惜しかったのだ。

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