第13話―土産


「貴方ギルド長を目指すんじゃないの?!」


 ディーナの爆弾発言にサイゾーは思わず噴いた。


「アホか! そんなわけねーだろ! どうしてそんな話になる!」


「だって……きっとみんな同じ事思ってると思うわよ」


 ディーナが年配ギルド員に視線をやると、彼らは一斉に顔を逸らした。


「うはははは! サイゾーにその気があるなら譲ってやらんこともないが、本人にその気がないんじゃなぁ! がははははは!」


 いつの間にやらディーナの背後に立っていたギルド長オーエンス・イヒトがディーナの背中をばんばんと叩いた。


「オーエンス・ギルド長……」


 ディーナはため息を吐いた。


「残念ながらサイゾーはな、独立するために金を貯めて、それに関する勉強をしている訳よ、残念だったなディーナ!」


 がはがはと笑い声を上げるギルド長。


「別に残念とか……」


「根本的に俺がギルド長とか無理だってわかるだろう。どうやってそんな熊みたいな筋肉馬鹿になれってんだよ」


「ほう? 筋肉馬鹿だと?」


「筋肉をもりもりとバンプアップさせながら言っても説得力がねーよ。片っ端から書類仕事を押しつけやがって」


「お前なら楽勝だろ?」


「アホ言うな! 一部予算に関してはギルド長権限まで渡すとか明らかにやり過ぎだ! 越権行為だろう?!」


「本人が良いって言ってんだから良いんだよ」


「おかげでハンコの文化まで根付いてきやがったぜ……」


 一部ではあるが、ギルド長のサインが必要な書類のために、複雑なハンコを作って、そのハンコでの決算を王都のギルド本部に認めさせてきたのだ。楽するためならどんな苦労でも厭わないというギルド長の本気を見た。


「ハンコってなに?」


「これだ」


 サイゾーは自分用のハンコを取り出すと、わら半紙にポンと押した。複雑な文様で描かれたサイゾー・ミズタニも文字がインクによって移し出された。


「へえ、これがサインの代わりってわけね?


「そういう事。悪いけど触るのは勘弁してくれ、規則で他人に貸したりは厳禁されている」


「それはそうよね。見せてくれてありがとう。……これ、貴族でも流行るんじゃない?」


「実はすでに王国政府の一部が目をつけているって聞いたな」


 そうなの? という表情でディーナがギルド長を見ると、彼は首を縦に振った。事実らしい。


「商人どもの間じゃさっそくこれに目をつけて、職人確保に追われているって話だからな」


 答えたのはギルド長だった。


「これを考えたのって……」


「もちろんサイゾーだ」


「……貴方って時々凄いわよね」


「時々は余計だ」


 三人は声を揃えて笑った。


 そんな感じで、サイゾーの忙しい日々は過ぎていくのだった。


 ■


 サイゾーがこの世界に飛ばされてから三年ほどが経とうとしていた。


 彼はギルド職員を教育し、自分が抜けても大丈夫なように、徹底した引継ぎと、そのためのマニュアル作りに腐心した。


 その甲斐もあって74区画の冒険者ギルドは、王都で最も効率化されたギルドとして認識されていた。実際本部から何度も視察が訪れ、サイゾーはそのたびに説明して回った。


 王都全ての冒険者ギルドが、この新しい体制を取り入れようとしたが失敗する。理由は簡単で、真面目で働き者の人間が大量に必要だからだ。


 現在はサイゾーが作成した、新人教育マニュアルを、ギルド職員全てに施すという荒療治中らしい。


 本来であればこの功績だけで、ギルド本部勤めもあり得るのだが、サイゾーは近々やめるからと固辞した。もちろんギルド本部から何度も残るよう説得されたが、サイゾーは首を縦に振ることはなかった。


 そして、サイゾーはその日、ギルドを辞めて去って行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る