第12話―仕事
おそらくサイゾーの心のどこかに、復讐心もあったのかもしれない。彼はとにかく節制して金を貯め続けた。
「ねえサイゾー。そんな生き方で疲れない?」
どういう訳か最近やたら声を掛けてくるようになったB級冒険者でエルフのディーナ・ファンネルに書類を渡しながら、サイゾーは不思議そうに顔を上げた。
「そうか? 前のせか……前住んでいた地域ではこの程度の仕事は普通だったぞ?」
別に勤めていた会社がブラックというわけではないが、それなりのサービス残業などはあったが、日本のサラリーマンとして普通の仕事をこなしている感覚が強い。もっともギルドには恩もあるし、より精力的に仕事をこなしていたことも確かだ。
だからサイゾーとしては、通常よりも少しだけ頑張っているという程度の認識だった。
「……貴方の前いた国は随分と過酷な国だったみたいね」
ディーナは呆れた口調だった。
「そうだな、たしかに友達なんて俺の倍くらい働いてたからな。仕事に関しては過酷な場所だったかもしれないな」
「倍?! 嘘でしょ?! それ人間? それともそういう種族?」
「いや、俺の故郷に亜人も獣人もいなかったから全員人間だ」
「信じられないわね……アキラの仕事だって洒落にならないのに。もしギルド員にランクがあったらあなた間違いなくS級よ」
「勘弁してくれ、こんなのはしばらくやってれば誰でも出来る。だいたい俺の倍で驚いてるようだけど、ベンチャーからのし上がった社長なんかは俺の10倍は働いてるっての」
「ベンチャーがなにかわからないけど、あなたの故郷はちょっと狂ってるわね……」
「うーん、まぁ、もう少し休みは多くても良いとは思うが、休暇があっても特にやりたいこともなかったからなぁ」
「飲み屋とかなかったの?」
「まさか。ただ一人で行ってもつまらないだけだ。家で缶ビール……エールでも引っかけてた方がマシだな」
「何? 貴方友達いなかったの?」
「学生時代の友人はだいたい遠くへ転勤しちまったからなぁ……そう簡単には会えないんだよ」
「ふーん? って貴方学生だったの?! 日曜学校じゃなくて?!」
「え? 言ってなかったか? あー、でもまぁこの国の魔法学校みたいのとは随分違うから、まぁ人より少々計算が得意くらいに思っててくれればいいさ」
「少々、ね?」
ディーナはサイゾーの左右に積み上げられた書類の山を見やった。現在もサイゾーは話をしながら凄い勢いで書類を右から左に積み上げているところだ。いったいどこが少々だというのだろうとディーナは頭を振った。
「それに、ギルド長の許可が出たから、計算に関してはかなり簡略化出来てるしな」
「どういうこと?」
「内勤の職員全員に連立方程式まで教えたんだよ」
「……連……なに?」
「こーいうのだ」
サイゾーはこの世界のxとyにあたる文字で計算式を書き出す。
x+y =3
2x+5y=9
「……………………なにこれ」
ディーナはげっそりとした表情でその数式を見下ろした。実際には波括弧で二つの式はくくられている。
「ギルドで使う数式なんてだいたい決まってるからな、この辺までの数式を覚えてれば、ベースになる方程式を作っておけるから、その都度全てを計算し直す必要がなくなるんだよ」
「ごめん、さっぱりわからないわ」
「最初はみんなにも同じ事を言われたよ」
「そりゃそうでしょう……これって足し算……なの?」
「興味があるなら教えるが?」
「やめとく。必要なら貴方に任せるわ」
「そうだな。それが俺の仕事だ。……って訳で、別に俺にとってこういう仕事は普通の事だから疲れたりしないぜ?」
一瞬の間の後、ディーナは自分が最初にした質問に対する答えだと気がついた。
「そう……でも休養は必要じゃない?」
「休みはもらってる」
「そうなの? 休みの日って何やってるの?」
てっきり出ずっぱりだと思っていたので、興味本位にディーナは聞いてみた。
「何って、洗濯や掃除、それと……いや、何でも無い」
サイゾーはしまったと言う表情で、顔を逸らした。失言だったらしい。
「何よ、言いかけたんだから、続けなさいよ」
「あー……、たいしたことじゃないんだけどな、商売計画を立ててるんだよ」
「……え? どういうこと?」
「どういう事って、そのうち独立したいって事だ」
「貴方ギルド長を目指すんじゃないの?!」
割と爆弾発言だった。
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