第9話―緊急事態
「……ギルドから一部機密文章が盗まれた」
「なんだって?!」
想像以上の大事件にサイゾーが思わず声を上げる。今彼の回りにはギルド長の他に、古参のギルド員たちが集まっていた。
それにしても見た目よりかなり厳重なこのギルドにどうやって侵入したというのか。サイゾーのその疑問が聞こえたかのようにオーエンスがぼそりと言った。
「侵入経路は……お前の部屋だ」
「……」
たっぷり一分の沈黙の後、ようやくサイゾーは「え?」っと言葉を吐いた。意味がわからなかったのだ。
実はサイゾーは少々特別扱いで、すでに一人部屋に住んでいた。これは住み込みのギルド員からしても特別待遇なのだが、文句を言う物は一人もいなかった。理由は毎日彼が処理する書類の山を見ればわかるだろう。
サイゾーの部屋にももちろん木窓があるのだが、そこはギルドの建築物だ、通常よりはるかに丈夫で、鍵も三アクションしなければならない、ちょっとしたパズルのようになっているものだった。
さらにサイゾーの部屋自体に鍵がかけられる。当然サイゾーはその両方の鍵を閉めて出掛けている。サイゾーの部屋から入ったと言うことは、人知れず三階の木窓を開け、さらに部屋の鍵まで突破したと言うことになる。
そこでオーエンスはさらに眉間の皺を増やして言った。
「お前の部屋の鍵に細工がしてあった。両方とも部屋の内側からだ」
「え? ……どういうこと……だ?」
後半は擦れるような音量だった。サイゾーも気がついたのだ。気がついてしまったのだ。それが出来る人物に一人だけ心当たりがあることに。
「あ……う……」
喉がからからで声が出ない。信じたくない。あり得ない。思考がグルグルと回る。
「犯人は、ベランデッド・ウップス。うちのC級冒険者だ」
サイゾーは頭から一気に血の気が引いて、その場に崩れ落ちてしまった。
■
「飲め」
テーブルにドンと置かれた水の入ったカップ。叩きつけるように置いたのはギルド長だ。
「すいません……」
サイゾーは気絶したわけでは無いので、状況も覚えているが、全てが夢のように手応えが無い記憶だった。
「サイゾー、さっき確認したが、お前、規則を破って部屋に人を入れたな?」
オーエンスが冷たい視線で見下ろしてくる。サイゾーは耐えられなくなって視線を合わせられない。
「ああ……入れた」
それだけ答えるのがやっとだった。
「それで今まで何をしてたんだ?」
「あ……ベランデッドの妹でアイリスって娘と話してた」
「なんだと? そいつの容姿と場所を教えろ!」
サイゾーがなんとか説明するとギルド長は大きく頷いた。
「……そうか。わかった。今は休め。ただしギルドからは出るなよ」
サイゾーが小さく頷くのを確認すると、オーエンスはロビーに戻っていった。サイゾーの教えた場所と容姿をどこかの冒険者に指示して走らせる。
それらの風景が霞がかかって見える。サイゾーは呆然と椅子に沈んでいた。
「……すまんかったな、サイゾー」
声を掛けてきたのは年配ギルド員だった。サイゾーは何か返答しようとしたが失敗に終わった。
「正直、ワシらの認識が甘かったんじゃ」
なぜか謝罪するギルド員に、ようやくサイゾーが顔を上げた。
「いや、……俺の認識が甘かったんだ。この世界じゃこんなのは当たり前なんだよな……」
暗い表情を浮かべるサイゾーを見て、胸が苦しくなる年配ギルド員たち。
「違うんじゃ、ベランデッドに関しては、ワシらが軽い身元調査をしていたんじゃよ」
「……どういう事だ?」
「うむ、正直に言うが、お主に近づく人間は全員調査しておった」
サイゾーは衝撃に顔を歪ませた。
「ギルド職員の新参者にして、異国人。常識知らずでお人好し。その上で、ギルドの機密を一部まで扱うようになったんじゃ、悪い虫が付く可能性を考えておった」
「……それは……」
言われてみると、確かに今サイゾーが扱っている情報は、一部ではあるが、ギルドの機密を含んでいた。基本的には冒険者たちのパーソナルデーターで、ギルド独自の評価などの情報だ。
大量に情報処理出来るサイゾーは、多かれ少なかれ、それらの情報に触れる様になっていた。そう考えると、ギルドの判断は正しいだろう。
「ベランデッドに関してはまったく不甲斐ないと言うほか無い。むしろ優良な友人になれると判断しておった」
「……」
サイゾーは何も言えなかった。彼自身、今でもベランデッドは親友だと思っていたからだ。
「確信は無いが……おそらく奴は闇ギルドの人間じゃろ」
「なんだって?」
そこでようやくサイゾーは脳がクリアになっていった。
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