第8話―下心


「そうなんですか……遠くの国から」


 サイゾーとアイリスはゆっくりと打ち解けて、サイゾーは過去の話をするまでになっていた。


 もっとも別の世界から飛ばされてきたなどという話をしても気が狂っているとしか思われないだろうから、遠い国からやってきたという事にしてある。


 着の身着のままで王都にたどり着いたが、言葉もわからずに苦労したという流れだ。


「運良く冒険者ギルドに拾ってもらったからな、文法が元の国に似ていたのも助かったよ」


「苦労したのですね」


「そこまででもないさ」


「サイゾーさんはこのまま冒険者ギルドにずっと勤めるのですか?」


「いや、そのうち金が貯まったら、何か商売で独立したいとは思ってる。まだ何をやるのかは漠然としてるけどな」


 せっかく異世界に来たのだ、チート能力が無いにしても、せめて知識で金儲けくらいはしたいと思うのが人間というものだろう。


「凄いです。良かったらそのお話を聞かせてください」


 キラキラとした目で見つめられて、顔を赤らめて視線を逸らしてしまうサイゾー。


「あ、ああ、でもそんなに楽しい話じゃないぞ?」


「かまいません。ぜひお聞かせください」


「それじゃあ。今考えているのは……」


 そうしてサイゾーはとりとめの無い商売話を始めたが、アイリスはずっと笑みを浮かべたまま聞き入っていた。


 サイゾーがふと外を見ると、夕暮れに空が染まっていた。


「あ……、もうこんな時間か」


「え? 本当ですね、こんなに時間が早く進んだことは今までありませんでした」


「俺もだ。……さて送るよ」


「え? いえ! 大丈夫ですよ! 家はそんなに遠く無いですし、慣れてる道ですから」


「うーん。まぁ大通りの治安は良いらしいからな、裏道に入らなきゃ大丈夫か」


「そうですよ。子供じゃないんですから」


 そう言ってアイリスはクスクスと笑った。子供では無いかも知れないが大人にも見えない。


「やっぱり送ろうか?」


「本当に大丈夫ですよ。それよりまた会ってくれますか?」


「あ、ああ……もちろん」


 サイゾーは頷いたが内心色々と不埒なことを考えていたりする。


(ああ! こんだけ良い雰囲気なんだから、このまま酒でも飲みに行って……いやいや! 後日ベランデッドになんて言うつもりだよ?! 会ったその日に夜まで連れ歩きましたってか?! 殺されるわ!)


 心のどこかでそれ以上・・・・を想像してしまい、顔を青くして首を振る。現代日本に育った人間が冒険者と喧嘩なんて恐ろしくて考えたくもなかった。


「それじゃあ、今日は嬉しかったです!」


「お、おう」


 手を振って走り去っていくアイリスの後ろ姿をいつまでもぼけっと眺めるサイゾーだった。


 どこかふわふわした足取りで、自分の寝床である冒険者ギルドへと戻っていく。サイゾー自身、どの道を通って帰ったのか良くわかっていなかった。


 だが、そんなお花畑ムードは、ギルドの入り口を通った瞬間に霧散した。


「——いそげ! お前は被害の調査だ! お前は兵士をここに入れさせるな! これはギルドの管轄だ!」


 一階のロビー中央に置かれているテーブルの上に立ち上がり、矢継ぎ早に指示を出しているのは、この74地区ギルド長のオーエンス・イヒトだった。


 いつもの飄々とした表情とは打って変わり、まなじりを吊り上げ、血管を浮かし、口角泡飛ばしているのだ。いくら鈍感なサイゾーと言えども、これが異常事態であることはすぐに理解出来た。


 話に聞くモンスターの大発生でも起きたのだろうかと、走り回る冒険者たちをかき分けて、サイゾーはギルド長の元へと向かう。


「おいギルド長! 何があった?!」


 サイゾーの怒鳴り声に気がついたオーエンスが、鬼の形相でサイゾーを睨み付けた。思わずサイゾーはその恐怖でひっくり返りそうになる。


「……ちょっと来い」


 オーエンスはサイゾーの襟首を掴むと、猫の子でも摘まむように、奥のカウンター裏まで運んでしまった。


 一体何が起きたんだ?


 サイゾーは顔面を蒼白にして、ギルド長の言葉を待った。

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