第4話―冒険者ギルド
話の流れで万年筆の話が出たので、才蔵が図解しながら解説すると、そのアイディアを、冒険者ギルドが買うという話になった。なう。
大まかにはこうだ。
開発費用は全てギルドで持つ。その代わり万年筆が商品化しても、才蔵の取り分は1割。
期間は本格的に売り出してから三年。それ以降は分け前無し。
開発に失敗しても責任を取れとは言わないが、試作品のテストなどには積極的に協力することを約束させられた。
話が進むと、しっかりと立会人の前で書類を作成させられた。「本格的な売り出し」の定義など、曖昧なところもあったが、その辺は冒険者ギルドを信じて欲しいと、アバウトな契約になってしまった。
才蔵は、もし自分が上の立場なら、この辺切り込むんだけどなぁ。などと考えつつ、三ヶ月以上つきあいのあるオーエンスを信じる事以外の選択肢は無かった。
結果論だがこれはのちに大正解となった。
ここで才蔵は一つ学ぶことになる。
この世界で信用のある契約を組みたければ、冒険者ギルドに立ち会って貰って契約を結ぶのだ。手数料は取られるが。
もし違反をすると、契約書に記載された罰則を冒険者ギルドがかわりに代行してくれる。もっとも大抵の場合は金や抵当の取り立てだが。
『契約を破ったら奴隷になれ』なんていう契約は、はなからギルドが蹴る。
これらの契約方法は、後日才蔵に大きな影響を与えた。
全ての契約を終えると、ギルド長は太い腕を組んで言った。
「ま、開発には数年かかんだろ」
「ですよねー」
そう簡単に大金は手に入らないようだった。
■
――そして月日は流れた。
才蔵……いや
サイゾーは懸命に働きつつも少しずつ金を貯めていく。
サイゾー本人としてはいたって普通に働いているつもりなのだが、ギルドの人間からも冒険者たちからも、真面目で働き者。その上ユーモアに溢れ会話も上手いと、いつの間にやら冒険者ギルド74地区支部の人気者になっていた。
冒険者の多くが荒くれ者ではあるが、その分彼らは一度仲間だと認識した人間を大切にする。サイゾーは見事にその地位を獲得していた。
「ようサイゾー! まだ仕事してんのか?!」
ギルドのカウンターに身を乗り出して姿を現したのはベランデッド・ウップスというC級冒険者だった。弓と短剣を使う斥候職で、特定のパーティーを持たないが、その斥候の腕前から、いろんなパーティーに臨時で呼ばれる男だった。
赤髪と茶髪のストライプという特徴的な髪型で、細身の身体。最近特にサイゾーと仲の良い冒険者だった。
「そんな頭痛がしそうな書類仕事なんか放り出して飲みに行こうぜ!」
ベランデッドが指で円を作ると、それを口元にくいっと当てて、酒を飲むポーズと取った。サイゾーは苦笑して答える。
「まだ終わってねーからよ。もう少し待っててくれよ」
最近定例行事になりつつあるやりとりを終えると、ベランデッドは笑顔で片手を振ると、ギルドのロビーに戻っていった。そしてギルド長に「ここは待ち合わせ場所じゃねぇよ! 外に行け!」と怒鳴られるまでがワンセットだ。
サイゾーは苦笑しつつも筆記スピードをさらに上げる。他のギルド職員からすると、普段の彼の筆記スピードですら尋常でないと思っているのに、ここ最近の彼はさらに磨きがかかっているようだ。
サイゾーは割り当てられた書類を全て終わらせると、申し訳なさそうに頭を搔く。
「あー、一応終わったんだけど、上がってもいいか?」
こんな事を申し訳なさそうに尋ねるのはサイゾーだけである。今までの彼は率先してまだ終わっていない人間の仕事を引き受けてから帰っていたのだ。
そして割り当て分の仕事だけで帰るという彼に、いったい誰が文句を言うだろうか。それどころか別の職員は言った。
「当たり前だろう。はやく上がると良いよ」
「あー。助かる。それじゃあお先」
そう言ってベランデッドと合流するサイゾーを見て、職員たちは微笑ましい笑顔を浮かべた。理由は簡単で、まず根本的にサイゾーに割り当てられている仕事量が彼らの10倍以上あるのだ。その上彼は毎日真面目にひたすら仕事ばかりに打ち込んでいた。
仕事という物を、ただ割り当てられた分、時間内にそれなりに仕上げれば良いと思っていた職員たちは、その態度で彼らの意識を変えてしまったサイゾーの事を内心で尊敬していた。
そしてこの国では当たり前の休憩や休みという物をまるで取る気配がないのだ。いつの間にやら我が子の様に思われているサイゾーが、最近ようやく人並みの時間で帰りたいというのだ。いったい誰が反対するだろうか。
むしろ年配の職員たちは喜んでサイゾーを送り出した。
「さて……我々はサイゾーに負けないように残りを片付けますか」
「そうは言っても彼の一割にも満たない量ですけどね……」
「それは言わない約束ですよ……」
職員たちは顔を見合わせて笑い合った。
この意識改革のおかげで、74地区の冒険者ギルドは規律が守られ、不正が減り、他の支部からも一目置かれるようになっていた。
もちろんこのことをサイゾーは全く知らなかった。
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