第5話―冒険
「待ちくたびれたぜ」
ニヤリと笑ったのは赤と茶のストライプ髪の冒険者、ベランデッドだった。
「悪いな。ギルド長にこき使われてるもんでよ」
「はっ! 噂は聞いてるぜ! わざわざ自分で仕事を増やしてるらしいじゃねぇか!」
「どこで聞いたんだよそんなこと……。自分がやれることをやるのは普通の事だろ?」
「俺はそうは思わねぇな。そんなことをしても得られる金は上がんねぇよ」
「そうか?」
「なんだ? ギルドはいつから歩合制になったんだ?」
「目先の金だけが報酬じゃねーよ……それよりいつもの場所に行こうぜ」
「おう」
サイゾーとベランデッドの二人は、行きつけの安酒場に移動した。徹底的に無駄使いをしないサイゾーが唯一来る酒場だった。ベランデッドも仕事があるので週一くらいのペースでしかサイゾーを誘わないので、ようやくサイゾーも外で食事をするようになったのだ。
そして守銭奴と言って良いレベルのサイゾーが来る酒場だけあって、見た目も客層も最悪の店であった。ベランデッドに連れられて来たとき、さすがのサイゾーも拒否反応を示したほどだ。
もっともベランデッドは常連だったらしく、そのツレであるサイゾーに手を出そうとする人間はいなかった。
おかげでサイゾーは激安の酒場の常連となれたのである。おそらく一人で飛び込んでいたら、客やマスターに言いようにぼられていただろう。
「んじゃ、今日も生きてたことに乾杯だ」
「物騒だな……って冒険者はそうだよな。無事に帰ってきてくれたことに乾杯」
「へへ……」
二人は縁の欠けたカップをぶつけると、まずは一口喉に流し込んだ。
「ふへー。不味い!」
「ああ、最悪だ!」
二人は大声を出して笑った。実際密造酒かというほど不味い酒であるのだ。しかし大銅貨1枚というアホみたいな安さなので文句も言えない。叫びはするが。
しばらく雑談をしつつつまみを放る二人。
「そういやベランデッドはなんの仕事をしてたんだ?」
「おいおい、ギルド職員のくせに知らねぇのかよ……」
「何千人の仕事を管理してると思ってるんだよ。まあ俺が書類を処理してたら覚えてるんだけどな。今回は他の奴が受け持ったみたいだな」
「そうか。お前を見てると、ギルドの全ての書類に目を通してるのかと思ってたぜ」
「まさか。半分がいいところだ」
「……冗談で言ったんだがな。十分冗談じゃねぇ量じゃねぇか……」
「そうか?」
サラリーマン時代は大量の書類を読み書きしていたので、あのくらいは普通だと思っていた。むしろパソコンがない分、仕事量は大幅に減っているという感覚だった。
「まあいいや。今回はゼルーベ村で見つかったダンジョン攻略パーティーの手伝いだな」
「ああ、一ヶ月前に見つかった奴か。そういやまだ攻略の報告は上がってないな」
「おう。そんでB級メインのパーティーが攻略中なんだけどよ、罠が多いってんで、俺が呼ばれた訳よ」
「なるほど」
ベランデッドはC級冒険者ではあるものの、罠の発見や解除に関して素晴らしい腕を持っている。もしその二項目だけで冒険者の階級が決まるのならばB級か、もしかしたらA級冒険者でもおかしくはない腕だ。
現状のシステムではなかなかその様な腕前を評価する事が出来ない。
「いやぁ、マジで殺意の高い罠が満載でやばかったわ!」
「そうなのか?」
「おう、罠っていうのはよ、以外と人を殺せないもんなんだ。殺そうとするとそれだけ規模がデカくなるし隠しにくくなる。見つかりにくい物ほど殺傷力は落ちるからな」
「へえ……」
最近のサイゾーの楽しみは、こうやってベランデッドから冒険の話を聞くことである。一時期は憧れてた冒険者の活躍話を。
「例えば落とし穴一つとっても、殺傷力を上げようと思えば、より深く掘って、槍を並べたりするわけだが、そうなると広い空間が出来る。そういうのは音の反響なんかですぐわかる訳よ。他にも壁から槍が出てくるとか、天上から何かが降ってくるとか、そういうのはしっかりマッピングしてれば、壁の不自然な厚さとか、無駄な天上の厚みや模様なんかで想像がつくわけよ。だけど殺意の高い罠ってのは、そういうところまできっちり対策を取ってきてる。設置するのに金や労力が半端なくかかってるはずなのにな」
「なるほどな」
サイゾーは深く頷いた。たしかに、ちょっと転ばしてやろうという落とし穴と、確実に殺そうという罠では、設置の難易度も桁違いにあがるだろう。
「ダンジョンの多くが昔の魔法時代に作られたんだっけ?」
「おう、そうだ。何を考えてんだか、ああやって自分の大切な物をダンジョンに隠すのが流行ってた時代の遺跡よ。まったくなんだってあんな面倒なことをやったんだか……」
「まぁ銀行も貸金庫も無いからな」
「……なんだって?」
「いや、何でも無い、続けてくれ」
「おう、それでよ――」
こうやって次第に夜は更けていく。
これがサイゾーの新たな日常だった。
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