第3話―a feasibility study


 ギルド長に笑われまくって、しばらく不機嫌だった才蔵だが、話自体は美味しいのだ。素直に受けようと、気持ちを切り替える。


 ギルド長も同じだったらしく向こうから話題を戻してきた。


「なに、5分足らずでわら半紙を文字で埋め尽くす奴だ。文字さえ覚えりゃ即戦力間違いないぜ。うちの職員でも敵わないんじゃ無いか?」


 才蔵が知る限り、この王国生まれの人間なら、大抵は読み書きが出来る。どうやら強制の週1学校があるらしい。そこで読み書きを教わるのだ。基礎教育が普及しているというのはこの国が現在好景気の理由の一つだろう。


 だが、言われてみると読むのはともかく、書くのが早い人間はあまりいないように見えた。獣人は手が不器用なのか、相当遅い。


「紙一枚って言っても、A5程度だしなぁ……付けペンじゃなく、ボールペンか万年筆だったら、もっと速く書けるんだがな」


「えーご? ぼーる?」


「ああいや、故郷にインクが勝手にペン先に出る筆記用具があったのさ」


「ほう……それは興味があるな……作り方はわかるか?」


 ぐいっと身を乗り出すマッチョ男57歳。暑苦しかった。


「あー、万年筆のだいたいの構造なら……ちょっと待てよ」


 才蔵は授業で使うわら半紙の束から一枚引っこ抜いて、そこに万年筆のイラストをスラスラと描く。


 絵は結構得意な方だった。


 ボールペンにしなかったのは、ペン先がこの世界で作れるとは思えなかったのだ。調べて貰うとわかるが、実はボールペンのペン先には非常に高度な技術が要求される。鍛冶が得意というドワーフでもおそらくこれは無理だろうと判断した。


 もう一つ、一時期、才蔵は万年筆に凝った時期があり、海外国内を問わず。安物から、そこそこ高級品までを集めまくっていた。


 ちなみに日本の万年筆は海外でも有名である(閑話休題)


 おかげでカートリッジ交換式から、吸い上げ方式から、タンク注入式まで、かなり細かいところまでの構造を知っていたので、イラストと呼ぶより、図面といった方が正確な絵が完成していた。


「ほう……槍の穂先のようだな。この丸い穴と線は?」


「線は切り込みだ。この丸い穴でペンの弾力が決まる。切れ目を伝わってペン先に伝わる。ちょうどこの丸い穴までを堅く、ペン先に行くにつれて柔らかく作る必要があるんだが……制作可能なのか?」


「それはやってみないとなんとも……」


「それよりも重要な部品はこっちのペン芯だな、イラストだとこの金属のペン先の裏っかわにくっついてる、溝がいっぱい入ったやつだ。ペン先に向かって溝が入っていて、毛細管現象を使ってインクを必要分だけ送り出す」


「……よくわからんが、この形に作れば出来るんだな?」


「うーん、一時期万年筆にはまってたから、人よりは正確な形を教えられると思うが、絶対じゃないし、何より似たような素材があるかどうか」


「そういうのは試行錯誤するしかなないだろうな」


「仮に作るとしたら、最初は横溝無しで、縦溝だけで調節すれば何とかなるか……インク漏れしやすくなるかもしれんが、現在の羽ペン、割り箸ペンもどきよりは全然良いか……」


「簡易版もあるのか?」


「最初のイラストより若干な……どの道、作る人間の職人技に頼ることにはなると思うが」


「なるほど。職人次第では作れるかもしれんか……」


「それは俺にはわからねぇよ。まあ、作れるなら、使いたいもんだ」


「……おいおい、本気で言ってるのか?」


「あ? どういうことだ?」


「もしこれが実現してみろ、間違いなく売れるぞ。おそらく貴族あたりに大流行する」


「……ああ、万年筆って高級感あるよな。オール手作りだと当たり前か」


「手作り以外に何かあるのか? ……ああ魔法か。大量生産する魔法とか聞いたこともないな」


 魔法という考えはまったくなかった才蔵。いや、そもそも量産するという考えすら無かった。


「まあとにかくだ。これが実用化出来たら間違いなく売れる」


「紙がこれだけ普及してるんだ、売れるかもな」


 少なくとも俺が現地人だったら速攻で買う。


「……よし、このアイディア、ギルドで買おう」


「なんだって?」


 才蔵はひょんな事から大金を手にする可能性を手に入れた。

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