第2話―冒険者ギルド長オーエンス・イヒト(57歳マッチョ)


「さて、これ以上ここにいたいのなら、ここからは有料になるがどうするね?」


 冒険者ギルド長、オーエンス・イヒトに死刑宣告をされて、才蔵はその場に立ち尽くした。


 この世界に転移してから約三ヶ月。たしかに言葉に困らないようにはなったがそれだけだ。


「くくく……お前の呆け顔はなかなか見られないからな、なかなか貴重だ」


「……それくらい困ってるんだよ」


「いや悪い、その間抜け面に免じて、俺が良いアルバイトを紹介してやろう」


「マジか?」


 この世界に飛ばされてから、ほとんど冒険者ギルドの建物からは出ていない才蔵であったので、一からバイトを探すなんて事はほとんど不可能だった。


「しかも住み込みで、夜は語学勉強をしてもいい」


 途端に才蔵の目が細くなる。


「嫌な予感がするぞ」


「ふははは! だいたい当たりだ! しばらくはこのギルドで小間使いをしろ! サイゾー!」


「それはありがたいが……他の奴にはギルドの仕事なんて紹介してなかったよな?」


「おっと、気がついてやがったか。お前は他の奴と比べると、色々丁寧だからな。部屋も汚さないし、自分のベッド周りはきちんと整えてる」


「いや、あれは周りが汚すぎるだけだろ……」


 才蔵的には自分の周りも十分適当なつもりだったのだが、どうやらこの世界ではそれでも良い方とみられるらしい。


「語学学習にも意欲があるし、すでに読み書きも始めてるだろ? どこの国の言葉かはわからんが、メモ書きを見て驚いたぞ。恐ろしいほど大量に書き込んでいたからな」


「まぁ受験勉強よりは必死だしな……」


 才蔵にとっては、いつ身一つで追い出されるかもわからない状況だ、気合いが入るのも当然であった。


「そうだな……一応給料を聞いても良いか?」


「まあ住み込み代とまかない代をさっ引いて、一ヶ月で大銀貨7枚ってところでどうだ?」


「なんだって?」


 才蔵は驚き過ぎて、思わず言ってしまった。


「そんなにか?」


 そこでギルド長はニヤリと笑った。


「ああ、そんなにだ。悪くない話だろ?」


 才蔵は内心しまったと思いつつも、実際に悪くない話だと頭を切り換えた。


 まだこの世界の通貨価値はよくわからないが、授業の例題や、冒険者ギルドの掲示板に依頼される数々の依頼料などから、大銀貨はだいたい一万円前後の価値だと感じている。


 つまり約7万円。まだ言葉を覚えたての身元不詳の男に、住み込み賄い付きでだ。


 間違いなく好待遇だろう。


「……そうだな。うん。ありがたい話だ。ギルドの仕事ってのはのロビーの手伝いとかか?」


「ほう、話が早いな。最初はそうだ」


「最初は?」


「お前さん、故郷の言語だと、文字を書くスピードが恐ろしく速いだろ」


 それで才蔵はギルド長が何を言いたいのかを察した。


「ギルド内の基本的な流れを覚えたら、事務に入って欲しいんだよ。手が早くて真面目で秘密を厳守出来る奴を探していたからぴったりだ」


「おいおい……真面目かどうかは置いておいて、秘密厳守できるかどうかなんてわからんだろ?」


「ふん。有象無象が押し寄せる冒険者ギルドのおさを舐めないで欲しいな。俺様は俺様の直感を信じる!!」


「直感かよ!」


 ダメだこいつ、メッチャ脳筋だわ……。


「俺様は直感に従っていたらギルド長になったんだから馬鹿に出来ねーぞ! うははははは!」


「ダメかも知れないな、この組織……」


「ふん、そんな事を言うと、大銀貨8枚にしてやらねーぞ?」


「……へ?」


「うははははは! 元々交渉するつもりで安めに言ってたんだよ! まさか馬鹿正直に飲むとは思わなかったからな! 間抜け面の代金だ!」


「くっそ!」


 才蔵はしかめっ面で明後日の方を向く。それを見てさらに声を上げて笑い出すギルド長。


(今に見てやがれコンチクショウ)


 少しばかりの憎まれ口で寝食と就職まで約束されるのだから笑われてやるさと、ますます仏頂面を浮かべる才蔵だった。

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