第四章【転移者サイゾー】

第1話―異世界転移


 水谷才蔵、24歳。彼は正真正銘の日本人である。


 ある日、別の世界にある王国へと飛ばされてしまった。


 いわゆる異世界である。才蔵はラノベを良く読んでいたので、異世界転生とか異世界転移というものに憧れていた。


 だが現実は過酷だった。


 最も実現が難しい、剣と魔法の国に、現代知識そのままに異世界に転移という最高の状況を実現したにも関わらず、神さまが出るわけでもなく、チート能力があるわけでなく、完全な一般人だったのだ。


 何が辛いかって、王都の端っこに着の身着のまま放り出されたのはまだしも、異世界転移のお約束である通訳機能が無く、言葉がまったく通じなかった事だ。


 初め才蔵は絶望した。異世界転生といえば、謎の通訳さんがセットだろう!


 彼の魂の叫びは残念ながら、この国のメイン宗教である国教「ハマ・ラーヤマ」通称ハマ教の神さまには届かなかった。


 途方に暮れる彼に商品を売りつけようとやってくる人たち、背広の物珍しさに引っ張って何かをわめく人々、そこでちょっとしたパニック状態になってしまった。


 そこに仲裁に表れたのが冒険者ギルドだった。


 もちろん言葉は通じない。だが王都に来る人間にそんな奴は山ほどいるのか、手慣れた様子で彼らは半ば連行する形で才蔵をギルドの一室に連れて行った。


 そして唐突に始まる会話教室。


 イラストや身振り手振りと、ゆっくりと何度も繰り返してくれる発音。彼らが言語を教えてくれようとしていることに気がついたのはこの時だった。


 教室にも似たギルドの一室には、旅商人風の人間や道化師、子連れの母親など、顔ぶれは多彩だったが、一様にお互い会話が通じないようであった。


 才蔵は細かい理由はわからなかったが、とにかくその日必死に勉強にくらいついた。


 同じように必死な人間と、適当な人間がハッキリと分かれた。


 夜になると、具のほとんど無いスープを出してくれた。もちろん食事時でも勉強は続き、何度も『スープ』を発音させられる。


 食事が終わって、追い出されると思いきや、冒険者の一人が別の部屋に案内してくれたのは、寝室だった。


 もっとも、幅の狭い四段ベッドがこれでもかと詰められた部屋ではあった。そしてそこに案内されたのは、俺と同じように必死になっていた男たちだけだった。女性は別部屋があるのだろう。


 こうして才蔵は異世界での寝食を、一応保証されたのだった。


 ■


 最初の一ヶ月間は、とにかく単語を頭に叩き込み続けた。今までやったどの試験勉強よりも必死だった。この無償の親切が、いつまで続くかわからない以上、死ぬ気でやるしか無かったのだ。


 親類縁者知り合い知人の頼れる人間ががまったくいない、完全な孤立無援。良い歳をして何度も泣いた。


 不思議な物で、二ヶ月を過ぎると唐突に言語が理解出来始めるようになる。丸一日の勉強に、強要される会話が全て王国語だったからかもしれない。


 三ヶ月を過ぎると、簡単な単語を駆使すれば、日常会話に困らない程度には喋れるようになっていた。


 その頃にはギルドがどうしてこんな事をしているのかも理解してきていた。


 一番大きな理由は国から依頼されている事だが、他にも恩を売ってくのも大きな理由だろう。


 授業の例題に良く出てくるのが「冒険者ギルドに依頼をすると~」という、あんまり隠れていないステマをやっていた。


 だがそのあたりの知識が無い人間には効果絶大だ。


 こうやって冒険者ギルドに一般市民を誘引しているのだろう。


 実際、冒険者ギルドはゴロツキも多い割に、市民からの信頼度は高い。この辺の営業が影響しているのかも知れない。


 そろそろ四ヶ月目に入ろうと言うところで、ギルド長から宣告された。


「さて、これ以上ここにいたいのなら、ここからは有料になるがどうするね?」


 才蔵は途方に暮れた。

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