第18話―丘の上で
「着きましたよ、こちらへどうぞ」
スパイクは紳士らしく先に馬車を降りると、ヘルディナに手を差し出した。ヘルディナは慣れないエスコートに戸惑いながらもステップに足をかけた。
初め足下にばかり注意していたヘルディナが、スパイクに促されるまま顔を上げると、そこには信じられない風景が広がっていた。
「なんだいこりゃ……」
今まで木々に阻まれ、周りが見えなかったのだが、小高い丘のその上は、木々の一本も生えておらず、視界が広がり王都を見下ろす形になっていた。
夕日の沈む黄昏時は、幻想的に王都を照らし、ヘルディナの心を奪っていた。
「どうですか? この景色。素晴らしいでしょう。この森に貴族しか入れないのは、狩猟用の動物がいなくならないようにというだけでなく、王都が一望できるこの丘に一般人の立ち入らせないためなんですよ」
ヘルディナは微動だにせず立ち尽くしていた。もちろんスパイクの言葉もほとんど耳に入っていなかった。
ただただ、目の前に広がる、人が作り上げたと思えない巨大な都市が生み出す生命のイルミネーションに、圧倒されるだけだった。
100万の人口を越すガルドラゴン王国の王都では、夕飯のために照明のためにあらゆる理由で炎が使われていた。一つ一つの炎は小さなものだが100万人が生み出す炎の光は、暗闇を切り裂き、まるで空に浮かぶ星のように、いや、王都そのものがまるで一つの燃え盛る太陽のように明るく輝いていた。
スパイクはさらにヘルディナに話しかけようとしたが、彼女の表情を見て同じように口をつぐみ、その横にそっと寄り添った。
それから何分経過しただろうか? 五分ほどしか経ってないようにも思えるし、何時間も過ぎたようにも思える。
気が付けば空の色は、茜から濃紺へと移り変わっていた。空が暗くなることで王都の明かりがより強調され、網の目のように張り巡らされた路地が幻想的に浮かび上がる。
「……私たちはあんなとんでもないところに住んでたんだね……」
「ええ、ですがここから見ると両手で掴めそうな気がします」
ヘルディナはクスリと笑った。
「なんだいそりゃ、王都を手に入れるっていう宣言かい?」
スパイクは目を丸くしてから、慌てて手と首を横に振った。
「と、とんでもない! あくまで大きさの話ですよ! ほ、ほら! こうやると手のひらサイズに見えませんか?」
慌てふためきながら両手を伸ばし、水を掬うような動作を繰り返すスパイクを見て、ヘルディナは声を上げて大笑いした。
「え……ええ?」
スパイクは泣きそうな表情でヘルディナを見やる。その情けない姿を見て、ヘルディナはさらに笑い転げた。
「いやーあんたは本当に真面目で面白いね! いつもはやる気があるのかないのかわからなくて、イライラするばかりだったけど、そういう間抜けな態度を見ると、少しはストレス解消するってものさ」
ヘルディナは笑いすぎて出た涙をぬぐいながら、ゆっくりと立ち上がる。
「イライラしていましたか……」
「ああ。こっちは真面目に相談に乗っているってのに、あんたはいつもニコニコしながら私の話を聞くだけだったからね」
「そうですね」
「それで、私が出たアドバイスを一つでも実行したのかい?」
ヘルディナは急に視線を鋭くするとスパイクを睨みつけた。
「はい。いくつか実行したのですが、全く伝わりませんでした。……もっともボク自身も気持ちの整理に時間がかかっていたということもあります。ですが今日は結論を出そうとこの場にやって来ました」
真剣な表情で答えるスパイクに、ヘルディナはむしろ怪訝な表情を向けた。
「あんたの決意は何となく伝わったけど、だとしたら、どうしてこんな寄り道をしているんだい? とっとと意中の女のところに行くべきだろう?」
「ふふふ……ヘルディナさんらしいですね」
「ああ?」
妙に嬉しそうにスパイクを笑った。
「ヘルディナさん」
スパイクがキリリとした表情でヘルディナの正面に立つ。そして彼女の両肩に両手をそっと添える。
「な、なんだい?」
「ボクと結婚してください」
ヘルディナは脳内でスパイクの言葉を三回繰り返すが、しばらくその意味を理解できなかった。
夕やみと沈黙が彼らを覆い尽くしていた。
スパイクはただ無言でヘルディナの返答待ってた。
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