第17話―馬車と共に


 スパイクが出会い掲示板に登録して二ヶ月ほど経っただろうか?


 麗しき女神亭から釘様の話題が消えてしばらく経つ。酒場には昔の雰囲気を戻りつつあったが、昔と比べると違和感が一つだけあった。


「今日も店長さんはいないんですか?」


 酒場で地味子と呼ばれている女性が店内を見回しながら、ドリンクを運んできてくれたウエイトレスに尋ねた。


「そうなんですよ、最近ランチが終わると店を開けることが多くて……」


「店長さんがいないとなんとなく寂しいですね」


 地味子の言葉にウエイトレスは何度も頷いた。


「本当にどこで何をしているんでしょうね」


 忙しさの戻ってきた麗しき女神亭の主戦力である女将がいないのは彼女たちにとっても大変な負担であった。


 そんなウエイトレスたちの不満も数日後に一転することになる。


 ■


 その日スパイクと待ち合わせをしたのはいつもの酒場ではなく、王都のはずれの城門近くであった。


 ヘルディナは首をかしげながらも、城門に向かうと、白い車体の立派な馬車の前でスパイクは待っていた。


 しかもそれまで頑なに避けていた、貴族とわかる服装で。ヘルディナはもしかしたら来るタイミングを間違えてしまったかと、引き返そうとしたのだが、それに気づいたスパイクが慌ててヘルディナの後を追った。


「ど、どうして逃げるんですか?!」


「どうしてもなにも、あんた別の人間と会うんだろ? そんな格好して」


「違いますよ。私はヘルディナさんを待っていたんです。間違いありません」


 胸を張って語るスパイクに、不審な視線を投げかけるヘルディナ。


「あんた、あれだけ自分が貴族だとばれるのを嫌がってたじゃ無いかい。そんな格好で歩き回ったら宣伝して歩くようなもんだよ?」


「はは……そうですね。でももういいんです」


 スパイクは頭の後ろを軽く搔いた。


「なんだって? それじゃあここのところずっと話し合ってきた事は、一体なんだったんだい? あんたが真面目に探してるって言うから、無理矢理時間を作って相談に乗ってあげたんじゃないか」


 ヘルディナはうさ耳をぴんと尖らせてスパイクに詰め寄った。


「もちろんです。いい加減な気持ちだったことをは一度もありません」


「言ってる意味が分からないよ」


「そうですね……それをこれから説明します。とりあえずボクについてきてください」


 ヘルディナは続けて文句を言っていたが、珍しくスパイクの強引な態度になかば流されるように、白い馬車の中に押し込まれた。


「それで一体私はどこに連れて行かれるのかね」


「それはお楽しみです。そんなに時間はかかりませんから少々の間お付き合いください」


 ヘルディナは眉をしかめてスパイクを睨んだが、すでに馬車に乗ってしまったのでそのまま無言で睨むにとどまった。


 馬車は王都の市壁を抜け、整った森の中へ入っていく。


「ここは確か……」


「そうですこの森は貴族しか立入の許されない森です」


「ちょっとなんでこんな所に……」


「あと少しですから……」


 ヘルディナは馬車の中で何度もスパイクの目的を聞いたのだが、その度にスパイクは不器用にごまかし続けた。


 外はだいぶ暗くなっている。普通に考えたら夜の森は大変に危険だ。もっともこの馬車には完全武装した護衛が二人ついているようだから、そこまで心配することではないのかもしれないが、魔物などが出ることを考えると、やはりヘルディナは若干の恐怖心を覚えてしまう。


 そんなヘルディナの不安をよそに、馬車はどんどんと森の奥へ進んでいく。ヘルディナは不安から同乗者に視線を移すとスパイクはニコニコと爽やかな笑みを浮かべていた。


 人の気も知らないで……と文句のひとつも言ってやろうかと口を開きかけた時に、ガタンと言う音とともに馬車が停止した。


「着きましたよ、こちらへどうぞ」

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