第19話―告白


「ボクと結婚してください」


 王都の夜景を見下ろす丘の上で、スパイクはヘルディナに告白した。


 しばらく惚けていたヘルディナだったが、急に目尻を吊り上げると声を荒げて言った。


「あんた、馬鹿にしてるのかい?! 一体何をどうやったらそんな阿呆みたいな結論になるっていうんだい! だいたいあんたの意中の相手はどうするんだい!」


「まだわかりませんか? ボクが言っていた意中の相手というのは初めからヘルディナさんの事だったんですよ」


「はぁ?」


「初めて会ったとき、あなたはボクのこと叱りつけながらも、真剣にボクの相談に乗ってくれました。それだけでなく、その後もボクと会うたびに貴族だとしているにも関わらず、あなたは対等に接してくれました」


「そりゃあ……あんたがそれを望んでたからであって……」


「そうです。ボクは誰に対してもそれを望んでいました。ですが本当の意味で対等に接してくれたのヘルディナさん、あなただけです」


 ヘルディナはようやく事態を理解し始めた。どうやらこの青年は自分に愛の告白をしているらしいと。


 途端にヘルディナはあたふたと落ち着き無く身体を動かし、右を見て、左を見て、スパイクを見て、スパイクに見つめられて、顔を真っ赤に染めて唇とうさ耳を震わせ始めた。


「え? だって……え? なんで……え?」


 わたわたと手を振りながら、目をぐるぐると回して、パニックに陥るヘルディナだった。


「初めてだったんですよ」


「な、なにが?!」


「ボクの事を叱ってくれる女性は」


「いや、それは、あんたがあんまり頼りなくて……」


「ええ。ヘルディナさんのおかげで、ボクは自分で思っていたよりも、随分と頼りない人間だということに気がつけました」


「自覚がなかったのかい……」


 スパイクの間抜けな発言で、少しだけ冷静さを取り戻す。


「あんたの気持ちが本当だったとして……」


「本物です。真実の愛を知りました」


 スパイクの真剣な言葉に、うっと言葉を詰まらせて頬を染めるヘルディナ。


「そ、それは横に置いておいて、私はピョン種族なんだよ? 理解しているのかい? 一般人ならもう普通になったけど、貴族が獣人を娶るなんて聞いたこともないよ」


「それは……」


 スパイクは口ごもった。


「それにあんたは知らないのかも知れないけど、ピョン種族ってのは人間よりも寿命が短いんだよ。……だいたい45歳くらいって言われてるんだよ? 私は今28なんだ。あと15年か……良くても20年くらいしか生きられないんだよ? わかってるのかい?」


「そんなことは問題になりません!」


 今度はハッキリとスパイクは言い切った。そのまっすぐな瞳に耐えきれず、ヘルディナは視線をそらせた。だがその顔は若干緩んでいるように見えた。


「いや……でも……少し冷静に……」


「確かにボクは冷静ではないのかもしれません」


「なんだい、わかってるじゃ――」


「人を愛することに冷静でいられる人間がいると思いますか?! 確かにボクは今まで物語でしか愛だの恋だのといった事は知りません! ですが物語で紡がれる、このどうしようもない感情を初めて理解しました! ボクは確かに! そして間違いなくあなたに……ヘルディナさんに恋をしているのです!」


 ヘルディナは顔を真っ赤にして、えさを求める鯉のように、口をぱくぱくと動かした。自慢のうさ耳まで赤くなっているようだった。


「……あんた、親にはなんて言うつもりだい? 寿命の短いピョン種族の姉さん女房をとるなんて馬鹿な報告をするつもりかい?」


「そ……それは……」


 ヘルディナはどこか安心したような、寂しそうな何ともいえないため息を吐いた。


「だろ? だから……」


「わかりました」


「え?」


「必ず、必ず両親とも説得して見せます! ですから、説得が成功したら……いえ、成功させますから! その時は!」


 スパイクがヘルディナの肩をがっしりと掴んだ。


「いっ痛いよ!」


「すいません!」


 慌ててスパイクはその手を離した。


「……はあ……わかったよ。もし……半年以内に説得に成功したら……考えてあげるよ」


「! や! 約束ですからね! ようし! 絶対に説得して見せます! ですからヘルディナさんも協力してくださいね!」


「……へ?」


 スパイクはヘルディナの言葉を聞かずに、少し離れたところに控えていた従者たちを呼び寄せる。


「すぐに家に帰るぞ! 大至急だ!」


「え? え?」


「さあ! ヘルディナさん! 馬車に乗って!」


 ヘルディナはスパイクに背中を押され、強引に馬車に乗せられる。


「ちょ、ちょっと、どうするつもりだい?」


「もちろん両親に紹介するんですよ!」


「はあ?! あんた何馬鹿なこと言ってるんだい?! 本物の貴族に会える訳がないだろう?!」


「ダメですよ。協力してくれるって言ったじゃないですか! まずはヘルディナさんの良さを両親に教えるのです!」


「え? ちょ?!」


「さあ急げ! 今日から忙しくなるぞ!」


「ちょ! 少しは人の話を聞け-!!」


 ヘルディナは少しだけ返答に後悔するのであった。

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